錯覚と思い



美心さんリクエスト
年上ヒロインで来馬先輩に片思いされるお話





連絡を取っていると、後輩の今ちゃんが近くのラーメン屋にいることが判明した。
他の人もいるけどおいでよ!と言われ、遠慮なく行く。
私の可愛い後輩と会うチャンスは逃したくない。
そこで出会ったのが来馬さん。
私より年下で、前々から今ちゃんが言っていたボーダー組織の隊員。
今ちゃんがいるチームのリーダーさん。
認識は、それくらいだった。
本当に、本当に、それくらいの認識だった。
待ち合わせ場所にいた今ちゃんに飛びつく。
きゃーきゃー言われたものの、今ちゃんも今ちゃんで私をくすぐってくる。
ふざけあっていると、メンバーの自己紹介を今ちゃんから聞かされ、頭を下げた。
初めましてこんにちは、と言ったときに、来馬さんと目が合った気がする。
ラーメン屋を出たあとなのに、今ちゃんがスイーツバイキングに行きたいと言い出す。
今食べたばっかりなのにと言うと「別腹」と返された。
スイーツバイキングに到着して暫くすると、太一くんという子が一緒にいた短髪の男の子の皿にあったケーキを間違えて床にぶち撒けていた。
面白い光景だけど、皿を落とされたほうの子の自己紹介を聞き忘れたかもしれない。
そんなことよりも後輩の今ちゃんは可愛い。
あとで今ちゃんに聞きなおそうと思っていると、先に席に戻ってきた来馬さんに話しかけられた。
「あの、なまえさん。」
「はい」
「馴れ馴れしいかな?なまえさんって呼んでもいい?」
「うん、いいよ」
そのあと、すぐケーキを積んだ皿を持って今ちゃんがきたので、あとは盛り上がった記憶しかない。
最初の会話は、それだった。

