飲み込んでいく優しさ







よねやん先輩が、陽太郎くんを連れて暇そうにしていたのを、奥寺と私が見つけて声をかけたのが始まり。
陽太郎くんがいつも乗っている動物はいないし、ここに陽太郎くんがいるということは、近くに玉狛の誰かがいる。
三雲くんが、玉狛の誰かと来ているのかもしれない。
そう思っていたけれど、よねやん先輩は完全オフ日なんだよねと言って、笑いながら陽太郎くんを肩に乗せた。
四人でうろうろして、東さんに会う。
挨拶していると、荒船くんも現れる。
東さんが冬島さんに呼ばれて一旦いなくなると、暇を持て余した雑談が始まった。
陽太郎くんが、よねやん先輩の頭をぺしぺし叩いて遊ぶ。
暇そうにしている陽太郎くんに、ポケットに入っていた飴をあげると、喜んでくれた。
飴を見た荒船くんが、いつも行くお好み焼き屋の近くに量り売りのお菓子の店が出来たと、ぽろりと話題にした。
その近くに、美味しいラーメン屋もあると奥寺。
奥寺のラーメントークを聞いたよねやん先輩が、そのラーメン屋の近くの焼肉屋にあるメロンソーダが美味しかったと言えば、空腹のスパイスになりそうな話になった。
昼時に聞いたら誰もが尻尾を振りそうな話を繰り広げているうちに、東さんが戻ってくる。
よだれを垂らしかけた奥寺を見て、察した東さんが話題を伺う。
でも、相手は年上。
お腹が空くような話題で盛り上がってましたとは言えない。
ここで、お子様の出番。
陽太郎くんが目を光らせ、東さんに「量り売りのお菓子屋に、どら焼きはあるのか!あずま!」と聞く。
流れるままに、東さんが行きつけている居酒屋に、東さん、荒船くん、奥寺、よねやん先輩、陽太郎くん、私というメンバーで行くことになった。
小さい子がいるのを見ると、店員さんはすぐに大きめの座席シートへ通してくれた。
居酒屋のシートに座って、大人しく料理が運ばれてくるのを待つ。
謎メンじゃねーかと笑ったよねやん先輩を、馬鹿にはできなかった。
「このメンツって初じゃね?うわー、俺ここのメンツに狙撃されるって。」
荒船くんが、よねやん先輩の肩を小突く。
「奥寺、吹き飛ばせ、なまえ、頭を撃て、俺は脚を狙う。」
粉砕を要請された奥寺くんが、苦笑いをする。
東さんが使ったおしぼりを持って、冗談で狙撃の構えをした。
狙われたよねやん先輩は、逃げ場所が無い。
酒もないのに、空気だけがそれの空気になっていく。
「陽介、気を抜くでないぞ、おまえはねらわれている。」
よねやん先輩のメロンソーダの上に乗っているバニラアイスを、陽太郎くんが狙う。
陽太郎くんが頼んだお子様ランチは、ドリンクよりも時間が掛かる。
お腹が空いているだろうと思い、私が頼んだパフェの苺をスプーンですくって、陽太郎くんに向けた。
「陽太郎くん、はい、あーん」
「!」
「はい、あげる」
「なまえ、みなおしたぞ。」
苺を見て目を輝かせた陽太郎くんの口元まで、苺を持っていく。
小さな口が苺に食らい尽いたのを見て微笑むと、よねやん先輩まで口を開けた。
パフェの苺は、あとひとつ。
さすがに、最後の一つをあげるわけにはいかない。
僅かな睨みあいが続く前に、荒船くんが動いた。
「米屋、ほら。」
荒船くんが、お通しの漬物についていた山葵をよねやん先輩の口にねじ込む。
苦しそうな叫びをあげてシートに突っ伏したよねやん先輩を見て、陽太郎くんが笑う。
顔を覆うよねやん先輩を尻目に、荒船くんはメロンソーダのバニラアイスを一口食べて、元の位置に戻った。
笑いを堪える奥寺を見て、陽太郎くんは呻くよねやん先輩に語りかける。
「陽介!ここはせんそうだ!気を抜けばおまえのメロンソーダはなくなる!」
表面がへこんだバニラアイスを見て、悟る。
顔を真っ赤にしたよねやん先輩が、面白いことこの上ない。
「ありがとうよ、クソガキ様。」
呻くよねやん先輩をそのままにして、パフェを食べた。
「あんまり暴れるなよ。」
余裕で対応する東さんに、ときめかざるを得ない。
