無償の理解者




水瀬さんリクエスト
・アタッカー時代の荒船

11巻カバー裏の穂刈のメールネタが面白すぎた




メールが何度も来ている。
哲次くんと映画を見る前にマナーモードにしたっきり。
バイブ音が延々鳴っているけど、出るつもりはなく鞄の底の携帯は無視したままだ。
お好み焼きが焼きあがる音と、店内のざわつきのおかげで、哲次くんの耳にバイブ音は聞こえていない。
それなら、知らないふりをしようと決めこんで、目の前の哲次くんと話す。
「あの車なんていうんだっけ、ワーゲン?」
「アストンマーチンだ、あの車が銃創まみれになっていくシーンは最高だった。」
「そっちはわかる、ギャングとの戦いでボロボロになったほう」
「ああ、三菱の車だろう、性能がいいから映画でも使われるんだ。」
哲次くんがお茶を飲み、買ってきたパンフレットを出す。
「あそこの撮影はメキシコだ、爆発には持って来いのロケだな。」
「列車が鉄塔にぶつかるシーンが好き」
「ビルの最上階から車で駆け抜けるシーンあっただろ、あそこも最高だ。」
パンフレットの高所アクションシーンを指差し、にやりと笑う。
主演の壮年男性が銃を構え、ターゲットから若い女性を守るシーンのスナップが掲載されている。
爆薬飛び交うロケ地の静かな写真が見えたところで、お好み焼きが焼きあがった。
私が切りを入れていると、哲次くんがお通しの漬物に手をつける。
一口食べた後、すぐにお好み焼きに取り掛かった。
「敵が五人も来ても、すぱーんってできるものなの?」
「まあ、できる。」
「全員武器持ってても?」
「状況の地形にもよるが、できなくはない。」
「すごいなあ」
お好み焼きを口にする。
熱くて喋れないから、哲次くんが戦っている姿を妄想する。
スーツ姿で銃を持っていてもいいし、車を飛ばして敵を轢き殺してもいい。
でもどうせなら、近くにあるものを手にすれば何でも武器にして戦う哲次くんがいい。
だって彼は、攻撃手。
その道で強くて、期待の隊員。
私は普通のオペレーターで、隊も違う。
他の映画好きの子の繋がりで知り合って、色々意気投合して、今に至る。
休みの日に映画を見に行って、帰りには哲次くんおすすめのお好み焼き屋でご飯を食べて帰るだけの普通のデート。
好きな人だから、一緒に居られればそれでいい。
話す内容も、その日見た映画の内容が殆どで、お好み焼きがなくなる頃にはお互い感想を言い尽くしている。
他の人のデートがどんなものか知らないけど哲次くんは思ったより気さくだ。
私が行きたいところには連れていってくれるし、学生なりに遊ぼうとしてくれるし、何より楽しい。
うるさくないし、あんまり笑わないけど、けっこう喋る。
頼んだお好み焼きが時間内に全部食べきったらタダ!みたいな大きいものなら、デートの時間は長くなるかもしれない。
お好み焼きを食べて、そうしたら、帰る。
いつもどおりの、いつものデート。
座敷から降りて痺れかけの足を靴に突っ込んで、夜の冷たい風の中を歩く。
哲次くんの背中を見ていると、交差点に向かう途中で私に声をかけた。
「なまえ、電車は?」
携帯を見て時間を確認する。
不在着信が12件という不穏な文字が目に入ったけれど、無視した。
「あと25分かな」
「そうか。」
繁華街手前、人通りの多い交差点で信号の色が変わるのを待つ。
きらきらした化粧の人や、酔った男の人が多くなる時間帯。
こうなる時間が深まる前に帰らないといけないのが、学生の規則。
見た目こそ派手でも、私と哲次くんのように男女二人で歩いている人を見ていると、哲次くんに話しかけられた。
「なまえ。」
振り向くと、夜の影で暗くなった哲次くんがいるだけだった。
特に変わりはなく、なに?と仕草をすると、顔を伏せる。
「すまない、なんでもない、送る。」
哲次くんが私の手を握る。
交差点の人が溢れ、皆渡り始めた。
みんな暗い雑踏の中に消えていくけど、哲次くんの背中は消えない。
駅につくまで、しっかりと見ていた。
人通りの多い駅で別れて、哲次くんの背中が消えるまで見る。
ずっと一緒にいれたら、なんて思ってしまっても、電車は走るし時間は過ぎるし、明日は学校だ。
帰宅して風呂にお湯を落としている間に確認しようと、携帯を手に取る。
一件のメールと不在着信は、穂刈くんからだった。
眩暈がしたまま、メールを開く。
画面に「なまえ聞いたか?荒船が攻撃手やめた(´□`ノ)ノ狙撃手に転向するらしくて、スナイプ界が波乱の予感p(`□´)q どうしよう!」と書かれていて、戦慄する。
何度貰っても、穂刈くんからのメールには慣れない。
筋トレが好きで寡黙な男の子が、こうも可愛いメールを寄越す事実に震える。
けれど、内容には引っかかった。
哲次くんは、今日攻撃手をやめた。
メールがなければ知らなかった事実。
その帰りに私と会って、いつものデートコースを歩いて、帰った。
交差点で、一瞬私を引き止めた。
もしかして、そのことだったのだろうか。
夜の影で、よく見えなかった哲次くんの顔が思い浮かぶ。
メール送信画面に「聞いてなかった、なんでやめたんだろうね?」と当たり障りのない文を打ち込み、穂刈くんに送信する。
12件の着信は、全て消した。
相当焦っていたのだろう。
哲次くんは攻撃手の成績は、とてもよかったはず。
穂刈くんが適当なことを言うとは思えず、上映案内のサイトと見たい映画があると哲次くんにメールをして、風呂に入った。
湯船に使っている間も、穂刈くんの女の子のようなメールを思い出す。
私に話さないなら、本人にとってそれほど大事なことじゃないのではないか。
組織そのものから抜けるわけでもないのに、と思うのは私がオペレーターをしているからだろうと思い、湯船に沈んだ。

