規律の中で昂ぶる不躾に









別の教官に上着を返して、すみませんでしたと言えばそれより振られた話題は、今までどこにいたんだということ。
教官が覚えてくれていたおかげで、お決まりの質問される。
ちゃんと暮らしてますとだけ言って、その場を去った。
きっと、ある種の行方不明扱いなのだろう。
死んでもいない、死体を誰も見ていない、なのにいない。
よくあることだが、そんなやつが現れたら話は別。
キースが団長をしていた頃から、恋仲なだけ。
そこは一応伏せておいたほうが謎が増すだろうと踏んでいた。
長い廊下を歩くとすれ違う訓練兵士や教官が私を見る。
私服のまま歩く見慣れない奴に、皆違和感を持っているのだ。
廊下を歩いて、懐かしい景色を見る。
訓練は頑張ったし、座学も頑張った。
そう、キースに出会うまでは真面目だった、キースに出会うまでは。
風を浴びて、長くなってきた髪の毛先がふわふわと舞う。
風に乗って運ぶものは、季節だけじゃない。
おいしい匂いがする。
どこからか、いや、覚えのある場所だ、そこから匂いがする。
匂いを頼りに歩いていくと、覚えのある調理場が見えてきた。
今の時間から、支度班がいるのだろうか。
夜に向けて作り始めるにしては、早すぎる。
もしかして、豪勢なものを用意する日なのかもしれない。
そっと覗いてみると、調理場でちょこまか動いていたのは二人だけだった。
ひとつの鍋を温めている。
なにをしているかよく見えない。
胸元にひっかけていた眼鏡をかけて、見る。
二人は、坊主頭の男の子とポニーテールの女の子。
兵団服のままだ。
おそらく、盗み食いのための調理をしている。
お腹が空いたのだろう可哀想にと思って見ていると、ふと過ぎるのはキースの言葉。
問題児のことを聞いたとき、調理場の芋を半分以上食べた人がいる、と言っていた。
もしかして、ではなく、光景を察するに問題児が目の前にいると思っていいだろう。
女の子が、鍋の蓋を開ける。
湯気が消えて出てきたのは、美味しそうな蒸かし芋。
味付けもなさそうな質素なものだけど、あの二人にとってはご馳走だろう。
坊主頭の男の子と、ポニーテールの女の子が、鍋の中の蒸かした芋を見て目を輝かせている。
盗み食いの上、それを調理して食べる、その根性。
なかなか褒められたものではないが、いいセンスを持っている。
壁の端から顔を出し、二人を見つめた。
さあ、どのタイミングで驚かそうか。
熱い芋をひとつ手に取って、女の子が食べる。
一口咀嚼して、目を潤ませ、また一口と芋を頬張り、芋を食べるたびこれ以上ないくらい幸せそうな顔をした。
熱そうに食べる男の子は猫舌なのか、熱い熱いと汗をかきながらも食べている。
背後からそっと近づき、鍋の中にひょいと手を突っ込む。
女の子の側から、ほくほくと湯気を出す蒸かしたばかりの芋をひとつ貰って、熱い芋を齧った。
咀嚼をする女の子と、目が合う。
「え、あ、誰ですか!?」
熱い芋が舌の上で踊って、喋れない。
もごもごしたまま頷いていると、坊主頭の男の子が驚いた声を出した。
なんとか熱い芋を胃に押し込んで、女の子に話しかける。
「これ全部やったの?」
「は、はい。」
鍋には、芋がごろごろと鎮座し湯気を立てている。
熱いと思いつつも一口食べると、芋の甘みが口に広がった。
「うん、おいしい」
「ですよね、芋は蒸かして食べるのが一番です!」
「あんまり蒸かすと匂いでばれるから、その場で食べないほうがいいよ」
アドバイスをすると、食欲旺盛そうな女の子が力説した。
「それだと味が飛んじゃうんですよ!鍋で蒸かして加える熱を調整したあと一度湯気を抜いて、また蒸かすんです、蒸かしたらすぐ食べないと美味しさが半減します。
蒸かして10分、食べるならそのうち5分間が美味しさの魅力が勝負を仕掛けてくる時間なんです!スープの時も同じです!