「ここ、子供用のメニューもあるんですね」
「あるよ、居酒屋でも未成年がくること想定してるところもある。」
「東さんと何度か、ここに来ているよ。」
奥寺が羨ましいことこの上ないことを言ったが、パフェを口に入れて飲み込む。
運ばれてきたビールを飲む東さんの顔色を伺ったけど、赤くならない。
きっと、お酒に強いのだろう。
お通しの漬物を食べる荒船くんに、東さんが冗談を言う。
「お前、酒強そうだよな。」
「未成年です。」
「なんとなく思っただけさ、成人したら、皆でここに酒を飲みに来よう。」
かっこいいことを言って、ビールをぐいっと飲む東さん。
大人で、私達子供の扱いもわかってて、失敗するところを見せない。
こういうところが好きで、東さんにくっつこうとしていた。
その度に奥寺や小荒井にブチ当たり、歯がゆい気持ちを飲み込む。
どうやっても、体面の良い子でしかいれない自分に思うことは色々ある。
それでも、目の前でビールを飲む東さんをじっくり観察しても怪しまれないのは、日頃の行いが項を為しているのだろう。
ゆっくりパフェを食べて東さんを観察しているうちに、料理が運ばれてきた。
ラーメン、冷奴、お子様ランチ、刺身の盛り合わせがテーブルに並ぶ。
奥寺は冷奴と刺身に目もくれずラーメンを貪る。
パフェの甘い味と、隣の奥寺から漂うラーメンの匂いが混ざって、空腹を再び呼んだ。
においに負けず、東さんでも観察しようと見ると、何故か目が合う。
ずっと見ていることが、ばれたか。
なまえ、俺のこと見つめるなよ、照れるだろ、とは言わない。
どきっとしたあと、東さんが何気ない発言を落とした。
「こうして見てると、奥寺となまえって仲の良いクラスメイトに見える。」
パフェの味が、味覚から引く。
「そうですか?」
「うん、見える。学校帰りにいそうな感じがする、奥寺は部活帰り、なまえは委員会帰りみたい。」
遠まわしに襲う恥ずかしさと、ラーメンを食べる奥寺を交互に確認する。
これまで東さんに近づいていたことが、裏目に出たのでは。
「なまえは買い食いしなさそうだけどな。」
荒船くんが、もっともなことを言う。
冷奴を箸で綺麗に食べる手つきを見たあと、東さんに体面良く微笑んだ。
わさびの味と戦いながらメロンソーダを食べるよねやん先輩が面白くて、東さんが笑う。
「陽介、おまえだらしないぞ!」
「わさびも食べれないのに、よく言うぜ。」
呻き続ける涙目のよねやん先輩を、荒船くんが東さんと同じようにおしぼり狙撃をする。
食べて、笑って、話し込んで、そのうち料理も減って時間も過ぎていく。
お店に人が多くなってきた頃に、ふと目をやると、陽太郎くんが寝ていた。
お子様ランチでお腹がいっぱいになったのだろう。
話が盛り上がっているうちに、満腹感に抗えず寝てしまうなんてことは、子供によくある。
寝ていることを東さんに目で伝えると、東さんは陽太郎くんに自分の上着をかけた。
やること全てが、かっこいい。
寝てしまったことをよねやん先輩に伝えようとすると、よねやん先輩は携帯を確認していた。
携帯をいじったあと、神妙な面持ちで携帯を耳に当てる。
喋らないところを見る限り、留守電が入っていたようだ。
携帯から漏れる声が、ざわついている。
大事というわけではなさそうだけど、よねやん先輩の顔はどんどん顰めていく。
留守電を聞いたあと、申し訳なさそうな顔をする。
「イトコの眼鏡様が睡眠不足で倒れたみたいなんで、俺抜けますわ。」
よねやん先輩は携帯を耳に当てたまま、やっちまったなあと言いそうな顔をした。
クソガキ様もう帰るぞ、と言いたかったのだろう、寝ている陽太郎くんを見て、口を閉じる。
東さんは唇に指をあてて、静かにするようにと目配せして、よねやん先輩が差し出したメロンソーダとお子様ランチ分のお金をそっと受け取る。
よねやん先輩は陽太郎くんの体にかかっていた東さんの上着を渡して、小さな陽太郎くんを抱きかかえた。
