玩具に非ずの続き




ノックをして、返事に似た呻きを聞いて、にんまりと笑う。
袋の中の冷たいお茶は、役に立ちそうな気がした。
呻きというか鳴き声というか、とにかくそんな声がしたときの冬島さんほど弄り甲斐のある人はいないのだ。
扉を開けて、今にも煙草を手に寝ていそうな冬島さんに声をかける。
「隊長!当真隊員が近所の猫を攻略しました!」
椅子にもたれかかっていた冬島さんが、顔だけこちらに向けて天を仰ぐ。
床にある袋が大きくなっている。
二日間くらい、考えっぱなしだったのだろう。
目元には疲れが浮かんでいて、なんとなく髪もぼざぼざしていた。
真面目にトラップを作るとなると、冬島さんは無言で延々作り始める。
飲みかけのエナジードリンクは、ぬるくなっていそうだ。
「意味がわかんねえ上に、ここは関係者以外立ち入り禁止。」
呻いたまま喋る疲れきった冬島さんを見て、元の位置に戻り、扉からこっそり伺うように顔を出す。
悪戯をした子供が、母親を見るような立ち位置。
萎んでしまいそうな冬島さんに、微笑みかける。
「隊長!新しいトラップは?」
「まだ。」
冬島さんは呻くのを終えて、机にある飲みかけのエナジードリンクに手を伸ばした。
一口飲んで、蓋もせず置く。
あのままにしてたら、ドリンクを零して机が糖分まみれのガビガビになる日も近いだろう。
そうなったら、手伝ってやるんだ。
お節介なふりをして、ただ構ってほしいだけの私は、今日も生意気に振り舞う。
冬島さんの近くにある椅子に座って、床のゴミを上手く退かす。
「出来たんでしょ、開発の人が忙しそうにしてたよ」
袋から冷たいお茶を出して、冬島さんに渡す。
大きな手は私の指に少しだけ触れて、お茶を受け取った。
「どこでそういう情報を仕入れてくるんだ。」
私を見て、いつも通りにやにやする。
冷たいお茶は封を切られ、中身は疲れた冬島さんの喉を通り、胃に落ちていく。
「女の勘みたいな?」
「わー、なまえはすげえすげえ。」
子供じみた冗談を、冬島さんは気にもせず流す。
聞き飽きたようなものなのだろう、私が何をやっても、きっとどうでもいい。
冬島さんは、何度もお茶を飲んだ。
冷たいものを、一気に流し込んでは、口を離す。
私のような女の唇とは違う色の薄い唇が水分で濡れていく。
「めっちゃありがてえわ、これ、飲み物はお茶だな、やっぱ。」
「そうよ、私の差し入れ」
「同じカフェイン入りでも、どうせなら飲んで口の中がすっきりするほうがいいな。」
ありがとよー、と言った冬島さんが、背後にあった別のパソコンと、スピーカーのような機器に電源を入れる。
スピーカーの横には、袋と開封してないレゴがあった。
冬島さんがレゴを開封しないなんて、詰め込んだ程の忙しさなのだろう。
「実際あと一個追い込みあるから、これ飲んでいっちょ頑張る。」
「まだやるの?」
「出来た順に渡してるけど、まだある。」
「大変だねえ」
「言うほどでもねえよ。」
お茶を空にした冬島さんは、軽くなったボトルを机に置いて、疲れた目を押さえてから背中を伸ばした。
横から思い切り蹴りを入れたくなるような背中を伸ばし、目を細める。
次に来るときには、目薬も持ってこよう。
背中を伸ばし終わった冬島さんは、レゴの横にあった袋を手にした。
袋ごと私に向けて、疲れ目を僅かにこちらにやる。
「これ食う?」
疲れ目の冬島さんを疑う気にはなれず、袋を受け取る。
中に入っていたのは、そこそこいいブランドのチョコレートの箱だった。
箱を取り出し、冬島さんを伺う。
にやついた目のまま、私を見ている。
開けたら何か飛び出てくるんじゃないかという覚悟のもと、箱を開ける。
包装を解くと、いい匂いと共に六つのチョコレートがお目見えした。
一個だけ手に取ると、冬島さんが注意する。
「噛むなよ。」
「チョコって噛むもんじゃないの」
食べ方の注意を殆ど無視して、チョコレートを口に放りなげる。
甘い味が広がって、美味しい。
チョコレートは食べたらすぐ噛んで、口の中で溶かす食べ方をしていた。
そのことを指摘されて、なんだか不思議だった。
「なまえ、飴とかチョコとか齧る食い方してたら、虫歯になるぞ。」
エナジードリンクを飲んでる冬島さんには、言われたくなかった。
そこはぐっと堪えて、チョコレートと一緒に飲み込む。
「歯は健康ですー」
食べ終わってから、喋る。
もう一個を口に入れると、冬島さんは真顔でこちらを見た。
目は、あまりにやついていない。
私をからかう時は、もっと笑い出しそうな目をしているはずなのに、なんだか変だ。
「ほーら、舐めるんだ、丁寧に、丁寧に、甘いもんが溶けてくだろ?」
耳の奥に、ぬっとりと染み付くような喋り方。
