唇の誘拐





水瀬さんリクエスト
・無理やりキスされる話








ホップコーンの箱は空になって、手を突っ込んでもなにもない。
ジュースも空、スナックも空。
映画はとうにエンドロールが始まっている。
アクション映画が好きな哲次くんは、まだ目をきらきらさせていた。
エンドロールの中、席を立っていく人が多い。
おおかた、トイレが我慢できないとか、そんな理由なのだろうけれど、映画はエンドロールまできちんと見るべきだ。
という意見が一致したのが、始まりだった。
アクション映画のエンドロールは凝っていて、キャストのロゴまで弾丸のように作られる。
ぐるぐる目まぐるしく変化するエンドロールを見て、これからどうしようかと、ふと思う。
ゴミを捨てて、トイレに行って、身なりを直して、それからどうしようか。
映画館近辺をふらふらして、解散。
暇な日にこうして遊ぶのも楽しいな、と思いつつ、欲しいものはあったっけと脳内のメモ書きを探す。
コートとか、バックとか、あと水色のパンプスも欲しい。
でもそんな買い物は、あと回し。
何せ今は哲次くんと遊んでいる。
エンドロールが終わって、日常に戻ったような映画館の座席で背伸びをした。
「おもしろかったねえ」
「倒壊するビルからジャンプしてヘリに飛び乗るシーンは最高だった。」
アクション映画好きめ、とつっつくと、クールに笑われた。
ポップコーンが入っていた箱やジュースの箱をまとめてゴミに捨てると、店員が挨拶した。
ずらっと次の予告ポスターが貼られた上映案内を横目に、エスカレーターに乗る。
降りた先には休憩所に併設されたスイーツ食べ放題の店やお菓子の店がずらりと並んでいた。
絞りたてのドリンク屋に行くと、哲次くんは迷わずお茶を頼んだ。
席をとり、バックを膝の上に置く。
頼んだピーチティーを飲んで、周りを見渡す。
小さい子供が、お菓子の袋を手に喜んでいる。
その様子を見て、微笑むカップル。
みんな、にこやかだ。
クールに無愛想にお茶を飲む哲次くんとは大違い、と思うと、すこし笑えた。
ブーン、と、マナーモードにしたままの携帯が鳴った。
コートに入れっ放しだったから、もしかしたら二度目の連絡かもしれないと携帯を見ると、穂刈くんからの連絡だった。
なまえが欲しいと言っていた本が早売りで入荷されていた、と用件のみだったが、メッセージを見てついにやける。
よっしゃあああ、とガッツポーズをしたい気持ちを抑え、帰りに本屋に行こうと決めて携帯を置く。
「なんか用事?」
携帯をいじる私を凝視していたようで、哲次くんに向き合うと目が合った。
にやけた顔も見られていたのか、と思うと恥ずかしい。
「本が早く入荷したって!うれしい」
正直にへらへらすると、哲次くんはお茶を飲んで、それから相槌を打った。
「へえー、本とか読むんだ。」
「うん、映画とか本とか、そういうの全般好き」
「なまえが本が好きって、初めて聞いた。」
「そう?」
ピーチティーを飲んで、一息つき、好きなものを思い浮かべる。
「うーんとね、映画と本も好き、漫画も読むかな、あと、動物も好き、犬とか猫とか」
犬、と聞いて、哲次くんの顔色が一瞬変わった気がした。
険しい顔をしたあと、またお茶を飲む。
「哲次くんがお茶好きなのは知ってたけど、他に好きなものは?」
「お好み焼き。」
お茶を飲み終えた彼からの即答だった。
「おおー!いいね、食べにいこっか」
「おう。」
にやり、とした彼からは、男子特有の食欲旺盛感が伝わる。
美味しいものには妥協しない、この勢い。
今の哲次くんについていったら、美味しいものにありつける、そう確信していた。
「なら、この建物の中の六階にお好み焼き屋があるぞ、チェーン店だけどな。」
予想は的中。
ピーチティーの入ったグラスを握り締め、目を輝かせる。
ふわふわの生地、とろとろのソース、青海苔とキャベツ、おみやげ用に売ってるたこやきとやきそば。
じゅわじゅわと沸いてくるよだれを飲み込んで、哲次くんを促した。
六階は、ひとつ下の階だ。
グラスを店に返して、六階へ向かうべくエスカレーターに乗る。
私が前で、後ろに哲次くん。
降りたらすぐ店を探そう、その時だった。
携帯が鳴る。
連絡は、穂刈くんからだった。
なまえより先に買ってやったぜー、売り切れる前に買いに行けよー、とのことだ。
ご丁寧に写真までついたそれを見て、ちくしょー、私の分も買えー!とぎりぎりしていると、哲次くんが「穂刈?」と言った。
一緒にエスカレーターに乗っている、真後ろの哲次くん。
エスカレーターの段差の距離があれば、前の人の携帯の画面くらい見えてしまう。
振り返ると、不満そうな顔をした哲次くんが携帯を睨みつけていた。
怖い顔。
不思議と、それくらいの印象しか浮かばなかった。
六階について、お好み焼き屋を見つけて入って、店内に座っても、会話はなかった。
