クローゼットの中の抜け道


溶融の続き




カモフラージュに持ってきた香水の袋は、机に置きっぱなし。
私の家にミラが来るときは、お茶だけのときもあれば、ただ遊びに来ることもある。
でも、私がミラの元を訪れるとなれば、そういうことにならなかったことがない。
柔肌を撫でて、湿っぽい窪みに指を滑らせた。
口の中で砕いた錠剤を、口移しで分け合う。
ただの、気分だけのための興奮剤。
効き目はそんなになくて、どちらかというと意識の盛り上がりのためのもの。
さくらんぼ味が、私とミラの口の中に広がった。
唾液が垂れるたび、飴でも舐めているときのような錯覚を舌が起こす。
口付け合って、すぐ近くで呼吸をする。
息を嗅いだのだろう、ミラがキスした唇で、不味そうに呟く。
「なまえ、あなた、お酒臭い。」
顰めた眉毛の間にキスをしても、ミラの表情は変わらなかった。
「味が消えるくらい酒の臭いがするの?」
「なんとなく、酒の臭いがした。」
誤魔化しのキスをしようとする私を、軽く遮って、主張する。
「私が酒味のキスが嫌いなこと、忘れたわけじゃないでしょう。」
「うん」
服を脱ぎかけたミラから一度離れて、放り投げたコートとバッグに手を突っ込む。
買い物袋に入れてきた、別のものが目当てだ。
「どう?」
別の袋に入れてきた、飲みかけの酒瓶をミラに差し出す。
「どうって、道連れにするつもり?」
酒瓶を手に、シーツの上に座るミラに酒を勧める。
口の中はお互い同じ味、服はお互い脱げていて、いまにも全裸になりそうだ。
状況が状況なだけあって、ミラは珍しく酒を承諾した。
「いいわ、少しくらいなら。」
私から瓶を受け取り、蓋を開けて、ちびちびと飲む。
カクテルにしない酒は苦く感じるようで、うっと息を詰まらせたあと、ぼやけた顔になった。
酔いかけのミラは、口数が少なくなる。
三口で飲むのをやめたミラの手から酒瓶を受け取り、水のように飲む。
口に酒が残ったまま、キスをした。
酒瓶に蓋をして、ミラの服と下着を脱がす。
白い肌を見て、私の感情が昂ぶる。
見慣れたストッキングを脱がして、足が絡み合う前に、ミラが私を見た。
何か言いたそうにしているのを分かったまま、底意地悪くミラの太ももを舐める。
なんの味もしないけれど、嗅ぎ慣れたボディミルクの匂いだけがした。
太ももから膝、膝の裏へと舌を這わせながら、指で雫をすくう。
ミラが迷ったような目で見るのを無視して、下着を降ろして、股の間に顔を埋めた。
窪みの中は濡れていて、唾液と混じる。
愛液の味とミラの匂いが混ざるそこを、丁寧に舐めた。
どう舐めれば、ミラがどんな顔をするのか、知っている。
目の色の奥を伺いながら、試すように舐めて、わざと舌を使って音を出す。
伸ばした手でミラの胸を掴んで、揉む。
手の平にあたる硬い胸の先の感触を楽しんで、大きな胸の形を変えるように揉みしだく。
気持ちいいところを避けて舐めれば、たまらなさそうな顔をして、腰を動かして強請る。
もっと可愛らしく強請られても、すぐには気持ちよくしてあげない。
そのつもりだった。
喘ぎを我慢したミラが、辛うじて喋る。
「なまえ、ねえ、そこ・・・そこの引き出し。」
寝具横の引き出しに手をかけると、ミラは首を振った。
すぐ辺りを見渡して、ベッドの下の引き出しの存在を思い出す。
軽そうな引き出しを開けると、何度も見慣れたものが入っていた。
女同士で性行為をするときに使う道具が、いくつも入っている。
ただひとつだけ、私が見覚えの無いものがあった。
どう見ても男性器を象ったものがついた、ベルトのようなもの。
こんなもの、以前はあっただろうか。
