予見の手





あるとさんリクエスト
・エリート迅さん





「君は、おれのところに来るよ。」
初対面のあと、数回してこう言われた。
躾のなってない子供みたいな彼の名前すら、知らなかった。
せんべいの達人とか、せんべい宣伝とか、わかりやすい名前で覚えている。
この人は、私の目の前によく現れた。
引っ越した初日、転入した日の帰り道、よく行くカフェでも会う。
お菓子屋でアルバイトをして、弟を迎えにいって、夕飯を作る。
父と母の帰りが遅いときは、私と弟だけ先に食べる。
家で作るのもいいけど今日は寒いし、ラーメンでも食べて帰ろう。
そうして歩いていると、いつの間にやら歩幅を合わせた彼がきた。
「俺もラーメン屋行くんだよね!一緒に行こう。」
バイトしているお菓子屋にいつも来る、この人。
ぼんち揚げとかあげせんとかえびせんとか、せんべい系のものを買ってはボリボリ食べている。
名前は知らない、学生なのか社会人なのかも分からない。
今日も帰りに、せんべいを片手にバリバリいわせながらやってくる。
どこの学校や会社にいるのか分かったら通報してやりたい。
早歩きで歩けば、追いかけてくる。
「なに?」
「ラーメン屋行くんでしょ、おれも行く。」
にこにこする、せんべいの達人。
せんべいなんてもさつくものを食べたあとにラーメンを食べるなんて、とも思う。
少しだけ興味が沸いてきた頃だったのかもしれない。
目の前の席で、せんべいの達人はラーメンを食べている。
口の中に吸い込まれていくラーメンが、美味しそうだ。
私も一口食べて、また食べる。
食べる時は無言でも誰も注意しない。
食事はわりと好きだ。
油っぽい喉を水で流し潤したあと、チャーシューを食べて聞きただす。
「あなたは誰なの」
彼は麺をずるっと食べた後、にっこりする。
「君の店の客、迅だ、よろしく。」
ラーメンの湯気で、指が温かい。
怪しい雰囲気は感じられず、あくまでもにこやかに対応していますという印象しか与えない。
路地で二人きりになったことがあり、焦ったものの怪我もなし。
どこかの私服警官だろうか。
「迅さん、私はあなたと話したことがありません」
はっきりそう言っても、迅さんは引かない。
「うん、そうだねー、でも俺の役目はこういうことだから。」
事件の調査以来、私の身の回りで何か起きてしまって、交友関係を洗っている最中。
そんなことを思い描いた。
事件に巻き込まれるような子も、何か起こしそうな子も、私の周りにはいない。
迅さんが私のラーメンを見つめて、子供のような顔をして箸を近づけた。
「へえー、うずらの卵いいな。」
「わっ、勝手に食べないでよ!」
「ごめんごめん、おれのチャーシュー食べる?」
答えることもなく、ラーメンを食べる。
胡椒が歯の奥で味を弾かせ、鼻に匂いが漂う。
うまみの塊を飲み込んでいくと、迅さんが外を見て呟く。
「うわ、雨」
ラーメンを食べながら窓を見ると、たしかに雨が降っていた。
小雨程度でも、濡れるに必死だろう。
なにせ、折りたたみ傘すら今はもっていないのだから。
鞄を頭に乗せて走るしかない、それなら駅までの時間はと計算していると、遮られる。
「雨宿りしてく?」
「どこで」
「俺の家、みたいなもんだな。」
「なにそれ」
「みりゃわかる。」
「見たら何か察せるような家なの?」
「まあ、そうだな!ははは!」
嫌なせりふだ。
本当にナンパなのかと疑いつつ鞄で頭を隠して移動すると、繁華街とは逆の方向だった。
歩くたびに、騒がしい街が遠ざかる。
暗くなりかけた頃に連れて行かれ、到着した先は一見すると普通の家だった。
核家族が住んでいそうな、普通の家。
空気を見る限り、まずいところではなさそうだ。
おじゃましますと呟いた声を掻き消すように、迅さんが挨拶する。
「レイジさんこんちはー。」
よう、と挨拶した大柄な男性と、その隣には小さい男の子がソファの影からこっそり覗いている。
頭を下げると、別の部屋へ行くようで迅さんが階段の上で手招きした。
それにつられて二階を上がっていると、部屋の入り口で物を整理していた眼鏡の女の子が、私に気づく。
その声につられるように、眼鏡の男の人も顔をあげる。
「おう、そちらは?」
眼鏡の男の人が、驚いたような顔で私を見る。
「なまえです。」
自己紹介しかできないのが、歯がゆい。
「支部長の林藤だ。」
立ち上がって、握手を求められた。
握り返す前に、本題だ、と言いだけに林藤さんは私と迅さんを交互に見た。
「さて迅、この子は?」
「連れてきた。」
「誘拐したのか!?」
「ちーがうって、任意同行。」
へらへら笑う迅さん、焦る林藤さん。
ああ、これは、なんかまずい。
私の知らないところで、なんか起きている。
直感的にそう思ったとおりで、林藤さんは腕を組んで唸った。
「うーんと・・・部外者が招き入れられてくるのは予想してなかったから、何から話せばいいのやら。ボーダーはわかるね?」
「はい」
「なまえの横にいるのは迅、エリート隊員で、うち玉狛支部の人間でもある。」
林藤さんの顔が、険しくなる。
眼鏡で目の色が伺えないけれど、支部だの隊員だの言われれば誰だって固まってしまう。
隣の迅さんは余裕そうにしている。
私をここに連れてきて、なにがしたいのか。
聞くに聞けない状況のまま、林藤さんの質問を浴びる。
「迅は少し特殊なんだ、一般人をここに上げるなんてことは、しない。なまえ、君は誰だ。」
「お菓子屋の店員です」
「そうだよなあ、普通の子だもんな、トリオンはどうだった?」
「ああ、最近越してきたので、まだです。」
「そうか、慣れるといいな。」
時計を見る。
もう夕方だ。
弟がお腹を空かせているはず、もう帰らないと。
時計と林藤さんを交互に見ていると、迅さんが諭し始める。
「なまえは、玉狛支部の力になるよ。」
迅さんがわかりきったように喋り、それを聞いて、林藤さんの目が光った。
一体なんの話なのか。
まずボーダーって秘密機関のような一面もある組織ではなかっただろうか。
唸った林藤さんは、明るく微笑んだ。
「でもまあ!迅が君を連れてきたってことは、君が必要なる時期が大きくなったんだろうよ。」
林藤さんから何を言われているのか、さっぱりだ。
そういう所属の人なら個人スカウトなんてしないはず。
それが許されている迅さんは、何者なんだろうか。
そしてここは、ちゃんとしたボーダーなんだろうか、聞けずに、渦巻く。
肺がずっしりとして、萎えた。
「帰ります」
部屋をあとにして、階段を降りる手前で引きとめられた。
眼鏡をかけた可愛い女の子が、にこにこしている。
「ねえ、お客さん。どら焼き食べて行かない?」

