やきもちと掛ける





もずさんリクエスト
・当真→ヒロイン⇔太刀川さんで、やきもちを焼く太刀川さん






机の端に、寂しそうに置かれた財布。
半年だが三ヶ月前だかに買い換えた財布は、主に置き去りにされたまま、中にカードと金を詰まらせていた。
財布の端からは、飲み会の痕跡であるレシートがいくつか顔を出している。
もしかして、程度の低い二日酔いなのだろうか。
それなら、財布を忘れて外に行くのも納得だ。
「なんでこういうの、忘れるかなあ」
充電がいっぱいになったままの自分の携帯を手に取り、連絡先から慶を探し出し、電話をかける。
課題の残骸と思わしき紙くずは丁寧にゴミ箱に捨てられ、何かのメモ書きは机の上に置いたままだった。
汚れ方を見るに、ずっと上着のポケットに入れたままのものを最近出したようだ。
ものぐさなのか、そうじゃないのか今一わからない。
着信画面に切り替わると、部屋のどこかから聞き覚えのある着信音がした。
「嘘でしょ」
あまりのだらしなさに青ざめ、着信画面を切る。
時間すら携帯で確認する慶なら、携帯を忘れたことに気づくはず。
仕方なくゴミ箱を綺麗にしていると、聞き覚えのある声と足音が部屋に向かってきた。
「ごめーん、携帯忘れた。」
間抜けた慶がそう言って、携帯を手に取る。
空になったゴミ箱を床に置いて、机の上にあった財布を渡す。
「携帯どころか財布も忘れてるわよ!なにしてたの!」
「あー、うん、散歩。」
慶は財布をポケットに仕舞うと、携帯の履歴を確認すると同時に、時間を確認する。
私からの着信履歴を見て、すぐにバツの悪そうな顔をした。
「携帯電話を携帯しないお馬鹿がどこにいるの」
「違うよ、携帯が俺のとこから逃げていったんだ。」
身振り手振りだけは芸人のように、ふざけて誤魔化してから携帯を上着のポケットに突っ込む。
日頃から財布と携帯しか持ち歩かない人なのに、何をしに外出したのか、察せない。
外に草でも食べに行ったのかもしれない、と諦めていると、バツの悪さから逃れたい慶は、かっこつけた。
「いざとなったら、俺の携帯が変身してなまえを守るロボットになるから。」
かっこつけた慶のおでこをつつくと、バツの悪そうな顔はいつもの緩そうな顔に戻る。
眠そうな顔をしているように見えても、単にこういう顔つきなんだと思うまでに、そう時間は掛からなかった。
「この前観た映画で、そういうのあったじゃん。」
「あった、あったわね」
一緒に観た映画が、そういうのだった。
すこしでも展開が遅い映画を見れば寝てしまう慶とは、派手な映画しか見たことがない。
おかげで、目だけは戦闘場面に肥えている。
なんでもなさそうに派手な映画を観るたびに、ボーダーとか、そういう難しい話をいつも突破しているのだと気づく。
「慶がそういうことする立場でしょ」
大学での成績は、よくない。
成績表を盗み見る気はしないので具体的なことは知らなくても、季節の変わり目になると履修一覧と思わしき紙と一緒に慶が床に転がっている。
この先どうするのか、一度聞いてみたい。
ボーダーでの成績は物凄く良いようなので、そのままそっちに就いてしまうのだろうか。
就こうが就かまいが、慶の性格は変わりそうにないので、特に気にしたことはなかった。
「そうだけどさあ、女の子一人じゃ心配だよね。」
そう言って、私の手を掴んでにこにこする。
ここで手をひっこめても、次は肩を掴まれ、次は腰、更に足ときて、最後は胴体を抱えられ運ばれる。
一度こうしたいと思ったら、意地でもやめない。
ちゃらけた雰囲気とだらしなく見える身持ちは、入れ物でしかないのだ。
手を引かず、慶に連れ出される。
戻ったらゴミ袋をまとめなければ、と思いながらサンダルを履いて、慶の肩を掴んで歩く。
「散歩って、どこに行くつもりだったの」
すこしだけ残る身長差を埋めるように、買うサンダルは底が厚いものを選んでいる。
それでも、こうして歩くと少しだけ見上げてしまう。
