その夏の提案


今週の春秋が皆のお兄さん通り越して先生並みだし首筋と髪から見える耳が好きすぎた
室内にある摩子ちゃんの趣味っぽい本とぬいぐるみ怖いけどかわいい
東隊かわいい 好き







座椅子に座る春秋と一緒に旅番組を見ていると、どうしても首の辺りが目に付く。
美味しそうに海鮮丼を食べるタレントの髪の毛よりも、春秋の髪の毛のほうが綺麗なのだ。
セットしてある巻き毛よりも、ずっと綺麗な黒髪。
潮風に吹かれるような趣味をしているから、髪の毛が荒れていてもおかしくない。
それでも綺麗なのは、持って生まれたものかもしれないし、荒れないように何かしら気を使っているのだと思う。
もしかしたら、私が春秋の風呂に持ち込んだシャンプーを使われているのかもしれない。
量を確認する気にはならなかった。
綺麗な毛先のあとには、日焼けあとのある首筋。
釣りをしたり海に行ったりしてると、日焼け止めを塗りこんでも小麦色の肌になる。
その色がまた、美味しそうなのだ。
美白は気にしていなさそうな肌だけど、汚く日焼けしているわけではない。
だからこそ、美味しそうに見える。
テレビ画面には、美味しそうな海鮮丼と焼き鳥が映っていた。
お腹が空いてきて、旅番組を見ている春秋の首の後ろに軽く噛み付く。
歯型が残らない程度に噛んでいると、ふざけるように逃げてくれた。
身をよじる春秋を追いかけて、耳のすぐ下あたりを吸って、春秋から見えにくいけれど、他人から見たら見える位置にキスマークをつける。
暑い日に髪を耳にかけていれば、すぐ見えてしまう。
気づいてくれることを願って、ふたつのキスマークをつけた。
くすぐったがって身をよじりつつも、テレビ画面を見る春秋を更に構いたくなって、肩を撫でながら襲い掛かるフリをする。
それを狙ってちょっかいをかけてみると、顔を押さえられた。
春秋が笑っているのを見て、いい気になる。
「この前見た映画の吸血鬼の真似」
両手で襲い掛かる前をしてみると、両手の人差し指で十字架をつくった春秋が座椅子の範囲から転がる。
飛びつくふりをして、お腹に抱きつく。
「やめろー、なまえ、食べるなー。」
まあまあ乗り気な春秋の腹筋の上で頭を転がしてみると、頭をわしゃわしゃと撫でられた。
「貴様の血を飲んで生きながらえるのだー」
「やめろー。」
抱きついて転がっていると、そのうち座椅子から遠のいてしまった。
頭が本棚近くにある机にぶつかって、我に返る。
春秋のお腹から離れて、起き上がって確認する。
なんだかんだで5メートルくらい離れてしまってテレビからも遠のいた、と思っていると、両手の人差し指を解いた春秋に聞かれた。
「なまえ、そういう映画で何かおすすめはないか?」
珍しく、映画のことを聞いてきた。
この前見たと言ったことが、理由だろう。
「見たいの?」
「ああ、部下に奢る用に。」
部下思いのお兄さんの春秋のことだ、きっと頑張っている部下へのご褒美。
奢るようのものなら、きちんと考えないといけない。
「ホラー映画とか?」
「ああ、怖いやつで頼む。」
怖いやつと聞いて、最近見て知っている中で怖くて見れそうになかった映画を思い浮かべる。
「血みどろサンタの大改造陰謀肉体」
「うーんと、部下は女の子なんだ。」
女の子、と聞いて考える。
可愛いホラーなんて、アニメくらいしか見たことがない。
女性も見れるホラーというと、すこしセクシーなやつだろうか。
「殺戮病院食ファッキングナース」
春秋がすこし困った顔をして、後から付け加える。
「えーと、なまえ、あのな、まだ高校生やってる子だから年齢制限ものは無しの方向で。」
選択肢の大きな狭まりを感じて、思考が詰まった。
怖いものを突き進めていけばいくほど、年齢制限はかかる。
「年齢制限ある前からホラー映画が好きなんて、過激な趣味持ってる子ね」
どんな子かまだ詳しく聞いていない、でも春秋の部下だ、不快な程の趣味じゃない。
春秋がわざわざ気にするのだから、真剣に考えよう。
「そこらへんは人それぞれだろう。」
ホラー映画といっても、数年に一作公開される日本のホラー映画だけでは、限度がある。
怖いものが好きな子なら一週間もあれば見つくしてしまう。
毎年鬼のように公開される海外のホラー映画は、大体セクシーシーンかグロテスクなシーンがあって、制限がかかっている。
国によって価値観が違う上に、寛容なものは感性的な娯楽要素が過激になっていく。
公開上の概念により、過激なのに制限がない場合もある。
今年のホラー映画事情を見ないとわからないけれど、部下は学生。
それだと、映画じゃなくてもいいような気がした。
「普通のホラー映画でいいんじゃないかな、あとお化け屋敷とか」
「お化け屋敷、ってどこにあるんだ、遊園地?」
「たまに専門で出してるのが期間限定であったりするけど、遊園地とかリゾートのほうが凝ってる」
「一日ずっと遊べるようなところか。」
ここから近い遊園地かリゾートは、いくつかある。
友達で行けば、それなりに楽しめるだろう。
「そうそう、そっちも楽しむはずだよ」
「それいいな、遊園地のお化け屋敷に連れていってみるか。」
春秋をお化け屋敷に連れて行ったら、どんな反応をするんだろう。
部下がいる手前、お化けにも驚かないつもりでいても驚いてしまうかもしれない。
お化けに殴りかかるほどカッとなる人ではないし、上手く楽しめるだろう。
