安堵の指よ厳しさを包め




床の掃除を終え、薪でも取ってくるかと思ったとき、扉が開いた。
時間はまだ昼前。
まだ帰ってくるはずのないキースが、片手に書類の束と箱を持って何故か帰ってきた。
「忘れ物?」
扉を閉めたキースに聞く。
「他の奴らで事足りるようだから帰ってきた。」
「要するに暇だと」
悪態をつきかけても、怒らない。
食卓の上に、持ってきた箱を置いた。
書類の束を机に置いてから、私を見ないで片手間に言う。
「なまえのものだ。」
箱は、まだ新しい。
何が詰まっているのかと思い空けてみると、白と落ち着いた灰色で出来た服が入っていた。
手に取り、広げる。
丈の長いドレスを細くして、できるだけ装飾をなくした地味なものだった。
少なくとも、普段着ている作業着を改造したようなものだと思われても仕方ないような服ではない。
「なにこれ」
なんなのかくらいは、わかる。
ただ、怖い見た目の男性が持ち込むものにしては、あまりにも不相応なのだ。
間違えて持ってきたものとか、そう言われる気がしてならない。
キースが書類の束の一番上の紙にサインをしながら答える。
「着るといい。」
こちらを気にせずに手を動かすキースが、何か別のものに見えてきた。
何の前触れもなく渡してきたけれど、大きさは合っているのだろうか。
一緒にいるんだから、大体のことくらいは分かってくれそうだとは思う、でもそれにしても突然だ。
「なに、こういうの気にしてくれたの?」
一体、いつからこれを準備していたのだろうか。
服の作りも箱も、粗悪なものではない。
嬉しい気持ちを抑え、着ているものを脱ぐ。
下着だけになって、真新しい匂いのする服を着ると、布で足元まで覆われた。
体を曲げてみると、腹に違和感が残る。
触らなくても見なくてもわかるこの感覚、明らかに太っていた。
ここのところ、美味しいからという理由で食べていた晩御飯の芋が原因だろう。
白い布のおかげで体がすっきり見える。
「どう?」
適当なポーズを取ってみると、鼻で笑われた。
突然の贈り物に、嬉しくなる。
書類にサインを続けるキースを置いて、ポーズを取ったあと、その場でくるくると回ってみた。
スカートの中に空気が入り込んで、いい感じだ。
キースに抱きつき、近くの椅子に座って足を動かして、また立ち上がってくるくる回る。
どこかの踊り子のような動きをして遊んだあと、椅子を引きずってキースの近くに置いた。
目をうるませてみると、横目で見られる。
「ね、髪の毛まとめてよ」
髪の毛のない人に髪を弄らせるという、拷問のようなおねだりをする。
椅子に座って待つと、渋々と私の櫛と髪留めの紐を持ってきてくれた。
髪の根元から触る手つきではなくて、頭から離れたところで髪が動くような感覚がする。
太い指をした手がぎこちなく動く。
髪を梳かしながらひとつにまとめてくれた。
細かいことに慣れない手が一生懸命結っているのかと思うと、微笑ましい。
髪留めの紐がバチ、バチと跳ねるような音がする。
出来上がった髪は、整えた髪を一度振り乱したような出来栄えだった。
後ろ髪の毛先の束が、何故か額に触れる。
どんな風にしたらこんな風にまとまるのか分からない髪形でも、嬉しかった。
「ぼさぼさね」
毛先に触れて、まとまりかたの雑さを再認識する。
「でも、これでいいや、かわいい」
椅子から立ち上がって振り向き、キースに笑いかけた。
嬉しいので小躍りしてみると、毛先がどうしても額に触れる。
後ろでまとめた髪を、更に上のほうでまとめてボリュームをつけたような形だ。
こういう髪を、貴族のお姉さん方がよくしているのを見かける。
それの真似でやったのだろうと思っていたら、キースが上着を脱いで、着慣れた普段着に戻った。
「出かけるか。」
私にそれだけ言うと、さっさと横を通り過ぎてしまった。
書類は机の上にまとめて置かれている。
呆気にとられる私は、見事なまでに置いてけぼりだ。
「置いていくぞ。」