哲次くんと映画を見に行く日まで、穂刈くんとのメールは続けた。
相変わらず女の子のような文体で「皆はなまえみたく平常心でいられないよ(-_- )))。。。」とか言われた。
噂となって哲次くんのことは広がっているらしい。
「皆びっくりしてるんだよ」と返すと「俺もびっくりしてるよヽ(´▽`)ノ荒船が狙撃をやるんなら一緒にやりたいな☆」と来たので、もう知らない。
同じオペレーターの子が、穂刈くんのメールが気持ち悪いと泣いていたことがあった。
不快感的な気持ち悪さはなくても、確かにそうではある。
哲次くんのことを気にかけているから、悪い人ではないし、穂刈くんはきっと哲次くんに協力的だ。
一緒に見た映画は、アクション映画。
女優が今流行りの人で、そこそこ恋愛シーンが盛り込まれている。
敵をなぎ倒した主人公の元でマシンガンを撃つヒロイン、車の中でキスをする二人、ヒロインを抱えて飛び降りてヘリコプターに間一髪乗る主人公。
最後は敵を倒して、どこかの綺麗な島でヒロインとバカンスをしながら、キス。
そのあと、続編を期待させる敵側の人間が出てきて、終わり。
スタントは本物を使う海外のアクション映画は、見ていて楽しい。
哲次くんと一緒に居るとアクション映画に詳しくなるし、魅力もわかる。
映画の感想を言い合いながら、いつものお好み焼き屋に行く。
パンフレットを読みながら待ち、お好み焼きが運ばれてきた頃、哲次くんが切り出した。
「なまえ、聞いているんだろう。」
お好み焼きの焼ける音がする。
「穂刈から。」
水を飲み込んで、口の中が潤った。
「うん」
そう返事をすると、哲次くんはそうかと呟いて、真剣な眼差しになった。
「目標段階のひとつが達成された。俺は狙撃手をやる。」
「そう」
どんな内容かは知らないけれど、目標段階のひとつが達成されたのはいいことだ。
返事をして、また水を飲む。
特に大きなリアクションのない私を見た哲次くんが、不思議そうな顔をする。
「怒らないのか。」
「なんで?」
「なんでって、なまえ。」
「うん」
「この前会った日が、攻撃手をやめた日だ。」
携帯が穂刈くんからの着信まみれになった、あの日。
攻撃手をやめて、その足のまま私と会って映画を見てご飯を食べて帰った。
なんの変哲もない、いつもどおりのデート。
「なんで怒らないといけないの?」
単純な疑問を投げかけると、哲次くんはまだ真剣な眼差しをしていた。
「俺はなまえに、そのことを黙ってた。」
「怒らないよ」
おしぼりで水滴がついた指を拭く。
「哲次くんが、どこか遠いところに行ってもう会えなくなるわけじゃないんでしょ?
二度と会えなくなったら寂しいし、大騒ぎするかもしれないけど、まだ頑張るんでしょ、私は応援する」
冷えた指のまま水を飲むと、底が見えた。
氷が唇に触れて、冷たい。
「そうか。」
哲次くんが、ようやく眼差しを緩める。
お好み焼きが焼けてきて、いい匂いがした。
切りをいれる前に、哲次くんに聞く。
「じゃあ、この前帰るときに私を一瞬止めたのって、そのことを言いたくて?」
ヘラを手に取り、まず大きく二つに分ける。
それから二回切り込んで、熱を逃がしつつ中身を焼く。
割れた部分からキャベツに向かってソースが垂れて、おいしそうだ。
涎が出そうなくらい美味しそうなお好み焼きを目にした哲次くんが、何か言った。
「ああ、いや、帰らなくてもいいだろとか言おうとして・・・。」
「家に泊めるつもりだったの、え?でも家に親いたら申し訳ないよ」
皿に、哲次くんと私の分を取り分ける。