慶の髭を毟るには調度良さそうな距離になり、わくわくする。
「おやつ用の餅を調達しに。」
「財布を忘れたのに?」
「うん、まあ、そうだ。」
「もっさりした頭に財布を植え込んでおこうか」
「頭をかざすとチャージできる財布が必要な時代が迫っている。」
一見もさっとした髪の毛は、癖がついているようでつかないようにワックスで丁寧に固めてある。
伸ばした髭といい、髪型といい、だるそうなお洒落のつもりだろう。
「真面目腐った声で言わないで」
慶の髪型にだけ目をやっていると、突然慶が足を止めた。
突然、といっても、緩やかに歩みを止めて、それからしっかりと体を止める。
周りに異変はなく、目的の小さいスーパーまでまだ距離があるし、信号もない。
何かと思っていると、いつも行くコンビ二の前に、背の高い男の人が立っていた。
黒い上着に、履き古した靴。
何もせずに立っているところを見るに、人を待っているのだろう。
男の人、と思ったが、よく見ると私とそんなに歳が変わらなさそうな男の子だった。
ポケットに手をつっこんで、何かを出そうとして、こちらを見て、手を止める。
手を止めた理由は、煙草だろう、と思うような容姿だった。
髪型はリーゼントで、顔つきはスカしている。
見た目だけは、朝帰りの遊び人だ。
その系統にしては顔が幼いのと、慶を見て、何かを思い出したような顔をした。
「あ。」
手を止めた男の子は、あ、と声を漏らした。
それから、私を見て、もう一度、慶を見る。
そして、どういうわけか、にんまりしたままこちらに歩み寄る。
おそらく、慶の知り合いなのだろう。
愛想笑いをする気持ちがつきないうちに、と愛想笑いを返すと、男の子は慶に挨拶をした。
「どうも。」
近くに来た男の子は、慶より少し背が高かった。
風貌からして、男の子と呼ぶ年齢ぎりぎりといったところ。
妙ににやにやした男の子は、私にまで挨拶をした。
「えーと、もしかして、なまえちゃんかな。」
知らないはずの人に名前を呼ばれ驚いたものの、一応印象を悪くしないように答える。
「そうです」
「へえー。」
男の子は、いかにも愛想がいいですと言わんばかりの笑顔で私の目線にまで食い下がった。
じろりと見られ、一瞬身を引く。
隣に慶、目の前にはリーゼントの男の子で、威圧感が私を襲う。
「勇くん、って呼んでよ、なまえちゃんって呼びたいから。」
勇と名乗った彼からは、煙草の匂いはしなかった。
もしかして、歳の変わらない、ただの年頃の子なのかもしれない。
なまえちゃん、と言った勇くんは、随分と楽しそうだった。
馬鹿にされているのかもしれない、と警戒したものの、それだけで、愛想笑いを続けた。
「はあ、勇くん。」
「よろしくね、なまえちゃん。」
勇くん、と名前を覚えたはいいものの、彼は誰なんだ。
慶に聞く暇もなく、勇くんは慶と目を合わせて、またにんまりと笑った。
「へえー、そうすっかあ、へえー。」
表情だけ見ると、底意地の悪さが伺える。
本当に嫌な子なら、慶の知り合いではないだろうと踏み、警戒心を解く。
「で、どうしてここに?」
その矢先、慶が勇くんに打って出た。
「昨日あんなに酔ってたじゃないですかー、タチカワさんが心配でー、見にきたんですよー。」
「嘘つけ、俺の家、知らないだろ。」
「バレましたかー、うちの気まぐれ隊長がコンビ二で買い物してるんすよ。」
「気遣いできるのか、今知ったよ。」
「そりゃ、先輩じゃないですか、先輩。」
「もういい、船酔いでも看病してこい。」
せんぱい、と呼ぶ言葉の節々に、嫌味が感じられた。
呆れ半分の慶を見て、勇くんはつつきまわすように笑う。
「いやー、さすがの隊長も今日は万全ですよ?」
にんまりした勇くんが嫌味ったらしく言うと、コンビ二から出てきた人がこちらを見た。
慶と同じように髭を生やした、慶以上に雰囲気の緩そうな男の人。
私の視線が後ろに動いたのを見た勇くんは、では、と挨拶して男の人の元に戻っていった。
「なに今の人」