仕方なく穂刈くんにヤジに近い冗談を書いて、送る。
携帯を仕舞って、おしぼりで手を拭いていると、哲次くんが話しかけてくれた。
「穂刈と何か話してた?」
「うん、本の入荷の話」
「ああ、それでか」
すこし納得したような哲次くんは、運ばれてきた水をちまちま飲む程度で、あまりいい気分ではなさそうだ。
おいてけぼりにされたような、そんな気分になってしまう。
この威圧感は、なんだろう。
そもそも穂刈くんと哲次くんは同じ隊員の仲ではないのか、と疑問が浮き上がってきたところで、お好み焼きが運ばれてくる。
客に焼かせないスタイルのようで、出来上がったお好み焼きと、二人分の皿と箸が用意された。
「ね、ここのお好み焼き、美味しいの?」
「不味いとこになまえを連れて行くわけないだろ。」
ぶっきらぼうにそう言った哲次くんは、黙々と、美味しそうにお好み焼きを食べ始めた。
お好み焼きには、先ほど一緒に見たアクション映画と同じくらいのきらきらした目を向ける。
大好きなんだな、と思い、寂しいことなんて何もないのに、会話が欲しくなる。
「映画、面白かったね」
「ああ。」
「上から飛び降りて突き抜けるシーンすごかった!」
「あれくらいのビルなら、着地地点に車があれば落下しても戦闘体勢を維持できる。」
「なーに、経験談?」
「まあな。」
ぱくぱくとお好み焼きが口に運ばれていくたびに、時間が消えていく。
次、遊べるのはいつかな。
ようやく口にしたお好み焼きは、とても美味しかった。
美味しくて、無心で食べて、食べて、食べて、食べ終わる。
箸を置いて、口元をおしぼりで拭く。
ふと視線に気づくと、哲次くんが私を見てにやけていた。
「美味しかっただろ?」
「うん」
照れくさく笑うと、哲次くんもようやく笑ってくれた。
あっけらかんと食事は終わり、会計を済ませ、ビルの外に出る。
冷たい風が、足を撫でた。
哲次くんは、夜になりかけた街の光を眩しそうにしている。
車のライトや、どこかのタワーの宣伝光。
下品な光がないだけ、ずっとずっと、綺麗な夜だ。
「次、面白い映画があったら、一緒に見ようね!」
「ああ。」
じゃあ、またね。
そんなところで、携帯が鳴る。
手に取ると、またしても穂刈くんからだった。
今度はなんだ、と呆れながら内容を読む前に、私は抱え込まれた。
そっと、背中と肩を抱かれる。
いきなり体を寄せてきた哲次くんに驚き、携帯は手から落ちて、シリコンケースの塊が落ちるような音がしてから、私の足元に転がる。
顔が、近い。
言葉が出ず、呆然としていると、哲次くんが私の唇に、自分の唇を押し付けてきた。
ぐわっと顔に熱が集まるのと同時に、壁に押し付けられ、哲次くんの両手で頭を支えられた。
背中にコンクリートの冷たさが張り付く。
押し付けられた哲次くんの唇は、すこし震えてて、躊躇うようなキスをしたあと、唇は離れた。
至近距離で、哲次くんの目を見る。
真剣な目。
夜になりかけの、冷たい空気。
私達の周辺だけ、妙に熱い。
「哲次くん、あの」
「わりぃ、なまえ、俺・・・。」
そこから先は、言わなかった。
真剣な目をした哲次くんを見て、ようやく気づく。
熱の集まる唇同士を触れ合わせると、胸のあたりがきゅっとした。
がら空きの両手で哲次くんを抱きしめると、暖かかった。
音もなく離れた唇と、哲次くんの顔。
見慣れた哲次くんの顔を、こんなに近くで見たことがなかった。
「て、つじ、くん」
締まりそうな喉の奥から、声を出す。
「なまえ・・・ごめん、嫌だった?」
「ううん」
「なまえ、嫌だろ。」
伏し目がちな哲次くんを、一生懸命見つめる。
睫毛に隠されて、感情が読めない。
ふさぎこんでしょぼくれる哲次くんは、初めて見る。
何か、言いたそうで言えてない哲次くんの言葉を待っていた。
私にいきなりキスした唇が、ぼそりと動く。
「・・・嫉妬、した。」
不満そうな哲次くんの顔と、その言葉に合点がいく。
足元に今だ転がっている携帯。
本が好きだということは、穂刈くんが既に知っていたこと。
気にもしないようなことを何故気にしてしまったのか、そして、この状況。
答えはひとつしか見えない。
「なまえ、嫌だろ、あんなんで嫉妬とか、それでなまえにこういうことするとか、嫌だろ。」
哲次くんは、すこしだけ頬を赤くして顔を顰めた。
嫌じゃないよ、と哲次くんの手を握る。
手に触れられてハッとしたような哲次くんが、私を見た。
「ごめんね」
こうする意味は、なんだろう。
言い返して、言い合いになって、喧嘩して、哲次くんと会う機会すら失くしたくないという、ただそれだけ。
でもその気持ちは、確かにひとつのものに繋がる。
哲次くんの手を握ったまま、もう一度キスをした。











2014.12.16



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