ここはミラの部屋だ、なにがあろうとミラの自由であり、それは権利である。
だからといって、これがあるとは思いもしなかった。
私がミラと抱き合うとき、何かを突っ込むことは、なかったからだ。
「それ使って。」
思いもよらない言葉が、飛び出る。
唖然としていると、ミラがベルトを手にとり、裸の私に付け始めた。
股と腰を通って、装着されるそれは、異質極まりない。
女同士の行為のなかで、出てくることのないそれを、なんの疑問もなさそうにミラは手にした。
いつの間に、こんなものを入手したのだろう。
私の腰に淫乱極まりないものをつけて、ミラは誘う。
手を引いて、抱き合ったままシーツに倒れこんだ。
胸と胸が触れ合って、私の胸がミラの鎖骨に触れた。
恐る恐る、ミラが私の腰を迎え入れるように足を開く。
女なら、誰でも一度はするであろうその格好を、惜しげもなくミラは私に見せた。
幾度となく指を沈めた、滴る肉壷。
その入り口に無機物をあてがうと、ミラは欲しそうに腰を揺らした。
腰を進め、先のほうだけを埋める。
にちゅ、と水音がしたあと、すぐに身体の中に飲み込まれていった。
「あ、あ、んっ。」
ミラの声が可愛いのは、いつものこと。
男の真似のように、腰を振る。
感覚のない無機物が、ミラの身体のなかに挿いる。
ふざけた音はしないまま、沈みこむものを、ただ見ていた。
私が腰を動かして、ミラの身体を突き動かせば、息苦しさと喘ぎを混ぜたような、大層被虐的な顔をする。
「や、なまえ、もっと。」
ミラが広げた足の付け根を触って、舐めて、胸を揉めば、ミラは挑発するような赤い笑みを浮かべていた。
快感だけを感じて喘いでいたミラの顔しか知らない私が、覆い被さってミラを喘がせている。
この状況は、一体なんなのか。
突っ込んでいても、締め付けられる感覚も、温かみもわからない。
肉同士が濡れて、擦れる音もしない。
喘いでいるミラを、邪魔もなく見れるところはいいかもしれなくても、それだけ。
だってそうだ、ミラの身体の中にあるのは自分の指でも舌でもない。
今まで見てきた喘ぎ方と、すこしだけ違う喘ぎ方をする。
圧迫感がどうにかなっているのか、腰に重さがかかっているから苦しいのか。
圧し掛かって腰を動かすと、大きな胸が揺れる。
動かされながら吐息を小刻みに漏らすミラの頬にキスして、耳元に口付ける。
口紅が、ミラの耳たぶについた。
拭いてやる気は、不思議と起きなかった。
「ミラ、嫌なんじゃなかったの、挿れるの」
嫌なのかどうかなんて、本当は聞いたこともない。
こういうことをしていても、何かを挿入するなんて考えに行き着いていなかっただけ。
珍しく恥ずかしそうにするミラが、シーツの上から逃げようとする。
「なまえには分からないわよ、私のことなんて。」
「わかる」
逃げようとしたミラの腰を掴んで、わざと強く腰を動かす。
揺れる腰と胸と足、動く喉。
「違うのよ、そうじゃないの。」
それから漏れる色っぽい声。
ミラの性器に埋めていた無機物を引き抜いて、垂れた愛液をシーツに零した。
だらしなく肉壷から垂れる愛液も、愛しく感じる。
「素直に言いなさいよ、ねえ、ミラ、正直じゃない子は嫌い」
恥ずかしそうに目を逸らすミラの胸の先を、指でつついた。
嫌がらずに、くすぐったさに目を細めるミラが、可愛らしい。
顔を赤く染めるミラが、足を絡めて物干しそうにした。
「弄られてても、中に、欲しくなるの。」
ミラの整えられた爪が張り付いた指が、自らのそこを撫でるように導かせた。
「へえ、それはまた」
隊長殿に感謝しないとね、その言葉を、必死で飲み込んだ。