起こさないように陽太郎君を抱えて、そろりそろりと出て行く。
幸いなことに、陽太郎くんはぐっすりと寝ていた。
今頃、夢の中だ。
「ぐっすりいってましたね。」
水を飲む荒船くんが、優しい口調になる。
雰囲気がきつそうな彼でも、寝ている子供には優しいようだ。
「腹が膨れると、眠くなるもんだよ。」
東さんがお湯割りを飲んで、時間を見た。
「時間いいのか。」
私達にそう言って、帰りを急かす。
大人にとってはなんでもない時間でも、どこかしらに監視の目がある学生は義務的な門限を気にしないといけない。
特に荒船くんは進学校に通っているから、時間には厳しかった。
20時前、学生はそろそろ帰らないと、大人同伴でもまずい。
大きな通りに出たあと、荒船くんと奥寺は同じ方向で分かれた。
「じゃあ、ここで。」
「東さん、ありがとうございました!」
頭を下げ、手を振り去っていく二人を見届けたあと、荒船くんと奥寺の背中に手を振って、東さんと向き合う。
東さんは、私もあの二人の後をついていくと思ったのだろう。
見届けると、すぐに歩き出してしまった。
歩く東さんの後ろをついていくと、私に気づいてくれた。
「ん、なまえこっちなのか。」
「はい」
「帰る方向一緒だな、俺もこっちだ。」
早く行こう、と駅のほうを指差す東さんの上着の裾を掴む。
通りに人はいても、状況的には二人になれた。
嬉しくて、思わずひっつく。
「あの、東さん、今日はどうも、ありがとうございました」
「うん、俺も楽しかったよ、ありがとう。」
私のことを、後輩としか思っていなさそうな顔。
安心するけど、なんだかひっかかる。
私は、とても好きなのに。
「東さん」
「何?」
「今度、また行きたいです」
勇気を持ってそう言っても、後輩の申し出にしか聴こえていないのだろう。
「いいよ、行こうか。」
当たり障りの無い、普通の回答。
でも、それじゃあだめなのだ。
「あと、帰りとかも一緒に帰りたいです。」
帰りと聞くと、東さんは難しそうな顔をした。
嫌そうな顔をされないだけいい。
何を言っているんだ、と言われてしまえば、体面の良い子はここで崩壊してしまう。
下心を抑えて、お願いした。
「院が夜まであるから、なまえの下校時間と合う帰りは難しいかもしれない。」
そうですか、と反射的になろうとして、踏みとどまる。
ここでいつものように終わってしまえば、居酒屋に行く時も、どこかに連れて行ってくれるときも、間違いなく皆で行くことになる。
今日のように、まとまって皆で行くことになるかもしれない。
共通点のないメンバーで集まることも、またあるかもしれなくて、嫌ではなくても思い切って言わないと、また同じように東さんを観察するだけになる。
それに留まるのは、納得がいかなかった。
「じゃあ、あの、今度二人で出かけませんか」
胸が高鳴って、顔の穴という穴が熱くなる。
どうしようもなく、緊張した。
あとから襲い掛かる強張りを、東さんは綺麗に解いてくれた。
「ありがとう、嬉しいよ、なまえはどこに行きたい?」
あっさりと了承してくれた東さんの笑顔に、次は安心が襲い掛かる。
「え、えと、遊園地とか、海とか」
本当はどこでもいい。
東さんが好きなところでも、図書館でも映画館でもスポーツ観戦でも、なんでもいい。
どこでもいいです、なんて人の良さそうなことを言いたかった。
でも、遊園地なら子供みたく遊んでもいい。
海なら、大人っぽい水着を着て遊びまわって海に飛び込んでもいい。
「いいね、行こう。」
夜の人通りが増えた道の片隅にいる、私と東さん。
囁くような、それでいて低く通る声。
さっき食べたパフェが、胃のどこへ消えたかわからず、優しい東さんの笑顔と一言に一秒の長さを飲み込んでいくのだった。







2015.05.06





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