握する心




一日早いけど七月七日の当真くん誕生日おめでとう






リーゼントに七夕祭りの短冊がひっかからないか、心配だった。
慣れているのか、頭に何かひっかかりそうになれば身軽に避ける。
私のほうが何かしらひっかけてしまって、格好がつかなかった。
当真くんが頼んだバナナクレープのバナナ部分だけが、どんどんなくなっていく。
それを見て、バナナが好きなんだろうと思った。
自分が頼んだクレープを食べて、揺れるリーゼントを見つめる。
七夕祭りの日が誕生日らしいから一緒に出かけようと駄目もとで誘ったら、どういうわけかいいよと言ってくれた。
誕生日の予定くらい、ありそうな人に見えていた。
オフの日に会っても、相変わらずのリーゼントにスカした格好、でも人が嫌になるようなことはしない。
そういうところが、凄く好き。
よくもまあ崩れない髪形だと思うけど、自分のことに関しては完璧主義のように見えた。
そうじゃないと、狙撃で一番にはなれない。
根っからの不真面目の塊ではないことくらい、なんとなく分かっていた。
当真くんが、クレープを食べる私を見る。
「なまえのそれ、何。」
「ブルーベリークレープ」
「それは分かるんだけどよ、間に挟まってるやつ。」
「チーズケーキ」
アイスクリームの塊じゃないと気づいた当真くんが、チーズケーキ部分に齧りついた。
一気に三分の一ほど消えるクレープを見つめて、それから当真くんを見る。
満悦といった顔をしていて、何も言い返せない。
半分以上食べられたチーズケーキと歯型が残るクレープを見つめていると、当真くんが自分の分を差し出す。
端っこを齧ると、口の中にクリームだけが流れ込んだ。
「わりと美味いな。」
ほんのりとバナナの味が残るクレープのクリームは、美味しかった。
特に次にどこに行くとも伝えず、クレープを食べ歩く当真くんを連れて歩いていると、周りは見る。
背の高いリーゼントを連れていたら、見られるのも当然。
咀嚼し終わった当真くんが、私に聞きだす。
「なまえ、今どこ行くつもりなわけ。」
だるそうな雰囲気でバナナクレープのバナナだけを食べる当真くんに、打ち明ける。
「猫カフェ」
これから行く方向を指差してそう言うと、当真くんはまたクレープを食べた。
今度は生地の部分に口をつけている。
「俺を引っ張り歩くからにはそれなりの自信あると思ってたけど、やるじゃん。」
「そうかな、当真くん、猫好きなんでしょ」
にやにやしてクレープを齧る当真くんが、私の手を引いた。
「いいとこ選ぶじゃねーの?でも、猫カフェより、もっといいとこ連れてってやる。」

