面倒見のいい、頼れる先輩へ。






「ハッピーバレンタイン!」
物が詰まった袋を抱えた私を見るなり、諏訪さんが面倒くさそうな顔をする。
「なまえ、またいつものか?」
そうですと言って、机の上に袋を置く。
素直じゃなさそうな諏訪さんに「不満ならあげないわよ」と言うと、奥寺くんと半崎くんが近寄る。
たしか半崎くんはアイスが好きだったはず。
甘いものが袋に詰まっていると、わかっているのだろう。
「諏訪さん、いらないんだって」
「いりまーす!いります!」
「俺も!」
「お前ら、そうがっつくんじゃない。」
半崎くんを押しのけて、甘いものを求めて小荒井くんが走って突っ込んできた。
元気な男子高校生二人を制止する東さんが、微笑ましい。
小荒井くんと、奥寺くんと、東さん、一人ひとりににチョコレートの箱を渡す。
いつものことだから、皆遠慮なく貰ってくれる。
お菓子くらいなら、すぐ皆の腹に収まってくれるから、バレンタインは好きだ。
「荒船隊の皆にはこれ」
おなじみのメンバーに渡すために、いくつかチョコレートを吟味してきた。
そのひとつが、これだ。
「お、可愛い。」
穂刈くんはそう言って箱を受け取り、眺める。
男の子にぴったりな、犬の形をした箱に入ったチョコレートを選んで買ってきた。
比較的大きな箱に、沢山のチョコレートが入っているので、男の子には調度いいだろう。
お祭り騒ぎが好きな穂刈くんは、嬉しそうだ。
何故か隊長であるはずの荒船くんが箱を見た瞬間に顔を青くして無言になったものの、次の箱を笹森くんに渡した。
どういうわけか、穂刈くんは青い顔をした荒船くんを見て笑っている。
私の知らない何かが動いていることが、わかった。
余りそうだと思う量を買ってきても、ここではすぐになくなる。
バレンタインは、ここでは楽しいイベントなのだ。
「摩子ちゃんにはクレープ買ってきたよ」
その単語を聞いた摩子ちゃんが、目をきらきらさせる。
「やったー!なまえさんありがと!」
チョコレートが何種類も詰まった袋の片手に持っていたクレープを差し出すと、摩子ちゃんが飛びついた。
私に抱きついてから、クレープの入った袋を受け取り、小躍りしながら袋の中を漁る。
包み紙の上の部分を丁寧に、慣れた手つきで開けながら歌っている。
あの歌は、なんだっけ、そうだ、最近公開したホラー映画の主題歌だ。
嬉しそうな摩子ちゃんを見て、こちらまで嬉しくなる。
大のクレープ好きの彼女には、これを渡すと決めていた。
堤くんにチョコの箱を渡すと、嫌味のように諏訪さんが吐き捨てた。
「けっ、女子だけ品質贔屓かよ、くっだらねー。」
煙草が似合いそうな言葉をいちいち喋る諏訪さんに、微笑みながら歩み寄る。
「諏訪さんには、これ」
大きめの箱がひとつだけ入った袋を、差し出した。
「え、なんだよ。」
「諏訪さんのために選んだんです」
面倒くさそうな顔をした諏訪さんが、一瞬だけ表情を緩める。
諏訪さんは胡散臭そうに私を見ながらも、差し出した私の袋を、そっと受け取った。
袋からおそるおそる出して、シガレットチョコと体面した諏訪さんがぽかんとする。
期待をげっそりと削ぎ取られ間抜けな顔になった諏訪さんを見て、思わず笑うと、禁煙に我慢できなかった人のように諏訪さんが震える。
「シガレットチョコじゃねーか!!!」
諏訪さんの虚しい絶叫に、摩子ちゃんが笑う。
美味しそうにクレープを食べる摩子ちゃんの顔が、一層輝いた。
「禁煙したらどうです?」
私の一声に、虚しさからヤケクソを呼び出して、諏訪さんはシガレットチョコの蓋を乱暴に開けた。
小分けの袋のひとつを手に取り中身を開けて、ジャンキーのようにバリバリと食べる。
ぼりぼりと良い音がする諏訪さんの顔の面白さに、奥寺くんが隠れて笑っていた。
「煙草だと期待した俺がピエロじゃねーか!くそ!食う!」
「お菓子のイベントですよ、バレンタインは」
シガレットジャンキーと化す諏訪さんを尻目に、クレープを美味しそうに食べる摩子ちゃんに抱きついた。
「まあ友チョコは別だけどね!」
「ねー!」

資料室で、ひとり資料をまとめている東さんがいる。
報告書のどこかに不備があったのだろう、こっそりと直している。
皆の頼れるお兄さん、そう形容してもいい。
私は、東さんが好き。
思いを伝える機会があるのなら、それに縋りたい。
「東さん」
資料室の扉をノックし、開ける。
私の姿を確認して、紙束とパソコンから目を離す。
「なんだ?」
真面目に仕事をする指先。
爪は短くて、指は太くはないが、長い。
スナイパーらしい指といえばそれまでだけど、指を見ただけで、どきどきする。
私の恋患いは、末期であろう。
ならばこれは患いによる行動である、と自分を飲み込む。
「これ、どうぞ」
私がチョコレートの箱を差し出すと、東さんは不思議そうな顔をした。
「さっき貰ったよ。」
不思議そうな顔が、胸に突き刺さる。
でも、嬉しい。
「どうぞ」
受け取ってもらえるまで、腕を引くわけにはいかない。
自然と、顔が赤くなる。
先ほどまで皆に義理チョコを振りまいていた身分で、こうしてこっそりと渡しているのを皆が知ったら、なんと言われるだろう。
それでも構わないけれど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「あの、手作りとかじゃなくて、ちゃんと買ってきたので、大丈夫です」
必死な思いで喋っているうちに、東さんは受け取ってくれた。
東さんが、箱の文字を伺う。
「シガレットチョコじゃないです」
「それは分かってるよ。」
ぱっと見て、和菓子を連想させる見た目だったから買ったものだった。
淡いピンクや白、黄色、緑色。
中身はカラフルなウイスキーボンボン。
ひとつひとつが軽そうでも、味はしっかりとあるはずだ。
「お酒のつまみには、なるかと」
まだ飲める年齢ではないから勘で選んだものの、酒のつまみに酒の入ったチョコレートは、どうなのだろう。
大人の人だから、ウイスキーボンボンは食べられるはず。
もし、東さんがアルコールアレルギーだったりしたらどうしよう。
それはまずい、迷惑になってしまう。
ぐるぐるする頭の私に、東さんが声を掛けた。
「ありがとう。」
その一言に、熱がすっと下がる。
身体全体をぽかぽかした温度が包み込み、安心した。
にっこり笑う東さんが、ウイスキーボンボンを眺める。
「普通に買えたのか、これ。」
「渡す用だった言えば、買えました」
「嬉しいよ、ありがとう。」
東さんがにっこりと笑って、お礼を言う。
恥ずかしくて何も言えずにいる私を見つめる目は、たしかに先輩のそれだった。
「飲める歳になったら、ボンボン、一緒に食べようか。」
「はい」
思いを伝えて、それだけでいいと思ってた。
東さんの笑顔、ありがとうという声、東さんのことを考えるだけでどきどきする私は、恋患いのままだ。





2015.02.14




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