小さい男の子と、犬にしてはもっさりした生き物がいた。
私のどら焼きに男の子の手が伸びていることを知って、眼鏡の女の子が怒る。
「コラ、だめ!」
どら焼き入手に失敗した男の子と謎の生き物は、渋々逃げていく。
向き合うと、自己紹介をされた。
「宇佐美栞です、よろしく。」
「なまえです」
「迅さんが人を連れてくるなんて、けっこう珍しいのよ。なまえちゃんはボーダーに興味のない普通の子よね。」
「はい」
「もしかして、いきなり連れてこられた?」
「そうですね」
「あーもう、ごめんね迅さんそういう人なの!」
「いい人、なんですね」
「何を考えてるか分からない人だけど、仲間思いのいい人だよ、迅さんは。」
出されたどら焼きは、美味しい。
ふわふわの生地の中に甘い餡子、それにお茶。
なんの縁か分からないけど、ここの人達は何か知っているようだった。
それを感じさせないためにお菓子とお茶が出されているのだろう。
一口頬張ると、甘さが広がった。
ラーメンとはまた違う美味しさ。
落ち着いて、雨が止んだらここを去ろう。
ゆっくりどら焼きを食べる私を見た栞ちゃんがテレビをつける。
気配りの出来る、いい子。
栞ちゃんに感謝しながらニュース画面の文字を追う。
やっていたのは市内で起きた火災のニュース。
市内で火災発生、住宅全焼、三棟に焼けうつりうち二棟全焼。
消防団による決死の消火活動の末、重傷二名軽傷八名。
出火の原因を解明すると共に、不審火と放火の、出火当時は雨でしたが、なんてアナウンサーの綺麗な声がするすると響いては消えていく。
ぱーっと、名前が出た。
弟の名前。
「え、あ」
煙くさそうな建物の残骸を映す衛星カメラのテロップ。
黒い骨組み、木、タイルとコンクリートが朽ちて焼けている。
そこにある、重傷者の氏名一覧の中にある、弟の名前。
「えっ、ああ、ひぅっ、いああああああああ」
ソファから立ち上がり、叫びそうになる。
わけのわからない声の断片が漏れるだけで、汗ばかりが垂れた。
悪寒が全身を駆け巡って、家の光景が頭に浮かんだ。
「なまえちゃん!」
栞ちゃんが私の反応に気づいて、肩を支える。
ふらふらして、内部がぐるぐる回った。
首の裏が冷たくて、どうしようかというくらい不安だ。
「ど、どうしよどうし、弟!家に弟!!」
「なまえの弟は助かるよ、大丈夫。」
迅の、優しい声がする。
「皆無事だよ、なまえ、安心して。」
歯を噛み締め、顎に重圧がかかる。
骨が砕けて歯が散って、口の中が焼かれたみたいになればいい。
病院、病院に行かなければ。
ああでもどこに運ばれたんだろう。
弟の携帯は、ああ、焼けたんだった。
顎の形が潰れて変わりそうなくらい力を入れても、吐き気と不快感は止まらない。
「適当なことばかり言って、なんなの!?私はなんでここにいるの、家にいたら今頃・・・」
声帯を絞る。
そう、家にいたら、あのまま焼けていた。
ぞっとして震えてから、背後に立つ影を見る。
「暗躍が趣味とか言われることもあるんだけどさ、おれ、たまには助ける方向で行ってみたくなったんだよ。」
迅さんが、ソファの上で震える私に手を差し伸べる。
「君は助かった、君はここに来るべき人間なんだ、おれのサイドエフェクトがそう言っている。」






2015.06.30





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