気前
アカネさんリクエスト
・怪我なり病気なりで無茶して倒れた夢主を、ユミルが看病する包帯の下が痛くても、顔を顰めるのだけは我慢していた。
寝転がって天井を見てるだけでは、つまらない。
頭の中身が働かない感じが延々としても、動けない。
非常に、非常に退屈だった。
怪我をした自分が悪くても、退屈に耐えられるほど人間は簡単に生きてるわけではない。
だからユミルの顔が見れたときは、怪我なんか忘れて飛び上がりたいほど嬉しかった。
寝込む私を見て開口一番怒られたけど、それは仕方ない。
怒っても悪態をついても、ユミルはしっかりしている。
水の入った桶と、真新しいタオル。
ユミルなりの、お見舞いだ。
隣にいるユミルがタオルを濡らして、水をしっかりと絞る。
ぽたぽた落ちる水の音は、疲れすぎててあまり聴こえない。
血が滴り落ちるときもきっと同じような音なのだ。
ぬめり気のある色のついた生臭い水が血液だと、怪我をして知った。
「なまえ、お前なんであの高さから飛ぼうと思ったんだよ。」
タオルを絞って畳んでくれているユミルが聞いているのに、無視した。
怪我はまだ痛む。
包帯の下の熱は落ち着いてきたけれど、今度は響くような痛みが傷口を中心に打撲部分にまで及んでいく。
転んだ直後のような不快感が、まだ身体の中に残っている。
無視を続けていると、ユミルに耳を掴まれて大きな声を出された。
鼓膜がごわっと反応して、反射的に目を閉じる。
「聞いてっか、なまえちゃーん!」
「きーいーてーる!」
「なーんで装備なし同然の状態で飛んだんだよ!」
「慢心!慢心です!」
ユミルの手を振り払って耳を押さえ、怪我が痛まない程度に屈んだ。
怒られるのも、無理はない。
討伐訓練中にガス欠になり、仕方ないので低い木に飛び乗ろうとして思い切り転んで落ちた。
仲間を待てばよかったものの、と言われてしまえば慢心と過剰が原因ですとしか言い返せない。
大丈夫、いける、そう思って木に飛び移った。
失敗した。
仲間がいなかったら、怪我は深刻化していただろう。
腕の間からユミルを見たら、不機嫌そうに顔を顰めていた。
「説教は聞き飽きたの」
ぶすくれてそう言うと、ユミルが突然教官の真似をし始めた。
あの怖い顔を真似して何かごたごた言うところは、似ている。
わざとらしく低くした声で唸るユミルを見て笑うと、真似をやめてようやく表情を和らげてくれた。
散々怒られ、医務室に寝かされ、教官にも医務室の医師にも怒られ、包帯を巻かれ動くなと念を押され、部屋にひとり。
お見舞いなのか、茶化しにきたのか、ユミルは来てくれた。
「へーへー、生きてただけ運に感謝しとけ。怪我が治ったところで、訓練許可が降りるかどうか。」
「怪我、そんなひどい?」
水の入った桶をいじるユミルに、聞いてみる。
なんでもなさそうな顔を見る限り、平気だろう。
「大丈夫だろ、すぐ治る。タオルいいか?」
タオル片手に私を見るユミルのために、体を起こす。
ふとももが痛んで、背中が強張る。
見かねたユミルが起こすのを手伝ってくれたおかげで、しっかりとした腕が私の怪我近くを覆う。
自分が怪我人であることも、そう思う要因のひとつだけど、ユミルは頼もしい。
なんだかんだ言いながらも助けれてくれる。
頼れるユミルが、私は好き。
服を脱いで、上半身を外気に晒す。
上だけ裸になるのは少し恥ずかしいけど、ユミルは女の子。
大丈夫、恥ずかしくない。
汗が浮いていたであろう肌を、丁寧に拭いてくれた。
怪我をしている間は、これが風呂代わりの清潔。
「怪我すんのと、無茶して怪我すんのは違うからな。」
「そうだね」
首と肩を拭いてから、腹を拭かれる。
耳の裏をタオルの端で拭いて、腕を拭いたあと、背中にタオルを回された。
冷たくて気持ちいい。
肌が刺激されて血行がよくなってくると、頭がすっきりする。
ごしごし拭かれるのかと思ったら、意外と丁寧だ。
腕、脇、腹、腰、足ときて、終わりに背中全体を拭いてくれる。
ついでに髪も洗ってくれという冗談が言えないくらいには、有難かった。
「無茶する奴は嫌いじゃないぜ?まあ、それと怪我して寝込むのは違うけどな。」
「うん、うん」
「無茶して死ににいくような奴は、訓練にも出してもらえねえぞ?」
「えええ、やだ、ユミルと会えないじゃない」
「はあ?私はいつでも会えるだろ。まあ、嫌なら無茶はやめることだな。」
頭を撫でられたあと、背中を軽く叩かれる。
いてえと言ったら、待っていたかのように笑われた。
ユミルらしい不敵に歪んだ口元。
どう見ても、私の好きな大雑把で明るい人。
冷たいタオルが、生ぬるくなってきた時。
ユミルは私の体を拭く手を休めずに、気づいただけのことを口にした。
「背中に傷ついてる。」
強めの力で拭いてた手が、一瞬で緩んだ。
背中といっても、ほぼ腰の位置になる傷跡を見て手を緩めるユミルに安堵を抱き、申し訳ない笑顔を浮かべる。
「小さい時、鍋の上に転んじゃって」
素直にそう言うと、鼻で笑われた上に傷跡を拭かれた。
皮膚と傷跡のへこみを拭かれ、くすぐったくて身を捩ると、タオルでつつかれた。
「ドジだな。」
それでも、丁寧に拭いてくれる。
生ぬるいタオルを引き上げて、また水に浸す。
ぱしゃぱしゃとユミルの指が水の中で泳いでタオルを濡らす音が、背後でした。
「鍋の上って、なにやったんだよ。」
「え、うん」
「なんだよ、私にも言えないようなことをやらかしてんのか?」
「家の中で兵士ごっこ」
「ばーか。」
まったくもって、その通り。
水が滴る音がしたあと、冷たいタオルが肌を撫でる。
生ぬるいタオルではないほうが、やはり気持ちがいい。
「なまえは昔からドジしてんのか?」
頷くと、いつも聞くユミルの笑い声がした。
きっとウヒヒと笑って、にんまりとしているはず。
そうに違いないと思っていると、背中を軽く叩かれた。
怪我に響かない程度の、気持ちの分け前だ。
振り向くと、気前のいい笑顔があった。
「次からは怪我するなよ。」
最後に首を拭いてくれて、終了となった。
もたもたと服を着る私を見越していたかのように、着せてくれる。
丸見えだった胸が服で隠れて、ようやく落ち着いた。
枕に頭を落として、横になる。
拭いてもらったおかげで、肌が随分とさらさらしていた。
タオルを水に浸して軽く洗うユミルのほうを向く。
「ユミル」
「あ?」
「ありがとう」
お礼を言うと、頭をぽんぽんされたあと、にんまりと笑われた。
企みもなさそうな、ユミルの笑顔。
「気にすんなって。よくなったら、なまえが私の背中を流してくれよ。」
気前のいいいつもの冗談は、とても有難かった。
2015.06.16
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