ほんとはスープに入れたり、パンに挟んだりしたいんですけど、に、肉があれば、そうもいかないというか。」
女の子はパンやスープに思いを馳せ涎を垂らしそうになりながら、芋をひとつ食べた。
とろけてしまうんじゃないかと心配になるくらい幸せそうな顔をして芋を食べる女の子の横で、坊主頭の男の子は掻き込むように食べる。
鍋の中身は順調に減ってきていて、この勢いなら全て腹の中だろう。
美味しそうに食べる二人に、聞いてみた。
「ここに来ていいの?」
もごもごさせながら、女の子がすこしだけ行儀悪く喋る。
「掃除当番を抜け出してきたんです。」
笑いながらそう言う女の子の笑顔は、明るかった。
「もうすこし時間に隙間があれば、パンも取りにいけるんです!」
芋を掻き込んでいた男の子が、飲み込んでから喋った。
「ていうか、お前誰だよ。」
坊主頭の男の子が、もっともなことを言う。
「なまえ」
芋を片手に、名乗る。
初めて聞く名前に、坊主頭の男の子が首を傾げた。
「なまえさん、ですか。」
なんでもなさそうな顔が、どんどん怪訝になる。
こんなやつ居たっけと顔に書いてある女の子を見つめながら、耳を澄ませた。
遠くのほうでしていた足音が、近づいてくる。
この気配は、察するものしかいない。
「逃げたほうがいいよ」
女の子にそう言うと、一瞬困った顔をしてから蒸かしたての芋を取り、ひとつは口に、もうふたつを持ち扉へと走った。
坊主頭の男の子は手に持てるだけ芋を持ち、逃げる。
扉から二人が出て行って、一秒、二秒、三秒、四秒たった頃、キースの怒号が響いた。

「失礼します。」
一応兵士であることの自覚はあるらしく、二人は立ち止まり、入り口で敬礼をした。
「サシャ・ブラウスです。」
「コニー・スプリンガーです。」
女の子と男の子が名乗る。
腫れかけの額を押さえるコニーと青ざめた顔のサシャを見つめながら、手の中にある芋の熱が冷めていくのを感じた。
教官室に踏み込んだ、哀れな訓練兵二人。
椅子に腰掛けたキースが、二人を招きいれた。
「座れ。」
この世の終わりのような顔をして、サシャとコニーは椅子に腰掛けた。
ずんとした雰囲気を肩に乗せ、机を見る。
やらかした兵士が必ずする格好だ。
「まったく、面倒ごとが起きれば必ずお前ら二人の顔を見る。」
キースが怒る。
ひっと息を飲み耐えるサシャの冷や汗が光った。
コニーは前を向きつつ、額を押さえつつと忙しい。
兵士に対して叱る声を聞いて、ぞくぞくした。
「調理場の占領、訓練中の不適切行為、時間外の食堂の使用、この一月の間に起きた問題行動は7件。」
聞きなれた大好きな怒鳴り声を被弾しながら、芋をまた一口食べる。
漂う芋の匂いに敏感なのか、サシャは怒られながら涎を垂らしていた。
おそらくサシャが蒸かしていたと思われる芋は、かなり上手に蒸かしてある。
「加えて対人格闘訓練中に遊びだす阿呆の先導をしたことも加えれば9件、それに全部お前らの名がある。」
話を聞くだけなら、相当の問題児だ。
調理場の芋だけじゃなく、パンやスープも確認したほうがいいのでは。
と、思っているとキースが怒鳴った。
「いいか、7件だ、全てブラウス、スプリンガーが関与している、いい加減にしろ!」
「申し訳ありません、つい!」
開き直るサシャを横目に、手にある芋を齧る。
よく見ると、なかなか可愛い子だ。
「誘われたので芋を蒸かしました!」
開き直るコニーが、敬礼したまま叫ぶ。
「他人のせいにするな、スプリンガー!」
他人の説教を眺めることの面白さは、とうの昔に知った。
だらしない下半身をした女性訓練兵士と男性訓練兵士を教官室に放り込んで、夜まで帰ってこないその子の分のパンを食べたりした。
そんな時代もあったなと芋をまた一口食べると、キースが怒鳴った。
「食うな!馬鹿者!」
減っていく芋に対して、キースの怒鳴り声はヒートアップしていく。
「教官、つかぬ事をお聞きしますが!」
畏まったサシャが私とキースを交互に、謎と不穏を含んだ目線で、申し訳なさそうにこちらを見る。
「この人、誰なんですか?」
私も、キースも、コニーも、そして質問したサシャも無言を貫いた。
二人から見れば、訓練兵や兵士でもない見知らぬ女が教官室に何故かいて、説教を聞いている。
誰もが分かるくらいの謎の光景だ。
空気が凍りつきかけた頃、キースが口を開いた。
「ブラウス、スプリンガー、もういい、外せ。」
思わぬ解放に気が抜けたのか、男の子がため息をつく。
私を横目で見てから、入り口でしたように敬礼をして、出て行く。
扉が閉る直前まで、サシャは私を見ていた。
パタン、と閉じたあと、サシャに向かって手を振る。
私の目の前に、キースが立った。
「何をしているんだ、なまえ、返したらすぐ帰れと行っただろう。」
見上げたキースは、怒っているけど心配も混ざったような顔をしていた。
「偶然かち会っただけだって」
「帰りにわざわざ離れにある調理場を覗く部外者がどこにいる。」
芋の一欠片を口に放り込み、食べ終わる。