空いた扉の向こう側から、声がする。
足音が遠くにいくのを聞いて、追いかけた。
「いやー待って待って」
扉を空けて鍵を閉めて追いかければ、すぐに追いついた。
大きな背中に触れて、横を歩く。
キースの顔色にも表情にも、変化はない。
「いきなりどうしたの、なんかあるの?」
「なにもない。」
聞いても即答されて、納得がいかない。
それでも、嬉しかった。

狭い路地を潜るように歩いて、ずっと歩いて、日陰と太陽を交互に身に受けながら外の景色を眺める。
横殴りの風に吹かれたりするような道も、天気がいい日なら只の散歩道。
人の多い通りに来ても、店の並ぶ通りにきても、キースは歩みを止めなかった。
こちらの道にきて、何をするのだろう。
手前から順に看板を見て、この先には靴屋があると察したところで、キースが立ち止まる。
怖い顔が見つめる先は、花屋だった。
厳しい見た目の男性が見つめるには、笑ってしまいそうになるくらい華やかすぎる。
キースが花と私を交互に見るので、聞いてみた。
「飾るものを選ぶの?」
聞いたところで、いらっしゃいといって店番らしき女性が出てくる。
なんとなく目に付いた鉢入りの花をひとつ頼む。
包んでもらうまで他の花を見ようとする前に、易々とお金を払うキースの手を見た。
節くれだって、所々皺と傷がある。
いい匂いのする花を抱えて機嫌がよくなり、片手で花を抱えて、空いた手をキースに差し出す。
キースがなにも掴んでない手を見て、私を見て、皺と傷のある手で握り返してくれた。
嬉しくて、にまにま笑う。
手を繋いでどこかに行こうと思えば、すぐに手を引かれた。
小奇麗な酒場といった印象の飲食店の奥に通され、花を片手に座る。
もしかして、ここに連れてきたいが為に服も用意してくれたのだろうか。
畏まった店員らしき女性が来て、予約をしていないから酒はまだ出せないと言い残して去った。
その言葉を受け取るのなら、行き当たりばったりで行動している。
夜でもないし、時間が立てば夕日が差し込みそうな席から外を眺めた。
「こういうとこ来るの、久しぶり」
雲がひとつある空の下、子供が駆けている。
きっと、近くの本屋の帰りだろう。
大事そうに本を抱きしめた子供が、笑顔でお母さんと一緒に駆けて、歩く。
「いきなりどうしたの」
向き直ると、いつもどおりの怖い顔。
「特に理由はない。」
なんともらしくない答えだ。
たまにはそんな気分の日もあるかと片付け、注文を聞きに来た店員の女性がテーブルの横に立つ。
今朝の腹の肉の違和感を思い出し、控えた食事を頼む。
水を頼む私の後にキースが同じものを、と言うと店員の女性が「仲がいいですね、親子ですか?」と話しかける。
違うと言うと、どちらも若く見えたとか愛想に浮くようなことを言ったあと、奥にひっこんでいった。
「親子だって」
「釣り合わないということだろうな。」
くっつくように言うと、それっぽくないことを言われ、仕方なく花を抱きしめる。
釣り合わない、なんて損得の関わりそうなことを言うキースを初めて見る。
いつもと違う雰囲気を感じ取った矢先に、
「なんか、いつもと違うね」
「そうか。」
「服、嬉しい、かわいいし」
真新しい白い布を見るだけで、わくわくする。
しかも、大好きな人からの贈り物。
着ていると、貴族のお姫様にでもなれそうな気分だ。
「いつもこういうのないじゃない、嬉しい」
抱きしめていた花を、椅子に置く。
「花、どこに飾る?窓がいいかな」
花の葉に触れて、可愛がった。
「陽のあたるとこなら、どこでも育つ。」
「そうだね、私達みたいに、どこにいても綺麗に咲く」
キースに貰えたことが嬉しくて、花を眺めてにまにま笑う。
頬が緩む私を見たキースが、寂しそうに言った。
「俺は久しぶりになまえが笑うのを見た。」
「そうかな」
「いつもは・・・すこし、暗い表情をしている。」
「それ眠いだけなんじゃない?」
「そうなのか。」
「暮らしてるんだから、見慣れるでしょ」