勇くんが遠ざかったところで、慶に聞いてみる。
「後輩?うん、後輩。」
何故か疑問系で答えた慶は、そのままコンビ二へ入った。
スーパーの餅はいいのか、と思えば、ふらふらと店内に入り、手に取った籠に餅を詰め始めた。
いつもの慶だ、と安心して一緒に餅を籠に詰めていると、慶がぼそりと呟く。
「むかつく。」
珍しく、慶が不満を見せた。
むかつく、とは、さっきの勇くんのことだろうか。
「あの人が?」
「なまえが。」
ぽつり、と落とされた爆弾に、血の気が引く。
むかつく、と言われた。
慶は相変わらず餅を籠に詰めていて、手伝おうとする手まで止まりそうだった。
餅を持ったまま動けない私を見て、私の手から餅を奪い取る。
「なんでへらへらしてんの?俺の知り合いっぽいってだけで、なんでなまえがへらへらするの?そういうの、やめろ、気分が悪い。」
私にそう言って、餅が詰まった籠を持った慶はレジへと向かった。
久しぶり、というか、初めて慶が不満を見せたかもしれない。
愛想笑いをしちゃいけない人物だったのか、それとも、慶は愛想笑いが嫌いなのか。
いつも緩い慶が、むかつく、と言った。
滅多なことじゃ怒らないし、怒る姿が想像できない慶が、導火線を見せた。
私にとっては、一大事だ。
会計をしている慶の元に戻り、袋二つ分に詰まった餅が渡される。
慶は、袋を二つとも受け取って、足早にコンビ二を出た。
いつもは買い物袋が二つあれば、ひとつは慶、もうひとつは私が持って家に帰る。
嫌な予感がして、慶を追いかける。
ごめんね、ごめん、どうしたの、私が悪かった、そう言おうとしたとき、慶が振り返った。
「冗談だよ、でも、なまえはむかつく。」
どっちなんだ、と思っても、私は謝るしかなかった。
「ごめんなさい」
底の厚いサンダルを見つめて、どうしていいか分からず謝ってから、でも、と慶に問いただす。
「でも、なんであの人、私の名前を知ってたの?」
そう言うと、慶は余所見もせず、自宅に向かって走っていった。
不意打ちで手榴弾でも投げられたかのように逃げる慶を、反射的に追いかける。
鍵は、どちらが持っていたっけ、ああ、もうお互いが同じ鍵を持っているのだった。
餅が大量に詰まった袋を持った慶に追いつくことはできず、背中がどんどん遠ざかっていく。
一足よりもっと早く、家のある方角へ走っていく。
途中で追いかけるのも面倒くさくなり、歩いて帰り、空きっぱなしの部屋に入り、鍵をかける。
餅の袋を部屋の隅にぶん投げて、お気に入りのクッションに顔を埋めたまま動かない慶が、そこにいた。
動かない慶の側に座り込み、飼っている犬に話しかけるように、もさもさの頭を撫でる。
「ねえ、なんで?勇って人、どうして私の名前を知ってたの?」
なんでなんでと聞くと、慶が呻いた。
「昨日飲み会だったんだよ。」
「うん」
「酔ったんだよ。」
「うん」
「酔ったの。」
「わかったから」
「酔うと口が軽くなるじゃないか。」
「そうね」
「一応、秘密にしてたんだけどさあ、酔っ払った時に、けっこう派手に惚気ちゃった・・・。」
「つまり?」
「彼女いるってことを自らばらして、さあ、うん、さっきのあいつ、当真、面食いなんだよ、なのに俺、俺。」
「それで?」
「酔い潰れながら、なまえは可愛いって自慢しまくって・・・当真もそれ聞いてたんだと、思う・・・。」
酔いつぶれた慶を簡単に想像して、呆れて、それから赤面した。
クッションと同化しそうな慶の頭をつっついて、呻き声を楽しむ。
「やだあ、もう、当真、あいつ絶対今後なまえのこと狙ってくる、もうやだ、あいつ面食いだもん。」
「お馬鹿」
クッションのおかげで慶の顔色は察せない。
でも、きっと、焼きたての餅みたいな頬をして、いじけている。
慶がクッションに顔を埋めてるのをいいことに、思い切り顔を赤くした。








2014.12.07






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