あるべき時間、平和であれ
晨さんリクエスト
・幼女ヒロインから大嫌いと言われてこの世の終わりみたくショック受ける団長戸棚を開けて、二番目の棚にある瓶の隣。
白い箱の中にある紅茶を出せば、エルヴィンは淹れてくれる。
今日も夕方になる前に、お茶を飲んで暇を見つけたエルヴィンと遊ぶはずだった。
「なまえ、それはなまえの分じゃない。」
紅茶を持った私に、エルヴィンはそう言った。
「え」
エルヴィンと私の、二人分の紅茶。
いつもこれを持っていくと、一緒に飲もうねと言われる。
なのに、だ。
「これから、リヴァイ達が来る、それはリヴァイの紅茶だ。」
それを寄越せと紅茶に手を伸ばされて、エルヴィンから逃げた。
返しなさいと近寄るエルヴィンに、疑問が残る。
これはいつも私と飲んでいる紅茶なのに、どうしてあげてしまうのか。
頭をぶんぶん振って紅茶を握り締めたけど、じゃあ仕方ないとは言ってくれなかった。
「えええ、なんで」
怖い顔をしたエルヴィンは、許してくれない。
私の目線までしゃがんで、手を差し伸べた。
お手を取ってというわけじゃなく、それを寄越せという意味だ。
「客人の分だ、夕方になるまで我慢しなさい。」
突然現れる客人に、楽しみを奪われる。
リヴァイという人は何度か会ったけど、笑わないし、どうにも好きになれない。
なぜ、あんな人を優先するのか、わからなかった。
「やーだあ、私の!」
何度も、頭をぶんぶん振って嫌だと伝える。
手が葉っぱでべとべとにならないような力で、紅茶を握り締めた。
エルヴィンは、まだ寄越せと威圧をかけてくる。
「昨日食べなかった菓子があるだろう、それを食べろ。」
お菓子だけ食べて、紅茶は無し。
そんなのは、認めたくない。
「紅茶も飲みたい」
「わがままを言うな。」
エルヴィンが、珍しく怒りそうな顔をする。
怒られるのは怖い。
でも、エルヴィンと一緒に紅茶を飲めないのは、もっと嫌。
「違うもん、これは私のだもん」
いやいやをすると、エルヴィンの声は急に怖くなった。
「買ったのは私だ。」
「一緒に飲みたい」
まったくもって言う事を聞かない私に対して、エルヴィンは溜息をついた。
「後にしなさい。」
エルヴィンが、怖い顔をして私の手を掴む。
大きな手に掴まれて、紅茶が落ちてしまいそうになり、腕をひっこめる。
それでも、エルヴィンの手は私の手にある紅茶を取ろうとした。
いやだと手を振り払ったら、エルヴィンの手の甲にぶつかって紅茶が手から滑り落ちる。
我に返った時には、もう遅い。
私とエルヴィンが飲むはずだった紅茶は、床に落ちてしまった。
床に取り残されたように落ちた紅茶を見て、涙が溢れる。
ごめんと言わないエルヴィンにも、悲しくなった。
「もーいやー!なんでー!エルヴィン大嫌い!やだ!」
書斎のソファのクッションの間に挟まっていると、ゆっくりと扉の開く音がした。
静かな開け方なので、絶対にエルヴィンではない。
「なまえ、入るわよ。」
聴いたことのある女の人の声、顔はすぐに浮かぶ、ペトラだ。
何回かしか会ったことがないけど、覚えている。
他の人と違って可愛い女の子だし、私に快く話しかけてくれた。
クッションの間からはみ出る私に声をかけて、しゃがみこむ。
振り向く気も、出る気もなくて、せっかく来たペトラを無視した。
どうして、ここにいるんだろう。
「あのね、今日はリヴァイ兵長についてきたの、他の団員も外にいるんだけど、ねえ、なまえ。」
答えを思いつく前に、ペトラが答えを言った。
他の人も来ているのに、なんでここにいるんだろう。
もしかして、面倒くさいけど探してくれとエルヴィンが頼んだのだろうか。
きっと、連れて行かれたら、すごく怒られる。