当真くんが、路地の奥を覗く。
なにもないと思えば、路地の隙間のもっと隙間から、サビ猫が出てきた。
よく見るとサビ猫だけじゃなく、他の猫もいる。
顔を出した数匹が、こちらを伺った後、尻尾をピンと立てた。
目を凝らさないと見えないような位置に擬態していたサビ猫は、当真くんを見つけると、うにゃうにゃと鳴きながら近寄ってきた。
当真くんの足元に来ると、母親を見つけた子猫のようにサビ猫が甘えた。
足に顔を擦り付けて、嬉しそうに鳴く。
ズボンの裾が、みるみるうちに毛まみれになった。
「こいつら、俺以外の奴には逃げるんだ。」
飛びつかれはしないものの、足元に勢いよく現れた野良猫二匹を伺う。
茶色と灰色が混ざったような毛をした猫と、白黒の猫。
しゃがみこんで白黒の猫に手を伸ばすと、すぐに逃げるように身を引かれてしまった。
諦めずに手をもう一度伸ばしてみると、茶色と灰色の毛の猫が鼻先を突き出す。
濡れた鼻をつつくと、そのまま座り込んでくれた。
耳の辺りを撫でてみると、怒らずに撫でさせてくれる。
猫は常に片目だけでも私に向けていて、まったく警戒していないわけではなさそうなことが見て取れた。
人懐こい猫だと思い構っていると、白黒の猫は当真くんの足元に座り込む。
「ま、俺の連れなだけあるわ、見るからになまえは懐かれたな。」
白黒猫が、当真くんの足元で転がる。
当真くんに懐くこの猫は、確かにどう見ても野良猫。
首輪もないし、お世辞にも綺麗な毛並みとはいえず尻尾の毛が抜けて禿げている猫もいた。
ただ、外で暮らしているはずなのに、どの猫も汚れていない。
目つきは鋭くても、危害を加えないと分かれば人に懐くのだろう。
手を伸ばして、少しだけ撫でた。
警戒心は僅かに伝わるものの、引っかいてこない。
当真くんの近くにいる猫も、私を見て逃げたりしなかった。
汚れている部分は避けて、額や耳を撫でる。
すこしだけ目を細めてくれたのを見て、安心した。
上着の内側のポケットから、猫じゃらしを出した。
何故そんなところに猫じゃらしを常備しているのかは知らない。
猫じゃらしを見た途端、当真くんの足元の猫が構えた。
遊んでくれると分かっているのだ。
当真くんが猫じゃらしを振ると、足元の猫が動く。
不規則に動くものを捕らえるのが狙撃手の務めなのに、こうも猫じゃらしの扱いが上手いのは何故なのか。
どんな猫じゃらしも、当真くんが持てば一流の猫おもちゃになる。
右へ左へ残像を残し動く猫じゃらしに狙いを定め、端に座っていた三毛猫が飛び掛った。
一度は猫の手を逃れたものの、二度目で飛びつき動きを押さえる。
「おー、このネコ助やるじゃねえの。」
猫じゃらしを仕留めて転がる三毛猫を前に、当真くんが嬉しそうな顔をした。
「俺の速さについてこれるネコ助は、大体賢そうな顔してんだよ。」
三毛猫を操る当真くんに笑いかける。
「当真くんは猫が好きなんだね」
猫じゃらしを持った当真くんにそう言うと、得意気に返された。
「そうでもねえぜ?猫は猫でも、違いの分かる頭の良い猫が俺を選ぶんだよ。」
三毛猫が猫じゃらしを捕まえようと一生懸命追っては逃し、追っては逃し、ふわふわの尻尾を揺らす。
お尻を振って、猫じゃらしに狙いを定めれば、隙ありとばかりに茶トラの猫が横取りした。
当真くんが、地面に転がり猫じゃらしを捕らえる茶トラの顎を撫でる。
気持ち良さそうに目を細める茶トラを見ていると、こちらまで幸せな気分になった。
「猫って、猫が好きな人を見分けて可愛がってくれる人のところに行くし、猫が好きな人じゃないと懐かないんだよ」
「そりゃー、俺が頭悪いもんを好きになるわけねえし。」
「じゃあ犬も好きなの?」
「いや、猫だろ。」
顎を撫でられ、眉間を撫でられ、ごろごろ鳴く茶トラが当真くんの足元にきた。
当真くんが茶トラを可愛がっていると、突然後ろのほうで誰かが叫ぶ。
追い掛け回されて転んだ子供に火をつけたような、切羽詰った形容しがたい声。
急いで後ろを向いて見ると、サバ柄の猫と黒猫が交尾していた。
「え」
「うおっ。」
当真くんが薄い反応を示したあと、何を言うわけでもなく交尾中の猫をそのままにした。
思いもしない光景に、言葉を失う。
赤ちゃんの鳴き声、猫の鳴き声、発情期の猫の声、それに女の子の絶叫を混ぜたような、とてもじゃないけど安心して聞けないような声。
うぎゃーとかぎにゃーとか、そんな表現じゃ足りないような断末魔に近い声だった。
「盛ってんじゃねーの。」
それだけ言って驚きもしない当真くんを見て察するに、これが交尾中の猫のようだ。
発情期の猫の声は聞いたことがあっても、驚くしかないような声に固まっていると、当真くんの足元に猫がまた一匹増えた。
不穏極まりない絶叫を聞いても、当真くんと他の猫は知らんぷり。
「ね、当真くん、猫あれ止めなくていいの?」
おそるおそる当真くんに聞いても、解決にはならなさそうだった。