会って数日後のことだ。
仕事の疲れで長く寝てしまい、昼過ぎの時計をぼうっと見つめたあと伸びをして倒れそうになっていると、メールが鳴った。
今ちゃんからのスイーツ相談メールかと思い見ると、来馬くんからだった。
「金曜日、時間ありますか?よかったら映画を見ませんか」とのことだ。
いいよと返信して、携帯アプリから映画の上映作品と時間を確認する。
すこし意外だった。
自分が大学生のころを思い出す。
年上の友達にも遊ぼうとか気軽に言っていたから分からなかったけど、年下に慕われるのも悪くないと気づく。
そう、来馬さんはティーン。
しかも、まだ知り合ったばかり。
スイーツバイキングで、お菓子を食べながらこれでもかと話して楽しかったのは、確か。
来馬さんの落ち着いた雰囲気は大人に見えていた。
人は見かけによらないのだ。
約束どおり、金曜日は来馬さんと映画を見に行った。
人生岐路の映画で、男性が女性を追いかけ波乱を超え正義を手に入れる、ありきたりな映画。
たまに銃撃戦、たまにキスシーンあり。
リラックスするには、ちょうどいい映画だったけれど、来馬くんは年上と観るから選んだ映画なのではないかと思った。
大学生くらいのときほど、刑事ものやらアクションものを見たがるはず。
それはもしや私の偏見だと気づいたあと、映画館から出たあと適当に入った喫茶店には、私達しか客がいなかった。
「面白かったね」
アイスコーヒーを一口飲んで、ホットケーキにメープルシロップをかける。
滲んで垂れていく美味しそうなメープルに幸せを感じながら、来馬さんのホットケーキを待った。
「今ちゃん達と遊ぶときに会ってたから、二人でまじまじと話すの初めてじゃない?」
「そうですね」
見た印象は、好青年としか言えない。
丁寧だけど何か抜けていそうな雰囲気がある。
大学生の男の子なのに年上の女性を映画に誘う時点で、相当できている子だとは思う。
メープルを見つめながら垂らしていると、来馬さんが手で丸い形を作った。
「女の子の間で流行ってるんですか、パンケーキ。」
「みたいだねー、私はホットケーキ派だよ」
「パンケーキとホットケーキって、具体的な違いあるんでしょうか。」
「パンケーキは主食、ホットケーキはおやつ」
「へえ。」
「最近のパンケーキすごいよ、クリームがタワーみたくなってるの」
パンケーキの上に、これでもかとクリームを乗せキャラメルソースをかけたものや、何枚もパンケーキを重ねて溶かしたバターとジャムで味付けしたもの。
チーズを混ぜて作ったふわふわパンケーキなど、色々ある。
展開はされているけれど、私はどうもこのホットケーキに安心感を覚えた。
「隊長さんなんだっけ」
ホットケーキのにおいで良い気分になって、適当に話しかけてみる。
「はい。」
「そっかー、今ちゃんをよろしくおねがいしますー」
愛想笑い半分、今ちゃんはしっかりしているから大丈夫だろうと信じていることを隠した。
今ちゃんは冷淡な上司にも黙ってついていきそうだと思っていたから、来馬さんは意外だった。
人の良さそうな男の子。
冗談も受け流してくれそう、という印象だ。
話しているうちに印象が変わってくれることを願い、微笑む。
「俺以外に今ちゃんのこと今ちゃんって呼ぶ人、初めて会いました。」
「そうなの?」
「はい。」
「今ちゃん、ほんと良い子だよ」
「そうですね、実際のとこのリーダーは今ちゃんでいいじゃん!って言われますね。」
「やっぱりそうなんだ、しっかりしてるもんね」
怒涛の後輩トークに突入しかけたところで来馬さんにホットケーキが運ばれてきた。
来馬さんの美味しそうなホットケーキのを見て、アイスコーヒーを一口飲んでから自分のホットケーキを切る。
ふかふかの生地、垂れるメープル、嗅いだだけで嬉しくなるにおい。
一口分に切っていると、来馬さんが話を続けた。
「彼女は優秀なので皆助けられているんですよ、なんでこんなに出来る子なんだろって思ってたけど、なまえさんの後輩なら納得。」
「私じゃないわ、あなた達の仲間だからよ」
「そうですかね。」
「いい人たちに囲まれると、輝くものだから」
ホットケーキを一口食べる。
幸せが口の中から広がり、万遍の笑みを浮かべたくなるのを押さえて、美味しいと呟く。
「来馬さんは映画が好きなの?」
「はい、そこそこ。」
「じゃあ、もっと好きなものは?」
「アクアリウムですね、あと、食べ物ならマカロニグラタン。」
「グラタン美味しいよね、私も好き」
「美味しいですよね、放っておいたら皿ごと食べそうなくらい好きです。」
来馬くんがホットケーキを食べる。
手つきを見ていると、妙に綺麗な食べ方をしていることに気がついた。
慣れた手つきでナイフとフォークを使い、綺麗に食べる。
間違ってもかちゃかちゃ音がしないような使い方に、思わず見とれた。
アクアリウムが好き、と言ったことを察するに手先が器用なほうなのかもしれない。
「今ちゃんは、どんなことをするの?」