怖いのでクッションから出ないと決めたら、ペトラは私に聞いてきた。
「団長と話に来た兵長が、団長が落ち込んで話にならないってすごく怒ってるの。
そうしたら、団長がなまえがどうのこうのって言ってたっていうから、喧嘩でもした?エルヴィン団長に、何か言ったの?」
ペトラは、怒っていなさそう。
せっかく来た客人とは、話していなさそう。
「紅茶、飲まれちゃった」
クッションの隙間からそう言うと、ペトラが覗き込んでくれた。
まんまるな目と目が合って、顔を逸らす。
「ふたつあったけど、私の分はリヴァイにあげるんだって、私よりも兵長のほうが好きなんだ」
「そんなことない、団長はなまえのことを考えてくれる人よ。」
「紅茶、エルヴィンのせいで落っことしちゃったし」
「そうなの?」
「だからエルヴィン大嫌いって言ったもん」
「そっか、でも、なまえに嫌われたら団長は悲しいんじゃないかな。」
「前いたところも時々ご飯くれないもん、エルヴィンきーらーいー」
出来れば、人に言いたくない。
最初からエルヴィンと暮らしていたわけではないし、前いたところは上手く食べられなかった。
私のような子が沢山いて、あんまり楽しくない。
パンだって、取り合いだ。
そういうところにいた子は意地悪だったり、わがままだったり、大人からすると厄介らしくて、良くは思われない。
そのへんのことは、ペトラも、皆なんとなく気づいているだろう。
私も、皆も、ある日突然そこにいる人。
そういう見方でいい、困ったり不安になったり嫌にならないうちに頼れと、エルヴィンにも言われた。
だから、お昼を過ぎたら紅茶とお菓子を食べようと言ってくれる。
それなのに。
いじけていると、クッションの上から撫でられた。
「紅茶はリヴァイ兵長が好むものだし、団長のことだもの、仕事が終わったらきっとなまえに褒美をくれるわ。」
「やだ、戻りたくない」
ほら、やっぱり私は意地悪でわがままだ。
このまま、嫌われちゃう。
でも、ペトラは怒らなかった。
「落としちゃったのなら悪かったって思ってるかも、二人で新しい紅茶を買って、また楽しくやりましょう。
好きなものをねだってみましょうよ、団長は謝りたいと思ってるはず、家族や仲間と喧嘩して悩まない人なんていないから、ね?」
そう言って、ペトラは私の肩をぽんぽんした。
ぽんぽん、から、ばんばんに変わらないので、怒られる気配はなさそう。
クッションの間から顔を出すと、ペトラはにっこり笑った。
「わかった」
私がそう言って、のそのそと出てくると、手を引かれて部屋に戻る道を歩みだした。
「てめえ!いい加減にしろ!」
リヴァイ兵長の大きな声が聞こえて、私より先にペトラがびっくりした。
机を蹴るような音がして、なんだか嫌な声がする。
ペトラが、ふたつある扉のうちひとつを覗いたので、私も覗く。
机に突っ伏して動かないエルヴィンに、リヴァイ兵長が怒っていた。
紅茶がねえぞと怒ってるのかと思ってよく見たけど、紅茶は置かれてない。
このまま戻れば、私はエルヴィンじゃなくリヴァイ兵長に怒られそうだ。
無反応のエルヴィンに、リヴァイ兵長が怒る。
「会話が成り立たねえ、エルヴィン、お前が会議の先頭を俺にするって言い出したんだろ?用件すら話し終えてねえぞ。」
「明日でいい、明日。」
「明日は訓練、明後日も、明々後日もだ。」
「思いつかない。」
「何がだ。」
「なあ、リヴァイ、紅茶に合う菓子はなんだ?」
「知るか!」
エルヴィンのいる部分の下を目掛けて、リヴァイ兵長が蹴る。
机が大きく揺れたけど、それにも反応しない。
今度はよくわからない言い回しで怒ってたけど、それにも反応がない。
あんなに怒られても、エルヴィンは黙ったまま。
エルヴィンは机の上に頭を降ろしたまま、動かなかった。