「この前言ってた問題児って、あの子?」
「そうだ。」
「芋蒸かす度胸のある子、珍しいよ」
「褒められたものではないがな。」
「暗躍系の兵士に育てたらいいのに」
「自分自身で気づき道を定め、勝手になるだろう、兵士とはそういうものだ。」
芋で汚れた指を、一本一本キスするように舐めた。
「元気な子だね、ああいう子好きだよ」
「そういう問題ではない、もう帰れ。」
壁に寄りかかり、教官室を眺める。
質素な机、椅子、本棚に本、窓、更に扉がついているが、あれはどこに繋がっているのだろう。
資料室か、座学関係のものが山積みになってそうな空気が漂っている。
汚れの目立たない机と椅子と扉を見て、感心した。
「教官室だから、もうすこし物とかでごちゃごちゃしてると思ったけど」
伸びをして、欠伸をする。
「意外と広いんだね、静かだし」
冷たくて、本の匂いがする空気を吸い込んだ。
「なんにもない質素なとこだし、ここに来た兵士達、みんな怖がるでしょ?」
「阿呆をする者が呼び出されて絞られる、当然だ。」
窓際に寄りかかるキースの目の前まで歩き、立つ。
キースと目を合わせて、にーっと笑う。
陽射しが体に当たって暖かい。
「威圧感と圧迫感のある部屋に、こわーい教官と二人きりなんて」
距離を詰め、行き止まりにでもぶつかったようにキースに体を寄せる。
手を胸に当て、顔を寄せ、触りなれた体に着せられたコートを触った。
「昂ぶるわ」
太ももをキースの足の間に押し割り、胸を押し付けてから右手で体を抱く。
背伸びをして顔を近づければ、キースが少し屈んだ。
わかっていたように、舌同士が触れ合う。
ゆっくりとした、派手じゃない、大人のキス。
しているだけで頭はくらくらするし腰は浮くし触られてないのに感じる、そんなキス。
いくら誘っても、いざそうなると私がいつもリードされてしまう。
それっぽく振舞っても、すぐ腰が砕ける。
そういうものなのだから、仕方ない。
キスをしながら腰を近づけさせ、艶かしく尻を揺らす。
誰かが見れば、教官が娼婦を呼んで遊んでいる!と騒ぎ立てるだろう。
「不躾極まりないな、なまえが訓練兵なら毎日ここで正座をする羽目になっているだろう。」
唇を離してそう言ったキースに向かって、口を開ける。
キースの唇から垂れた私のものであろう唾液が、私の唇に垂れた。
揺らす尻を両手で掴まれ、吐息が漏れる。
教官室で、教官をしているキースと二人きり。
私の体の奥から、じわじわと欲望が這い上がってきた。
キースの大きな手が、太ももを伝って下着の中に指を滑らせる。
すぐに愛液に触れ、指が招かれた。
腰を揺らして悦ぶ私を見てキスをし、間髪いれずにキースが私の尻を叩く。
服の上から叩いても、音がいまいちよくない。
「上着返しちゃったから、兵士ごっこできないわね」
着ているシャツの裾をつまんで不満そうに言うと、おでこをつつかれる。
「なまえ、もうやめだ。」
尻から手を離され、おあずけを食らう。
半日後に続きを放りなげられ、腰が疼いた。
「なまえから取り上げて正解だったな。」
「すこしくらいふざけていいでしょ?私達しかいないじゃない」
むくれると、鼻で笑われた。
「変態女。」
思わず感じてしまったものの、聞き捨てならない。
子供のようにキースに抱きつき、威嚇する。
「なによお!人を淫獣か歩く雌肉穴みたく扱って!」
抱きついたまま飛び跳ねると、胸が擦れた。
私とキースでは身長差があるから、飛んでも飛んでも微妙にキースの唇に届かない。
普通に立っても、私の頭があるのはキースの肩くらいだ。
ばたばたしてると、キースが逃げようとした。
「そういう行動をしようとするのは他ならぬ貴様だろう!外で盛るな!」
「だーから今ここ密室でしょ」
「なまえ、驕るものいいが、はしたない姿を他人に見られたら、どう生きていくつもりだ。」
「今わざわざ二人きりになってから喋ったのに」
「馬鹿者!敷地内をうろついただけでは飽き足らず、部外者自ら訓練兵に接触しにいくとは言語道断!」
伸ばしていた腕がようや区辿り着いて、キースの頬を掴む。
顔を寄せ合って、もうすこしで興奮してしまいそうな笑みを見せ付ける。
「馬鹿者って言い方、すっごい好き」
「帰れ。」
あっさりそう言われてぶーたれていると、キースがちゃんと抱きしめたあと、体を離した。
怒ってもいない、笑ってもいない、だけどなんにもいわず私を見つめる。
これが彼なりの照れなのは、知っている。
「スープがいい?芋がいい?」
「芋。」
聞くと即答だった。
唇にキスをして、ついでに抱きついて胸を押し付け太ももで股間を撫で、教官室を去る。
長い長い廊下も行きなれたもの。
思い出を引っ張り出しながら廊下を歩けば、また違う景色が見えてきそうだ。
帰ったら蒸かし芋を作ろう。
上着の裾を弄って手に入れた食糧倉庫の鍵を持って、あの二人に会いに行った。






2015.07.13





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