言葉を受け取る前に、料理が運ばれてきた。
酒がなくても食べれそうな、鴨肉のソテー、芋のスープ。
水を受け取り、ナプキンで手を拭いてから食べようとしたときだ。
「何故、俺を選んだ。」
耳を疑うような言葉に、手を止める。
「なまえなら、いただろう、他に。」
疑いでも嫌悪でもない、単純なことを聞くような口ぶりで、キースがとんでもないことを言い出した。
まさかとは思うが、その系統の話をするためにここに連れてきたのか。
だとしたら、信じられないくらいセンスがない。
「選ぶってなあに、貴方そんなこと訊くやつだったかしら」
水を一口飲む。
潤った喉は、掠れなかった。
「そうね、私にとって貴方が完璧だから」
掠れない喉で、淡々と続けた。
「・・・私は平凡な女よ、でも、この世界で一番キースを愛してる、人と関わらなくてもいい、だってキースがいるから、私はそれが幸せなの」
ゆっくり言って、言い終わって、水を飲む。
私だって、どうして側に置いてもらえてるのか分からない。
生き残り同士くっつく世の中でも、相性だってあるのに私の何がよかったというのだろう。
退いたとはいえ、団長だった。
選ぶことも出来たはず。
生き残りまくった仲間っていえば、ハンジ、リコ、スミス、ナナバ、あまり話したことないけどリヴァイとイアンとザカリアスのミケ。
リコのように知的でもなく、ナナバのように凛としたわけでもなく、ハンジのような奇抜さもない。
特別秀でたわけでもない自分が、なんでキースの隣にいるのか未だに分かっていない。
時間を箱に取られているような、重さを感じる。
キースは私を見て、怒りもしなければ反論もしない。
「愛がどこから生まれるか説明させたいの?そんなの巨人の発祥と同じくらい意味不明よ」
鴨肉を一口、食べた。
美味しい肉とスープ、大好きな人。
満足すぎて死んでしまいそうなくらいだ。
「ねえ、なんで私と一緒にいてくれるの?」
同じような質問を突きつけてみると、キースは私を見たまま答えた。
「あくまでも俺の予想だが、それに関してなまえと俺は同じことを考えているだろう。」
事の経緯を思い出す。
偉そう、怖い、無愛想、どう見ても偉そう、人によっては高慢にも見える、それがキースの印象。
兵士に怒鳴る姿、作戦会議で声を荒げる姿、時に真面目に喋る姿。
人とは違う、その姿に、存在そのものに惹かれていった。
セックスの最中に叩いてくれと言ったら、叩いてくれた。
蹴飛ばすのも可、縛り上げるのも可。
縛ったまま窓から放り投げてくれと言ったら、それは不可だった。
偉い地位にまで上り詰めてたキースが、私のような平凡で罵られるのが好きな変態で、馬鹿みたいなおっぱいをした女と同じことを考えているというのだろうか。
一緒に居ても、大好きでも、知りえないことはあるのかもしれないと思うことも飲み込んだ。
「私は貴方が好きよ」
キースにそう言って、キースの手に自分の手を重ねる。
皺と傷のある手の指の皺をなぞってから、握り締めた。
「私は、キースを愛してる」



明らかに体調が悪い。
朝起きたら私だけ床に落ちてたとか、冷たい枕だと思って抱いてたのがキースの頭だったとか、キースだけ床に落ちてたとか、毛布を全部取られて冷たくなって起きるとか、よくある。
起きたら夕方なんてことはなく、小鳥のさえずりが収まって人の声がし始めるまでの僅かな朝の静けさの中、起きる。
のっそり起きて、部屋の空気の冷たさに瞼を慣らす。
この瞬間に、その日の体調が分かる。
空気の冷たさも、流れも、なにもかもに不穏を感じるのだ。
そのあとすぐに頭痛が襲う。
健康が不安定になったことは、ほとんどない。
体調が悪いことだけは、よくあることではなかった。
おそらく、熱がある。
気持ちが悪いし、たぶん下痢だ。
買ってもらった花の匂いを嗅ぐたびに、首と胴体が離れそうな気分になる。
ふらふらしたまま朝食の用意をしていると、キースが肩を抱いてくれた。
「大丈夫か?」
キースの声を聞いて、安心する。
「うん」
背中を撫でてくれたおかげで、首の後ろが暖かくなる。
白目を剥きそうな目をどうにか開けて、お茶を注いだ。
カップに温かいお茶を満たし、運ぼうとすると視界が眩んだ。
これはまずい、と台所の縁に手をかける。
背中を撫でていたキースが、肩を抱いて起こす。
貧血とはいかない、何か別の眩暈。
もしかしたら、重い風邪をひいたのかもしれない。
ただの貧血だと思い込んでいるキースは、私にキスをしようとした。
顔を抑えて、いやいやと首を振る。
「あああ、だめだめ、風邪っぽいんだから」
キースが私の額に手を当てて、熱を測る。
首を傾げたキースが、ベッドに連れて行こうとする。
大丈夫だといってスープの皿を用意していると、キースが心配そうにした。
「あまり続くようなら、医者にかかっておけ。」
頷いて、眩暈がきそうでこない不安定な感覚と戦う。
パンとスープとお茶で朝食を済ませたキースがいってきますと出て行く。
「うん、いってらっしゃい」
キースを見送り、足音が遠ざかるのを聞いてから、もう一度ベッドに倒れこむ。
ある程度生きてるうちに寝て、起きて、食べて、普通に暮らして、また同じことを繰り返していると、あることに気づく。
夢が変化していくのだ。
もちろんそれは、寝ている時の夢。
一度目が覚めてから、もう一度眠る。
耳に音が触れなくて眠りに引き込まれていくのは、心地がいい。
見ているのに、これは夢だなとわかることもある。
この夢も、きっとそう。
兵団にいたころの私が、団長だったキースに迫るときだ。
「今日の報告はなまえ一人か。」
団長に報告をするのに、兵士一人だけというのはあり得ない。
キースも何かあると身構えていただろう。
なのに、ただの女の惚れごととは、呆れたか、怒ったか。
キスをして、だんちょお、と囁く。
「・・・貴様の成績なら、こんなことをしなくても憲兵団に入れる。」
覚えている、この心外な一言。
「なんのつもりだ。」
「いえ、そういうつもりはなく、つかぬ事をお聞きしますが団長、ご結婚とかは?」
「していない。」
「ああ、ならよかった」
食い尽くすようなキスを団長にお見舞いして、団長の手が私の尻にくる。
まさぐりあいながら鍵を閉めて、ソファのある部屋の奥の奥の奥にある団長専用仮眠部屋に連れて行かれ、そう、あれ、なんかここちがう。
これは夢だ、なんか違う。
私の処女喪失はこの時じゃない。
そう思っていると、次は別の日のことを夢の中の自分が喋る。
「なあに、嫌よ貴方以外の男性なんて」
そこで目が覚めた。
起きても、体がだるい。
さっきよりはすっきりしたことを確認して、家事に取り掛かる。
窓を拭いて、棚を拭く。
上を向くたび、なぜかくらくらする。
眩暈に似た、頭の中の目元の不快感。
何が原因かわからなくて、本当に気持ち悪い。
重い手で棚を拭いたら、やはり病院に行こうとした矢先、鉢をひっかけて床に落としてしまった。
がしゃん、と心を刺すような音がして、床に黒い土が飛び散る。
花が綺麗に咲いていたのに、もしかしたら、花はだめかもしれない。
必死で土をかき集め、鉢に戻す。
鉢が割れていなかったのが幸いだ。
飛び散った土と、落ちた花を戻していると、涙が零れた。
手が重かった、なんて言い訳にならない。
手元が狂うほどの熱を出しているのかもしれない。
もしそうなら、朝のうちにキースに風邪を移してしまったかもしれない。
もうだめだ、そう思い病院を訪れる。
医者に症状を言ったあと、触診をした。
お腹を触られ、喉を見られ、呼吸音を聞かれる。
診察が終わり、さあ薬をと願うところだった。
医者は万遍の笑みを向けた。
「妊娠していますね、五ヶ月ですよ。」
もう、笑うしかなかった。







2015.07.14






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