特権行使





「具財は一通り買ったね」
籠の中に手を入れて、何かを探している。
藍ちゃん何を探してるの、と聞く前に私に質問が飛んできた。
「なまえ、林檎はどうしたの、林檎。」
「籠の底にない?」
籠の底のほうにまで手を入れて探った藍ちゃんが、見事に林檎を掴んで取り出した。
表面に傷や痛みがないことを確認して、籠に仕舞う。
「あったわ。」
籠の底にあった林檎を掴んで、具財が全部揃ったことを確認した。
メモ書きの紙をコートに仕舞って、籠を持ち直す。
「あとは、ああ、アルミホイル買っておきましょう。」
売り場を眺めたあと、目に付いたカラフルなアルミホイルに手を伸ばし、籠にいくつかのアルミホイルが入る。
小さいケーキを作るのに、もってこいな大きさ。
どのケーキを作るのかすら、まだ決めていない。
作っているうちに決めるのか、キッチンに立ったときに何が食べたいのか言われるのか。
どれでもいい、藍ちゃんの言う事なら、なんでもよかった。
真剣な眼差しでアルミホイルを選ぶ藍ちゃんを見つめて、私も目に付いたものを手に取る。
「フライパンは?」
適当なフライパンを片手に問いかけると、また始まったと言わんばかりの視線を投げかけてきた。
「それ、ケーキ作るのに必要?」
「え、使わない?」
「使わない。」
「チョコチップ入りのケーキを温めなおすときとかに、フライパン使わない?」
レンジを使わずに、熱くなりすぎずに温めなおせる。
フライパンを片手に伺うと、黙ってアルミホイルだけを押し付けられた。
溶けやすいものが混ざったケーキを温めなおすときなら、頃合を見てケーキを皿に取れる。
それをしているのは私の家庭のみのようだ。
フライパンを置くように指示され、渋々元に戻す。
バレンタインデーに皆で持ち寄ったお菓子を食べあう食欲に正直な会合をしているときに、ケーキを持ってきたのがきっかけだった。
色とりどりのケーキを配り、他の子の手作りチョコを食べて、受け取ったお菓子の数はそこらへんの男子よりも多い。
食欲を充実させた一日を満喫し両手にお菓子の袋を抱えていた帰りに、藍ちゃんにケーキのことを聞かれた。
上手なトリュフを何個も作っていた藍ちゃんは、私の監視下でケーキを作る練習をしないかと提案した。
藍ちゃんの家で、藍ちゃんを監視しつつ、ケーキの作り方に指示を出す。
要するに、ケーキの作り方を教えろということだ。
なんでも上手に仕上げる藍ちゃんのことだから、ケーキの作り方くらいわかっているはず。
でも、藍ちゃんは辛いものを率先して食べているところは見たけれど、甘いものを率先して食べるところは見たことがない。
ケーキは作れるけど、ケーキの細かいことは分からない、手先に困らない程度のことを教えろということなのだ。
あくまでも、私の監視下が欲しいと言っていた。
良い意味で素直じゃないお嬢様な藍ちゃんは、素直に言うことはない。
「藍ちゃんのケーキ食べれるとか、私って幸せものー」
ケーキを作る藍ちゃんを想像して幸せ満点に笑うと、藍ちゃんが私のつむじを指で押した。
調子に乗るな、ということらしい。
「誰がなまえに味見させるって言ったのかしら。」
「えっ」
「ケーキの作り方を教えてもらったお礼に、味見させてあげないこともないわ。」
「やったあ、うれしい」
つむじを押されたまま、籠を持ちレジへと歩く。
あとで下痢になる予感がしながらも、きりっとした藍ちゃんの横顔を見つめる。
お嬢様学校に通うだけあって、とても可愛い。
その可愛い顔が、一瞬で強張る。
不思議に思いながらもレジを見ると、レジの人の顔に見覚えがあった。
「あ」
「あ。」
お互い見覚えがあったようで、ほぼ同時に目を合わせる。
私達と同じ歳くらいの黒髪の優男。
名札には確かに、烏丸、と書いた札がついていた。
烏丸先輩がバイトをしているという話は藍ちゃんから聞いたことがあった。
口裏を合わせて、知らないふりをしてバイト先に行こうと誘われたことはないし、どこでバイトしているかも知らない。
偶然の中の偶然に驚きながらも、レジの横に籠を置く。
「木虎となまえのコンビを、こんなとこで見かけるとは。」
烏丸先輩も偶然に驚いているようだ。
相変わらず、髪の毛はもさもさしている。
「バイト先、ここだったんですか?」
「うん、いま緊急シフト。」
「じゃあいつもは夜のシフトですか」
「そう、ここは短期で入ってるから。」
慣れすぎた手つきで商品をレジに通す烏丸先輩と、籠から籠へと移されていく商品。
増えていく金額をよそに、藍ちゃんは何も言えず顔を赤くして固まっている。
横目で藍ちゃんを見ると、突然の出来事に動けなくなっていた。
それに、顔も赤い。
こんにちはも言えないくらい、恥ずかしいのだろう。
憧れの先輩の手前、藍ちゃんに恥をかかせるわけにはいかない。
「私この近くなんですよ、偶然ですね」
偶然なのは間違いない。
愛想よく笑えば、自然と世間話が口をつく。