せっかくだからと聞いてみると、快く教えてくれた。
来馬さんはナイフとフォークを一旦置き、おしぼりで指先を拭く。
「オペレーターですよ、隊員に指示を出したりする重要な裏方です。」
「映画とかでスパイに指示する機密機関の女性とか」
「それです。」
想像してみた。
戦闘服に身を包んだ男達が、マイクから聴こえる今ちゃんの指示を頼りに突き進んでいく。
いつかどこかで見た映画の内容そのままを置き換えても不思議ではないことを、来馬さんも今ちゃんもしている。
「すごいなあ、集団行動苦手だから尊敬する、今の仕事も、集団的行動しないからって理由で努めてるし」
「努めるのに、マイナスな心持の理由はいりませんよ。」
「ありがと」
ホットケーキを食べると、メープルの味が広がった。
甘いものには目がない年上の女というのが、来馬さんにどう映っているのだろうか。
「今ちゃん、入学当時話題になったくらい美人さんでね、もーほんと私は今ちゃんを猫かわいがりしてたの」
「確かに彼女は慕われる要素を持っています、俺らもよく世話になってるし。」
「面倒見いいんだ、やっぱい今ちゃん可愛い」
綺麗な手つきでナイフとフォークを使ったと思えば、丁寧に置いてコーヒーを飲む。
誰が見ても不快にならない食べ方をしている、お手本のような人だ。
年下とは思えないくらいしっかりしている仕草に、少しずつ年齢差を忘れていく。
「でも、今ちゃんにあれだけ慕われるなまえさんさんも凄いと思います、今ちゃんたまーに毒舌というか。」
来馬さんのフォローに苦笑した。
「毒舌じゃないよ、物事はっきりしてるだけ」
「ああ、たしかに。」
「なまえさんも、物事はっきりしてそうですよね、大人の人だし、雰囲気がそう見えます。」
「私は普通の人よ、地味だし、あんまりこう、ぱーっとはしないし」
お世辞は好きではないけれど、それを真っ向から年下の男の子に言うのは女以前に人としてどうかという問題になる。
自虐を僅かに含んでそう言うと、来馬さんはホットケーキを飲み込んでから喋った。
「なまえさんは大人の女性ですよ。」
「いやいやー、まだまだ垢抜けないんだよ」
「そんなことありません、なまえさんは、なまえさんは、なまえさんは綺麗です!」
店内に人がいないのが幸いだった。
耳のいい人なら聴こえてしまうような声量で、ひやっとする。
「へ」
変な相槌しか打てなかったけど、来馬さんは大真面目に言っているようだった。
ホットケーキのメイプルが、舌の奥に溶けていく。
私の真顔に気づいたのか、来馬さんはバツが悪そうにした。
「え、あ、それに地味すぎず派手でもないし笑顔が素敵だなって、後輩を気にかけているところとか、すごく・・・・・・・かっこよくて。」
相変わらず、ひやひやした。
テーブルの上のアイスコーヒーよりひえひえになるまで、あとすこし。
バツが悪そうな顔をしたあとは、真面目な顔色に戻った。
目を合わせても、不快感は見て取れない。
「嬉しいわ、ありがとう」
にっこり笑うと、来馬くんも笑った。
狙ったようなタイミングで扉の鈴が鳴り、女の子二人が入店する。
店員の声を聞いて、私も来馬くんも黙った。
女の子は来馬くんが頼んだホットケーキをふたつ頼んだあと、談笑が始まった。
私達の会話と大差ない、他愛ない会話。
大学生のときは、喫茶店に何時間も入り浸ったっけ。
こうして年下の子と話してると、学生時代を思いだす。
楽しい時間が終われば、明日からまた仕事。
時間の合間が、なにより幸せなのだ。
女の子ふたりの会話がヒートアップしてきたころ、来馬さんは携帯をいじって、開いたページを見せてきた。
「なまえさん、次の日曜日ここ行きませんか?」
表示されていたのは、映画館から歩いて五分くらいの場所にある大きな商業施設のページ。
ライトアップと大きく見出しがあり、その下にはグルメとかファッションとか書かれている。
「夜になったらライトアップされるんです。」
年下の男の子のお誘いに、頷く。
「うん、わかった」
ホットケーキを食べ終わる頃には、女の子ふたりの会話が熱くなりすぎていた。
注意する店員の傍ら同情の目を向け会計を済ませたあと、来馬さんと駅で別れた。
電車に乗り、ぼうっとする。
なまえさんは綺麗です。
そんなことをさらっという来馬くんは、一体何者なのだろう。
携帯を開き「今日はありがとう、日曜日楽しみにしてるね」と書いて、メール送信。
鞄に携帯を仕舞い、スケジュール帳を取り出した。
今月のページを開き、予定を確認する。
土曜日まで仕事があるけど、日曜からはしばらく休みなのを確認したあと、気づいた。
そして、全身が静止する。
日曜日は、クリスマス。
カレンダーと睨めっこしたら、私の顔がじわじわと赤くなって、負けた。






2015.07.02




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