この辺りの猫を可愛がっている当真くんにとっては、よく見る光景なのかもしれない。
周りの野良猫達も、自分も撫でてもらおうと当真くんに近寄る。
焦る私には、気づいていない。
せめてもの気持ちで当真くんに聞いてみると、相変わらず何事もないような顔をされた。
「あー、やってるほうはいいと思うぜ。」
「そうなの?」
「野良だから全部が全部避妊手術やってるわけじゃないだろ、仕方ねーよ。」
「でも止めたほうが」
「去勢避妊する前に発情しちまうと、やり方を覚えるんだよ。」
遮るように、黒猫がまた叫び鳴く。
それでも当真くんは、動じない。
「人間だって、ヤッてる最中にひっぺがされたら嫌だろ?」
「そうじゃなくて!」
「どっちもトシだから、子猫の心配は無いと思うぜ。」
当たり前のような顔をした当真くんの手には、まだ野良猫が陣取っている。
トシだから、と言われて見てみると、確かにどちらの猫も若い猫ではなさそうだ。
サバ柄の猫の腰が動くたび、黒猫が苦しそうに鳴く。
「あれいいの?ほんとに?」
「トゲが痛いだけだから、いいんじゃね?」
トゲとは何のことか分からないうちに、後ろから首を噛まれていた黒猫がぎにゃーと叫んだあと、サバ柄の猫が黒猫の上から驚いたように去る。
怒った黒猫がサバ猫を追い掛け回し始めて、当真くんの側にいた猫までもが逃げ出した。
猫も猫で、声には驚くようだ。
「わ、うわ」
交尾中の二匹を伺っていた猫が、私の足元に座る。
薄い灰色の毛をした猫が、眠そうな顔をして欠伸をした。
路地のどこかへ消えた黒猫の叫び鳴きが遠くから聴こえて、辺りに響く。
「おいおいなまえ、顔真っ赤。」
ふざけたものでも見たかのような当真くんを見て、更に恥ずかしくなる。
どうすればいいか分からない私を差し置いて、当真くんは平気そうな顔をしていた。
「ふーん、てか猫はああなるの知らなかったわけ?」
「そりゃあ猫飼ってるわけじゃないし」
「へえー。」
当真くんも、猫も、なんでもなさそうな顔をしている。
事態に焦っているのは私だけだと気づいたときには、私の中だけで気まずさが増す。
顔を伏せていると、当真くんが私の隣にしゃがんだ。
「なまえ、そんなんで俺の女になる気だったのかよ、かわいいじゃねえか。」
意味を理解するより先に、顔が赤くなる。
下心の更に下のほうをつつかれて、血の気が行き場をなくした。
「そんなつもりじゃ」
恥ずかしくて目を合わせられずにいると、視界の真ん中に当真くんの足元にいたサビ猫が現れた。
鳴きもせず、私を見ている。
「どうでもいい奴の誕生日確保して連れまわすのになまえは疑問ないタイプ?俺ショック受けるわ。」
さっきよりもずっとおそるおそる、当真くんを見る。
私と違って、いつもどおりの顔をしていた。
「当真くん」
「いい加減、勇って呼べよ。」
「い、いさ」
「なまえにはちゃんと言ってほしいんだけど。」
「い、い、いさ、く」
「俺は大胆なほうが好きなんだよ。」
決定打のような一言をぶつけられ、動けなくなる。
空気を読んだように、サビ猫が私達の元を去った。
気づけば、猫がいない。
動物は人間より勘がいい、きっと何かを察知したのだろう。
「勇くん」
そう言ってみると、待ってましたとばかりに笑った。
「そうそう、そうこなくっちゃ。」
行き場の無い血の気は、まだ沸き立つ。
そんな気も知らない勇くんが、私の目線から立ち上がった。
「ネコ助らも餌なしって分かったらなんかいなくなってきたし、飯行こうぜ、ラーメンどうよ。」
大きな手が、差し伸べられる。
「ほら、なまえ。」
差し出された手を見つめたあと、立ち上がった。
周りに猫はいなくなっていて、どうにか気配を探せば、路地の狭い場所に動く毛玉を見つけた。
尻尾が揺れて、見えなくなって、それから鳴き声が聴こえる。
猫たちとは、きっとまた会える。
勇くんが差し出した大きな手を握り返すと、手を引かれて路地から抜け出す形になった。
天気がよくて、陽射しも良いけど、大きな背中とリーゼントに隠れていて見えない。
呆然と勇くんの後頭部を見つめていたら、隣に引き寄せられた。
「今日七夕じゃん、人多いから離れんじゃねーぞ。」
「どこも行かないよ」
「ラーメン食ったあと、七夕祭りの方向まで歩く?」
「歩きたいなあ」
手を繋いだまま歩いて、人通りのある道に近づいても、手の力は緩められなかった。
まだ騒がしくて、歩幅に隠れるように歩けば歩くほど体が近づく。
勇くんの上着から、いい匂いがした気がした。
香水でも芳香でもない、知らないけれど、いい匂い。
きっとこれが勇くんの匂いなのだろう。
「俺ラーメン好きなんだよな、今度作って。」
「うん」
「・・・何赤くなってんだよ。」
大きな歩幅に合わせて歩く私を見てそう言った勇くんも、頬が少しだけ赤かった。







2015.07.06






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