「今から藍ちゃんとケーキ作りの予行練習するんです」
「予行練習?」
顔を赤くして俯く藍ちゃんのために、平然と嘘をついた。
「土曜日、藍ちゃんの家でケーキパーティーするんです、とりまるさんっていうか、玉狛支部の皆もどうです?」
当然、土曜日にそんな予定はない。
藍ちゃんが、恐ろしいことでも起きたかのような目で私を見る。
烏丸先輩の前で声を荒げるような真似はできない、手が離せないような状況に、突然予定を食い込ませた。
土曜日にやるのは、二人でやるケーキ作りの練習のはず。
それが今、突然変更された。
真顔で私を見つめる藍ちゃんをよそに、鳥丸先輩がケーキの話題に乗る。
「ケーキか、小南先輩が甘いもの好きなんだよ、土曜日なら、俺もバイトなくて暇かな。」
「来ます?皆で食べたほうが美味しいんですよねー」
「あ、お子様と動物も連れていっていい?」
「動物、それってレイジさん?」
疑わしき視線を投げかけると、烏丸先輩は少し面白そうにした。
烏丸先輩の周りで、動物のような人というと、レイジさんしか思い浮かばない。
「ちょっと違うな、レイジさんではない。
小南先輩とレイジさんと俺と、小さいケーキを二つ分は確実だな、小南先輩はケーキの上の苺を独占するのも確実。
他は、甘いものが好きそうな人はいるな、ああ、三雲はわかるか?あいつにも聞いてみるよ。」
ぱっと思い浮かばなかったが、三雲というのは黒髪で眼鏡の男の子のことだ。
烏丸先輩の弟子という、藍ちゃんが羨みそうな立場の人。
一体総勢何人来るのかわからないものの、愛想を浮かべた。
「決まりですね!」
「材料を置いてくれればレイジさんが作り始めるから、色々買い込んでおいてくれ。」
既に色々買い込んだものを烏丸先輩が今会計している。
これで足りるかどうか、不安になってきた。
夜中にでも買出しに行けばいいと思い、ケーキを作るレイジさんを想像する。
「レイジさんが作るんですか、すごいのが出来そう」
あの人が繊細なケーキを作るところが、想像できない。
図体の大きい人のほうが細かいものを作ったりするのは意外なだけで、よくあることだ。
それでも、レイジさんが作るケーキとは何ぞやと思う気持ちは振り払えなかった。
「肉と野菜とケーキが融合した新しいケーキが出来るかもしれない。」
「ああ、作りそうですね」
「小南先輩が前に食べて怒ってたやつなんだよ、それ。」
ケーキを食べて怒っている小南先輩を想像して笑うと、烏丸先輩がレジを打ち終わり、金額が表示された。
金額ではなく状況に青ざめ、動揺する藍ちゃんを置いて財布を取り出す。
「ウェディングケーキとか作ります?」
「おお、いいな、それ。」
お金を置いて、真面目そうな顔を赤らめた藍ちゃんに、相槌を求めて話しかける。
「おーっきいタワーケーキつくろ、ね?」
私の相槌に気づいて、いつもどおりクールに振舞う。
「そうね。」
烏丸先輩の前で緊張していても、女の子らしさを忘れない。
藍ちゃんのそういうところが、私はとても好きなのだ。
「烏丸先輩、よかったら是非。」
営業スマイルに近い微笑みを垂れても、藍ちゃんは怒らなかった。
何せあの烏丸先輩が目の前にいるとなれば、藍ちゃんはいきなり女の子らしくなる。
こうなることも分かっていての、咄嗟の行動だった。
断るわけにもいかない、こうなれば、ケーキ作りの練習はサボれなくなる。
家に戻れば、藍ちゃんは買ったものを放り投げて自宅掃除に取り掛かるだろう。
烏丸先輩は快く了承し、敬礼のような手つきをした。
「それじゃあ、連絡する。」
バイト中も爽やかな烏丸先輩のレジを後にして、藍ちゃんの手を引いて立ち去った。
呆然とする藍ちゃんは買物袋にケーキの材料を詰め込む。
終始、無言だ。
頭の中は、きっと烏丸先輩の笑顔でいっぱいだ。
機械のように動いては袋に物を詰める藍ちゃんが少し面白いけれど、耳打ちする。
「やったじゃん、藍ちゃん、チャンスじゃない?」
私の声に気づくと、ハッとして、それから顔を赤らめる。
憧れの先輩と話すと、藍ちゃんはいつもこうだ。
可愛いことこの上ない顔を、私は間近で見れる。
無愛想に顔を赤くした藍ちゃんは、私と同じように買物袋を扱う。
仕舞われていくケーキの材料を見て、安堵した。
この特権を生かしてもいいのなら、私はいつまでも藍ちゃんの側で、藍ちゃんの女の子らしい一面を見ること立場にいれる。
「三雲、あいつも来るのね。」
何故か三雲くんの事だけを残念そうな顔をした藍ちゃんの肩に抱きつく。
「いいじゃん、楽しもうよ」
「そうね。」
照れくさそうに笑う藍ちゃんが可愛くて、つむじを押されたお返しに藍ちゃんの首をつつく。
「藍ちゃん可愛い」
「そう?」
口ではそう言いながらも、藍ちゃんは毛先を指で整える仕草をした。
女の子らしい彼女が、私はとても好きなのだ。







2015.03.06





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