馬鹿にされてるのか、からかわれているのか、わからない。
口にチョコレートがある手前、怒るわけにもいかず、甘さと一緒に、また冬島さんのことを飲み込む。
「そうすると、なまえの口の中で、ほら。」
冬島さんが、注意深く迷路でも弄るような声で、そう呟く。
試しに舌でチョコレートを転がしてみても、甘い味が口の中に広がっていくだけで、何も起きない。
もしかして、どれかひとつにだけタバスコ入りのチョコレートがあって、それを引き当てるのを待っているのだろうか。
冬島さんなら、有り得る。
第一同じことを歓迎会で当真くんにやって、男子の笑いを取っていた冬島さんなら有り得ることだ。
口の中に異変は起きず、甘い味は喉を過ぎていった。
味も、おかしくない。
最後まで堪能したあとの変化はなかった。
「なんか出てくるかと思ったけど、なにも」
「どんだけ間違って食ったこと引きずってんだ。」
以前のことをさり気無く掘り返され、顔が赤くなると同時に頭の後ろがひんやりとした。
あの恥ずかしさは、もう御免だ。
もうひとつを手にとると、すぐに気づいた。
「ん」
見た目は他のチョコレートと何ら変わらない。
変わらないはずなのだ、一見してチョコレートに見えるそれに、僅かな線が入っている。
不良な出来栄えのお菓子かと思ったが、この形状を、どこかで見たことがあった。
例えば、子供用の食玩。
中にはカプセルが入っていて、チョコレートを食べて中のカプセルを開けると、玩具にありつける。
だったら、これを食べればいいのか、でも違う。
甘い匂いもしない、表面も指触りも違う、見れば食べ物ではないと分かる。
チョコレートではなく、限りなくチョコレートに似た小さな箱。
「ねえ、これチョコじゃないよ」
「そうか?開けてみろ。」
爪に線を引っ掛け、開ける。
白い布の埋まりに、銀色とも白色とも思える輝きをした飾りのない細いリングが、ちょこんと居座っていた。
ぽかんとして、ネタばらしの笑い声も聞こえないことを数秒かけて確認してから、冬島さんにリングの入った箱を見せる。
「いや、ねえ、なにこれ、当たり?」
にやついた目をした、いつもの冬島さんが目の前にいた。
「そう、当たり。」
私は、もう一度箱を確認した。
そこそこいいブランドの、私でも名前は知っているようなところのお菓子の箱。
きちんと包装もされていたのに、なんでリングが入っているのだろう。
一度買ってきて開けたものにしては、きちんとしていた。
もしかして手先が器用で、冬島さんは包装もやってしまうのだろうか。
それなら、こんな小細工はと思っても、彼はトラップ作りを専門としているのだった。
こういうことも、お手の物だろう。
恐る恐る、リングを右手の人差し指につける。
サイズも合っているし、きつくないし、デザインも悪くない。
「なまえって見るたびにネックレスとかリングしてるじゃん、使うと思って。」
「うん、使う」
「学校にしていってもいいけど、没収されるんじゃねえぞ。」
「そんなヘマしない」
「おうおう、分かってるけど、センセーってのは理不尽だからな。」
何も言えずに、リングを見つめた。
冬島さん、つまり大人の人からのプレゼント。
貰ってしまったこの経緯が恥ずかしすぎて、学校にはしていけないだろう。
友達に、年上の人から貰ったの、なんて自慢できない。
どうせなら、これは仕舞っておきたかった。
本当に好きな人からのプレゼントだから、友達に見せびらかすなんてことはできるわけもない。
リングを貰って、いつものように強がって、へんなの!おっさん!と言うこともできた。
いつものように、冬島さんの肩をべしべし叩いて、笑う冬島さんを追いかけることもできた。
でも、なんだか嬉しくて、強がる気にもなれない。
私が何をやっても、見透かされている。
挙動なんて、どうでもいいのだ。
こうして押されてしまうと、私は何も言えない。
大人から見た子供なんて、タカが知れていて、なんでもわかってしまうのだろう。
「うれしい」
嬉しくて、いつもの強がりを忘れてしまうと、冬島さんに額を突かれた。
反射的に目を閉じてから、指を避けて冬島さんを見る。
眼差しだけが真剣な冬島さんが私を見てから、何もなかったように笑う。
「そういう顔は、彼氏にとっとくもんだぞ、常識だろ。」
リング越しに見た冬島さんの顔は、にやにやしていたけど、影がない。
私が一番好きな笑顔の冬島さんが、目の前にいた。
今の私がどんな顔をしているかは冬島さんしか分からないけれど、そんなことはどうでもいい。
もうとっくに、強がりはバレていた。








2015.04.09




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