大きさが均等になるように切り分け、ソースが垂れすぎないように切った甲斐があり、そこそこ美味しそうに見える。
お好み焼きが美味しいことには変わりない。
哲次くんは何故か顔を赤くして、無表情のまま皿を受け取る。
なんとなく、自宅の話を振ると哲次くんは乗ってくれた。
親のこと、勉強のこと、成績のこと、試験は簡単でも継続に難が出てくることはよくある、と言いながら、お好み焼きは消えていく。
なんにも変わらない、いつものデート。
私はこのままでいいと言ったら、哲次くんはたぶん何の反応もしない。
お好み焼きを食べ終わって、会計をして、夕方の生暖かい風に吹かれる。
交差点で、人が行きかう姿が見える。
今日もまた帰って、お好み焼きが美味しかったとか思うんだ。
そうに違いないと思えば、哲次くんが私の手を掴む。
握ったというよりは、手首を痛くない程度にがっしり掴まれて、離れられない。
「哲次くん?」
顔色は悪くなさそうな哲次くんが、私を見る。
「なまえ、悪かったな。」
突然謝った哲次くんの目は、悲しそうな影を落としていなかった。
何かを見つけて嬉しいような目をした哲次くんが、私の手を掴んだまま体を寄せる。
近い、非常に近い。
哲次くんを見ると、どきどきした。
「鋼は泣くし、何をしなくても感じの悪い噂は流れているようだから、神経質になってた。いい女だ、俺の側にいて支えてくれる奴が必要だ、ずっと一緒にいてくれ。」
鋼というと、哲次くんが教えているという隊員の子だろうか。
名前を聞いたことがある。
いい女と言われて嬉しくなり、笑う。
「わかった」
すると、何故か哲次くんが火がついたように赤面した。
私の手首を掴む手が、熱い。
「哲次くんが真っ赤になってどうするの」
片手で顔を覆って赤面していたら、顔を伏せて唸る。
「俺ら、まだ高校生だし・・・。」
「そうだね」
伏せた顔を上げるころには、蒸気が出そうな顔は静かになっていた。
「なまえ。」
手の力が緩んで、哲次くんが優しく笑う。
「一緒にいてくれ、俺が目標を達成したあとも、ずっと。」
そっと、哲次くんの右手が私の背中にきて、抱き寄せられたのか引き寄せられたのか分からない具合に寄せられた。
体が近い。
今まで近づいていることは何度もあったし、映画館の席でもこれくらい近いのに、真正面にいるだけでこれほどまでに違う。
すこしでも倒れたら、哲次くんの顎あたりに衝突する。
近くにきても、哲次くんは何も言わず私を見ていた。
じっと、どうすればいいか分からない子供のように、私を見る。
「哲次くん、ちゅーしよ」
そう言うと、哲次くんが固まった。
赤い顔のまま私を見つめて、そのあと平静になる。
まだ頬が赤いように思えるけど、ちゅーしよと言った私を、穴が空くほど見つめていた。
すぐに、哲次くんが屈んで、唇同士が触れてちゅという可愛い音がした。
唇同士が触れた瞬間、頭の奥がびりっとして、どきどきする。
目を閉じる暇もないようなキスが、じわりと広がった。
哲次くんの顔の熱は引いていって、今は私の頬が温かい。
思ったより恥ずかしくなく、してしまえば、またできそうだと思った。
いつも通り、なんにも変わりない。
哲次くんも私も、いつも通り。
ただ、哲次くんも私も、二人でずっと一緒にいるだけだ。









2015.06.25






[ 266/351 ]

[*prev] [next#]



×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -