忍び足の少年、その部屋にて





あるとさんリクエスト
・びわ様の書かれるエレンをほとんどみたことが無いので…!シチュはどんなものでもイェェェガァァァで御座います。
 とのことなのでエレン夢








狭い部屋で、私は今日もひとり。
優雅に足を伸ばして、綺麗な爪を隠すように腕を組む。
なんにもしていなくても、皆は私を蹴っ飛ばしたり殴ったりする。
だから、嫌い。
でもここに来てからは、すこしだけ話が別だった。
「なまえ、どこだ?」
部屋の扉を開けて、忍び足で部屋に来る人がいる。
名前はエレン、男の子。
私を探して、何度も呼ぶ。
エレンは私を見るなり触ろうとしてきた、不躾な男の子だ。
私のことを大層気に入って、なまえと呼んでくる。
これまでにいくつもの名前を持って生きてきたけれど、ここまで同じ名前で呼んでくれるのはエレンが初めてだった。
「いたいた、俺の前で隠れるなよ、ほら。」
エレンは私を見つけるなり、ぱっと笑顔になった。
まるで子供のようだ。
私と似たような、きらきらした目をしている。
寝転んでいる私の側に近寄って、エレンは膝の埃を払った。
「こいよ。」
私、そんな安い女じゃないの。
そっぽを向くと、エレンは必ずご機嫌取りに走る。
頬を撫でて、それから頭に触れて、耳の後ろに指を這わせて、それから体をまさぐった。
親指で顎と首を試すように撫でて、頭を抱くように撫でては、私の背中を愛でる。
いい指使いにうっとりして腹を出すと、腰から足にかけてを何でも撫でてくれた。
「よしよし、いい子だ。」
気持ちよく撫でられているだけなのに、エレンにはいい子に見えるらしい。
本当は私に触れるなんて百年早い若造のくせに。
私の美しさも知らないで、エレンはずけずけと私の体を堪能する。
不躾なやつだ、と思っていると、エレンは私の口元にパンの欠片を差し出した。
「隠して持ってくるの、大変だったんだからな、お礼くらい言えよ。」
ぶっきらぼうにそう言うエレンを、しばらく見つめる。
こんな安いもので、私の機嫌を取ろうというのか。
まあいい、気持ちだけは認めてやろう、ということでパンを齧る。
唇が、エレンの手の平に触れた。
随分と汗の匂いがきつい手をしているけれど、普段なにをしているかは知らないし、聴いたこともない。
エレンは、ここにいる私を愛でにくるだけの男の子。
それ以外の何者でもない。
「まあいいか。」
いい加減な気分でパンを咀嚼して、まずいもんだと唸っていると、エレンが私の腰に手を回す。
「抱かせろよ、なまえ。」
食べている時に抱こうとするとは、何事だ。
節操もない青臭い野郎め、とエレンの手を叩くと、いてっという間抜けな声がして、懲りずに私を撫でた。
「なんなんだよ、気まぐれだな、本当。そういうところも好きだぜ。」
咀嚼する私の顎を、エレンが撫でる。
「可愛いな。」
どうしても私を抱きたいらしい。
抱かれるのは好きではないが、粗末とはいえ私に飯をくれるものだ。
仕方がない、とエレンの膝の上に乗ると、抱きしめられる。
抱かれる一瞬だけは、心地が良い。
「一緒に過ごせたたらいいけど、なまえは迷惑だろ?」
私を撫でて、抱いて、エレンはそう呟く。
寝る場所と飯があって、うるさくない場所で、ついでにエレンがいるのならどこでもいい。
女心を知らない男は、これだから。
「皆にはなまえと会ってることは内緒にしてるんだ、特にアイツ、ジャンにばれたらなんて言われるか。」
そいつがどんな奴かは知らないが、不躾ふつつか無作法なエレンはそう言うのだから、相当な奴なのだろう。
私はエレンの太ももの上に顎を置く。
抱けて嬉しいのか、どうなのか、きらきらした目で私を見る。
「アイツがなまえを見たら、俺にも抱かせろとか言うに決まってる。そんなの駄目だ、耐えられない。」
エレンは私を抱きしめて、娘を思う父のように優しく囁いた。
遠くで、なにかを呼ぶ声がする。
うるさい声だ。
ここに来る前はそこらじゅうに広がって散らばっていた声が、ぽーんとどこかから飛んでくる。
その声を聴くと、エレンは必ずどこかへ行く。
「なまえ、また来るからな。」
私が、明日も明後日もここにいる保障なんてないのに、エレンは必ずそう行って去る。
ここの居心地は気に入っているし、エレンの優しい抱き方が邪険なわけでもない。
もうしばらくここにいようと、今日も一人で寝る。
眠るときは、一瞬だ。
私の体を求めて愛でる人に出会うのは、久しぶりだったというものある。
何故か、エレンを嫌がらない自分がいた。
外にまみれた足音のうち、二人分の足音が、こちらに向かってくる。
エレンには聴こえないのだろうか、随分と耳の悪い奴だ。
足音が部屋の前で止まったところで、ようやくエレンが気づく。
そのときには、もう二人が部屋の扉からこちらを覗いていた。
「エレン、何してるの?」
女の子の声がする。
人の声がした瞬間、エレンは驚いたようだった。
独り占めをするように、エレンは私を抱えて身じろいだ。
現れた一人は女、もう一人は男。
どちらともエレンより背が低く、似たような服を着ている。
「アルミン、ミカサ、なんだよ!あっちいけ!」
アルミンとミカサと呼ばれた二人は、あっちにいけというエレンを無視して、こちらに寄ってきた。
不躾の仲間は、やはり不躾なのか。
エレンの膝の上にいる私を見た男の子が、歓喜の声をあげる。
「わあ!可愛い!どうしたの、この子。」
ほう、わかっている。
でも安売りはしない主義なので、つんとそっぽを向く。
それでも、男の子は私を見て可愛い可愛いと連呼していた。
「なんでお前らついてきたんだよ!?」
「エレンが最近どこかへ消えているから、心配になった、だからこっそりついてきた。」
私を抱きしめ、取られまいと必死なエレンに、女の子が声をかける。
芯のありそうな女の子だ。
どちらも、エレンの知り合いであることには違いない。
こいつらからは、同じような匂いがする。
このまま、こいつら三人から抱かれるのなら、面倒くさいことになりそうだ。
「可愛いなあ、この子、なんていうの?」
男の子は、まるで当たり前のように私の名を聴く。
エレンは惜しそうに、告げた。
「なまえ。」
私が知らぬ二人の前で、私はなまえと呼ばれた。
きっと、私はなまえなのだ。
これまで与えられ、愛でられ、愛された過去もあるが、それを上書きするように、抱かれる。
私を抱くエレンが不快でないのは、そのせいか。
男の子は、私に構おうとする。
「こんな可愛い子、久しぶりに出会ったよ、なまえはここに住んでるの?」
「さあな、俺たちが会ったのはここだ。」
そう、私の部屋に踏み入れてきたのは、エレンのほうだ。
どうせならここを根城にしようを目論んでいたのに、エレンに見つかった。
でもこうして他の奴らにも見つかったのなら、また面倒なことになりそうだ。
知らぬ奴に抱かれて、最悪蹴られたりでもしたら、気分が悪い。
それを察したのか、女の子はエレンを諭した。
「いけない。」
「なんでだよ。」
「なまえは、長いことここにいるの?」
「まあ、そうだな。」
「駄目、なまえはここにいてはいけない。」
ほう、聞かせてもらおうか。
と女の子に聴くと、なぜかエレンが余計に私を抱きしめた。
手が腹に食い込んで少しだけ苦しい。
「ここにいたら、教官に見つかってしまう、なまえは無理矢理追い出されてしまう、それは可哀想。」
「勝手に決めるなよ。」
「勝手じゃない、なまえが嫌いな人だっている。でも、私は好き。」
「そ、うか。」
俯くエレンの横で、男の子が助言する。
「ねえミカサ、誰かにこのことを相談するっていうのは?」
「いけない、話が行き着く先は結局同じだと思うから、可哀想なことになる前にここから出すの。もしなまえが子供でも産んだら、もっと大変。」
気のきくやつじゃないか、エレン、見習え。
そう言うと、エレンはすこし驚いた顔をしてから、また私を撫でた。
女の子の言うことは、最もだ。
子供を産むだの何だのは余計なことではあるが、口ぶりから察するに、私を嫌に思う人は近くにいるのだろう。
可愛くて愛らしいだけでは生きていられない、そんな世界が近くにある。
その近くには、いてはいけない。
きっと私じゃどうにもならない世界は、同居している。
「見なかったふりをして、なまえをここから追い出しましょう。」
女の子の言葉を受け止め、それでもとエレンは私を抱きしめる。
いい加減、体が暑苦しいのだが暴れないでおいた。
「そんなの・・・したくない。」
寂しそうな声をして、エレンは落ち込む。
そんな声をしても、野郎のエレンを可愛がる奴はいない。
「なまえが可愛いのは分かる、でも、なまえはここに居たらいけないの、エレン。」
「でも・・・。」
「それに、サシャになまえが見つかったら、どうなると思ってるの?」
「ミカサ!お前!不謹慎すぎるだろ!!」
エレンが怒鳴ると、何故か男の子まで青ざめた。
半ば冗談に近いのだろうが、なにはともあれ良い空気ではない。
「ミカサの言う事も合ってるよ、エレンの気持ちだけで解決することじゃないかもしれないよ。」
男の子が諭す。
エレンは、ぎゅううと私を抱いたまま何か反論しようと目論んでいる。
どうにも、エレンは私を抱くのをやめなさそうだ。
女の子の言っていることは正しい。
違う世界がすぐ側にあるとわかっているのなら、自分のいる世界のことを考えたほうがいい。
私でもわかることを、エレンは何故か認めない。
なんとも、こいつは子供のようだ。
私のために通いつめているだけはある。
渋々、エレンは納得した。
「わかったよ。」
寂しいを通り越して悲しそうな声をしたエレンが、私を抱く腕を緩める。
腕を伸ばしてみると、手の平を女の子に触られた。
「なまえ、おいで。」
女の子は易々と私を抱き、部屋から出た。
そのあとを棒のように歩くエレンの無様な姿と、エレンを慰める男の子の姿を、私は忘れないだろう。
エレンとは違い、いい匂いのする髪を嗅ぐと、女の子は私を撫でた。
部屋を出て、外を歩く。
外にいるのに抱かれるのは、久しぶりだった。
ボロ小屋のような倉庫をいくつか通り越したあと、堀の周りに到着する。
女の子は、エレンに私を委ねた。
エレンが私を抱き、しゃがむ。
「お前の体の細さなら、ここを通り抜けられる。俺よりもいい奴がいる、行け。」
堀の下を見ると、私が通れそうな穴が空いていた。
私くらい細くて華奢なら、ここを通れそうだ。
エレンを見ると、なんとも情けなく、泣きそうな顔をしていた。
一瞥し、エレンの足にキスをする。
まずかったけど、エレンのくれる飯は嫌いではなかったよと言えたらどれだけいいことか。
もう一度抱かれてしまう前に、外に行けそうな穴に向かって走った。
「元気でいろよ!なまえ、気をつけろよ!」
尻尾をピンと立てて、狭い路地に滑り込む。
一度だけ振り返った私はエレンのために、ミャアと鳴いた。







2014.12.19




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