いや、きっと、本当の意味で楽しむのは怖いものが好きな子だけだ。
「隊員って三人いなかったっけ、三人とも怖いの平気なの?」
「ホラーが好きっていうのは一人だけだな。」
それなら、残りの子が怖がるかもしれない。
お化け屋敷なんてヤダと言い出したら、怖いものが好きな子が残念がってしまう。
それは避けたい。
「お化け屋敷が怖い子は本気で怖がるよ、無難に海のほうがいいんじゃ」
提案してみると、春秋が一瞬止まる。
やはり思うところがあったのだろう。
「たしかに、それこそ遊んで回って泊まりで避暑地とか。」
大勢で行って楽しめそうなところを、ぱっと思い浮かべる。
海の近くの民宿やホテルなんてどうだろう。
本棚に並んだ古びた雑誌の箇所を目で追い、夏特集号とか避暑地特集とか、夏っぽい単語を探す。
釣り雑誌とグルメ雑誌をかき分け、去年の旅特集を引き当てた。
「たしかさあ、このあたりの民宿だよ、前に春秋と泊まりにいったとき探したじゃない、そのときにたしか」
「ああ、なまえと行ったあたりの。」
去年行ったときに見たのは、これなのだ。
春秋と泊まって楽しんだ民宿のページを過ぎて、そこから離れたところを探した。
大きめのところだから、目につく。
市内から避暑地に近くて、大きめの民宿で、海もある。
ページを進めれば、すぐに見つかった。
紙面を見つめて、お目当ての物件を指差す。
「お、これだよ、この民宿は団体割引年中実施中だって」
私が指差した先を見た春秋が、良さげな顔をする。
雑誌を見て、住所を確認。
遠くないところにあるのも含めて、気に入ったようだ。
「ふむ、他の隊員も連れて行っていいかもな。」
顎に手を当てて、吟味する。
春秋が見ているのは値段ではなく、中身そのもの。
大勢で行って楽しめる場所を優先するのが、春秋のやることだ。
黒髪の横から記事を伺って、カラオケという文字を読む。
大部屋予約にはカラオケ、と書いてある。
「団体が大部屋ふたつ貸しきるとカラオケとかつくみたい」
騒ぎまくるエネルギッシュな若者だらけのカラオケなんて、想像しただけで疲れる。
けれど、楽しい。
ふと浮かんだのは、カラオケで大暴れする男の子達が何かやらかさないかと不安になりつつも、楽しそうにしている春秋の姿。
誰かがコップとか壁やソファを壊して、青ざめる春秋まで簡単に想像できた。
学生も数人集まれば、暴徒並みに騒ぐ。
たとえ大人びた女の子が何人かいても、高校生くらいの男の子には手がつけられない。
大人をもう一人くらい連れて行ったほうが安全なのではないか、と思った。
目的を決める過程でそれを言えばいいと流し、納得しかけの春秋の背中を押そうと、怖いものが好きな子のことを思い出す。
「いいかもな、男女5人ずつ連れていったとしても大部屋ふたつなら、そこそこ。」
大部屋に泊まって寝る前に話して、気がついたら寝ていて朝を迎える。
友達だけで過ごす夜も、とても楽しい。
「民宿に泊まり、寝る前の怖い話大会」
ホラー要素、楽しいところ、遊んでまわったあとの海、民宿、ついでに大人数を連れて行ける、条件が見事に合致した。
「それいいな、決定。」
再び紙面を見つめる春秋の顔が輝いた。
日にちを決めて行けば、きっと部下の思い出くらいにはなるだろう。
電話予約でもすればいいのにと言おうとしたら、春秋の携帯が鳴った。
画面を見て、真剣な顔をしてメールの返信をしたあと、立ち上がって上着に手を伸ばす。
私に視線をやりながら、鍵をポケットに突っ込んだ。
「召集。」
それだけ言って、すぐに出て行く。
背中を見つめていると、振り向いてウインクしてくれた。
すぐ帰ってくる、という合図だ。
「いってらっしゃい」
快く見送り、扉の閉まった春秋の部屋にひとり残される。
帰るまでに何か作っておこうと模索し、民宿の記事に目をやった。
刺身の盛り合わせがあれば、お酒が進むかもしれない。
そう思いながら一瞬の眠りにつき、30分後くらいに目が覚めて、包丁を握りに行く。
冷蔵庫の中身を見て、キッチンの換気扇を回す。
帰るまでに何か三品くらい、と思うと、私の携帯が鳴った。
ずっと鳴っているので、仕方なくキッチンから離れて携帯を取りにいく。
春秋からの着信だった。
何かと思い電話に出てみると、電話の向こうから春秋の声より真っ先に聞こえたのは、ものすごく聞き覚えのある笑い声。
ひっかかるものが何も無さそうな大きな声の合間に雑音が入るから、電話をかけている春秋の後ろにいる。
電波にひっかかりそうな男の人の笑い声は、冬島さんしかいない。
冬島さんなら、いきなり春秋を呼び出して何かをするのもわかる。
今日は冬島さんと飲むからご飯はいい、とかだろうか。
そうだ、連れて行く大人だ、冬島さんはどうだろう。
隊員では最年長のはずだし引率代わりにはちょうどいい。
それもついでに言うつもりで、春秋いきなりどうしたの、と聞く前に、笑い声と雑音の中にいる春秋が電話してきた用件を伝える。
「なまえ、もう吸血鬼の真似するなよ。」
春秋の声が、震えている。
冬島さんの笑い声、震える春秋の声、吸血鬼の真似をしたときにつけたキスマーク。
途端に大きくなる笑い声に「はい」と返事をするしかなかった。






2015.07.27







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