なんとか、この言葉を飲み込んでしまおう。
シーツの上に転がっていた酒瓶を手に取り、男のように酒を飲む。
喉が焼けそうなものを胃に流し込んで、くらりと一瞬だけ歪んだ視界でミラを捉える。
「なまえ、飲みすぎよ。」
さくらんぼ味は、どこかに消えた。
ミラにまた圧し掛かって、覚えたての行為をする。
足を広げて、腰を寄せる。
ミラの腰を掴んで、愛液の溢れる肉壷の入り口に、ベルトについた棒状のものを沈みこませた。
抵抗もなく挿入されていくように思えるのは、これが自分の一部ではないから。
もし私が男で、この卑しい無機物が私の体の一部なら、快感になるのだろう。
「ミラ、気持ちいい?」
自分を慰めるように吐き捨てた愛撫の言葉は、喘ぎになって返ってくる。
「気持ちいいわ、あ、ねっ、なまえ、あ、あ!」
突き動かして、足を曲げさせてから尻を掴む。
うつぶせになる前に、ミラの胸を鷲づかみにすると、私の臍のすぐ下にミラの柔らかな尻が押し付けられた。
白い尻に圧し掛かって腰を動かすと、鳴くように喘ぐ。
「なまえ、あ、あ、あ、あ、そこ、あっ!」
ミラの背中の窪みに、私の胸が押し付けられる。
喘ぐミラの股に手をやると、それだけで腰が跳ねた。
短めに整えた髪の毛先が、シーツの上で渦を作る。
露になったうなじを舐めると、随分と期待が込められていそうな喘ぎ声が聞こえた。
「気持ちいいの?ミラ、ねえ?」
ミラの耳元で熱っぽく囁く。
指を肉芽に押し付けると、ミラの太ももが強張った。
人差し指と中指で肉芽を挟み込んで、力を込めずに扱く。
私の指の間で、肉芽は硬くなっていった。
ミラの口から垂れた唾液でシーツにいくつもの染みができている。
硬くなった自分の胸の先が、白い肌に埋められた。
「んんんんっ、ん!」
甲高い呻き声と共に、快感に顔を歪める姿が目に入る。
腰を擦り付けるように、入っているものを突き動かすと、私の太ももにまでミラの愛液が垂れた。
「あああ!きもちいっ、い!」
ミラの細い手が、シーツを握り締める。
跳ねる腰を押さえつけるように、深く挿入した。
身体が強張って、ぴんと足先が伸びる。
首筋にキスをすると、腰を揺らして喘いだ。
覆いかぶさる私の熱は吐き出されないまま、喘いで腰を揺らすミラの上で吐息を漏らした。

「このあと、どうするの。」
下着もつけず、余韻にひたっているミラが、なにもなかったかのような声を出した。
いつもの、冷たい声。
先ほどまで涎まみれで喘いでいたミラはどこへ消えたのだろう。
喘いで、善がって、そうして性欲は失せた。
「どうって?」
なにかの女神のような体勢で、こちらに顔を見せる。
睫毛に僅かについた涙が、情事を思い起こさせた。
私がつけた、耳たぶの口紅には、いつ気づくのだろう。
「泊まっても、隊長殿に会うだけでしょう」
クローゼットに、持ってきた香水の袋を置く。
単なる、おすすめのものをミラに手渡しに来た、それだけ。
お気に入りの服と、この香水を合わせればいい。
扉を閉めるときに瓶が光で鈍く光った気がした。
「お酒、同じの買って、帰る」
シーツの上に置きっぱなしの酒瓶には手をつけず、全裸のミラに近寄りキスをした。
離したくないと言わんばかりに、私の後頭部と肩を抱きしめ、味の消えたキスをする。
酒の味も、錠剤の味もしない。
それでも嫌悪感が沸かないのは、愛し合っているからだと、理論や理屈のない本能はそう言っていた。

香水と酒瓶のぶん、軽くなった荷物を片手に、知ったばかりの店に入る。
それほど大きくもない、酒を取り扱うだけの店。
所狭しと酒が並んだその店で、とにかく酒を買っていた。