勢いよく怒っていたリヴァイ兵長も、紙束を投げつけたあと、呆れて部屋を出て行く。
誰もいない部屋で、エルヴィンが何か呻く。
ものすごく苦しそうな声で机に向かって沈んでいる。
机の周りに散らばった紙を拾おうともしないエルヴィンを見たペトラが、苦しそうに呟いた。
「すごいわね・・・。」
覗くペトラは、苦い物でも食べたような顔をしている。
また部屋の扉が開いて、リヴァイ兵長がジャケットとマントと見慣れたコートををエルヴィンに投げつけた。
あれはエルヴィンのものだ。
頭の上からコートを投げられても、エルヴィンは動かない。
「さっさとそれを着て買いに行けばいいだろ、話はそれからだ。」
「私はもういいんだ。」
「よくねえ、早く動け。」
「どれでもいいから教えろ。」
リヴァイ兵長が、会話が通じねえと呟いたあと、エルヴィンにベルトを投げた。
あれもたぶんエルヴィンのもの。
エルヴィンの上にエルヴィンのものが溢れてる状態になったあと、リヴァイ兵長は怒るのをやめた。
「早く行け。」
一週間出てなくて流れないクソかテメーは、と言い捨てて、今度こそリヴァイ兵長は部屋から出て行った。
扉が開いた音のあと、があんとぶつかる音がして扉が閉まる。
あとで壁に穴が空いていないか確認しないといけない。
エルヴィンはクソではないけど、覗き見るエルヴィンの反応の無さが本当に駄目な感じがする。
ぽかんとする私に気づいて、ペトラは私の目線までしゃがんで諭した。
「ちゃんと謝れる?」
「うん」
ペトラはまたにっこり笑って、よしよししてくれた。
「次来る時はなまえにお土産を持ってくるね、だから家族をあんまり悲しませちゃ駄目だよ。」
笑顔に安心して、おそるおそる近寄った扉に手をかける。
ちらりとペトラを見ると、にっこり笑ったあとに外に向かう道に歩き出した。
リヴァイ兵長のあとを追うのだろう。
扉をゆっくり開けて、エルヴィンを見る。
相変わらず机に突っ伏して、頭からコートまみれになっていた。
「エルヴィン」
私が呼びかけると、頭にあるコートを取ってこちらを見た。
驚いた顔をしている。
「なまえ、どこに行ってたんだ。」
すぐに私に駆け寄ってきたエルヴィンを見て、目がじんわりと熱くなる。
もし、怒られたらどうしよう。
エルヴィンの大きな手が、私の肩をしっかり掴む。
見上げたエルヴィンが、怖い顔をしてたらどうしよう、もうなまえにはなにもないと言われたらどうしよう。
いや、それよりも、わがままを言って紅茶を渡さなかったから、床に落としてしまった。
それは私が悪い。
だから、なんにせよ謝ることが先だ。
「ごめんなさい」
そう言って、目を瞑った。
ぶたれるかも、怒られるかも、突き飛ばされてしまうかも。
どれも飛んでこなくて、目を開ける。
エルヴィンは怖い顔はしていなくて、太い眉毛の間に皺を寄せているだけだった。
「私が悪かった、許してくれ。」
「うん」
「勿体ないことをしたな、せっかくなまえが私となまえの分を持ってきてくれたのに。」
「いいよ、新しいの買いにいこう」
ペトラが言っていたように、新しいものをお願いしてみる。
「ああ、なまえの好きなものを買おう。」
ごめんな、と頭を撫でてくれたあと、おでこをおでこにコツンとされた。
ちゃんと謝ったら、仲直りできた。
大きなおでこと私のおでこがコツンとしたのは、ごめんなさいの挨拶かもしれない。
心配そうにするエルヴィンの眉毛を触ったら、笑われた。
「ごめんねエルヴィン、だいすき」
エルヴィンは、私もだよと言って背中をぽんぽんしてくれた。
2015.06.07
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