以前よりもミラと会う時間が減った分だけ、酒を飲んでいる気がする。
酒というもの自体、弱いものに味方をするのか、牙を剥くのか、わからない。
酒臭いキスは嫌いと言われたから、飲まなくなった。
きっかけがそれだっただけで、私は以前から酒を飲んでいたのだ。
ミラの部屋に置いて来たものと同じ酒を買おうと、棚に手を伸ばしかけたときだった。
見覚えのある顔が、酒瓶のガラスに映った。
背が高く、妙に図体がいい、大男といった表現が適切な男性。
背後に、その人物はいる。
振り向くと、案の定、珍しそうに私を見るランバネインがいた。
「お?お?なまえ!」
私だと分かると、ランバネインはすぐに距離を詰めてきた。
私の五歩は、ランバネインの二歩。
一瞬で詰められた距離から逃げるわけにもいかず、また愛想笑いをする。
「どうも、ランバネイン」
「なまえ、ここで探しものか?」
「ええ」
酒を探しに来た、とわかると、ランバネインは長くて大きな手をひょいと上にあげて、私じゃ取れない位置にある酒瓶をひとつ手にした。
赤い瓶の、大きな酒。
これをランバネインが飲んでいたら、絵になりそうだ。
「それなら、これとかどうだ?俺のおすすめ!」
受け取り、どれくらい強い酒なのか確認したあと、眩暈がした。
飲んだときの喉の焼け方を想像し、何かが込み上げる。
まさかこれらを、ガブ飲みしているのではなかろうか。
いや、でも、この規格外の大男なら有り得る。
にこにこしながら酒を勧めるランバネインは、相変わらず元気そうだ。
この前会ったときも、そうだった。
どんな大きな生き物でも瞬時に酔い潰しそうな酒を次々と紹介され、両手いっぱいに酒を抱える。
どれかひとつでも口にしてみよう、私なら寝込んでしまう。
そんなことも知らず、ランバネインは子供のように嬉しそうにしている。
「なまえ、ここに来る奴だったのか!早く言えよ、酒の調達くらい手伝うぜ?」
「本当ですか、ありがとうございます」
「なんなら、俺が毎日なまえの家まで飛んで酒を届けてもいいんだぞ。」
「なら、お金を支払いますわ」
「ま、俺も酒を買う口実が欲しいってだけだ!ははは!」
冗談と本音を交互に交わしたあと、ランバネインは渡してくれた酒を次々と元の場所に戻し始めた。
最初に勧めた赤い瓶の酒は買うようで、しっかりと大男の脇に抱え込まれた。
そんなことをしたら瓶が悲鳴をあげて割れてしまう、と思いながらも、勧められた酒が戻っていくことに安心を覚えた。
「それで、なまえはなんの酒を買うんだ。」
ああ、これです、と言って手をつけようとした酒を指差すと、ランバネインがまたしても易々と手にとった。
「いつもそれを、一本だけ買うんです」
「一本だけ?一人で飲むのか。」
「そうです」
不思議そうな顔をして、私を見た。
きっと、私が一人でちびちびと飲む姿を想像したのだろう、ランバネインがどうしようもなさそうに笑う。
ランバネインが手にとってくれた酒を受け取り、軽く会釈する。
「飲むときは俺を呼んでくれよ!な!」
「ええ、是非」
「肉も持っていくから、飲んで食おうか!」
明るく、前向きなことしか考えてなさそうな笑顔。
後々面倒くさくなることなんて、率先してやらなさそうな人。
あのハイレイン隊長の身内でもある、実力があるからこそ、そんな笑顔でいられるのだろう。
「どうも、お気にかけて下さり、光栄です」
酒が喉を焼く感覚に恋焦がれながら、ランバネインに笑いかけた。





2015.02.06




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