忠誠を口付けろ





特典DVDで一人称判明した!!教官の一人称!!!っていう話
奴隷以下の屑に褒美をの続きもの








「ねえ」
「なんだ。」
「ねえねえ」
「なんだ。」
「ねえねえねえ」
しつこく声をかけると、今にも怒り出しそうな目をして私を見た。
同僚から受け取ったであろう座学の試験用紙が、本と一緒に積まれている。
ここに持ち帰ってくる仕事と言えば、朝一番で渡す個人情報まみれのもの。
振り向いてくれた頬と、それから禿げた頭にキスをする。
胸元にまで手を回すついでに机を見ると、本の横にまで紙束が積まれていた。
その横にある書類は、真新しい紙にびっしりと文字が書き連ねられている。
訓練兵の身分証明確認書類か、それに近い何かだろう。
「なまえ、用件はなんだ。」
「特にない」
「俺に構っても美味いものは出てこない。」
「あ、やっぱり」
お目当ての言葉が出てきて、嬉しくなる。
にこにこする私を見て、キースは非常に困った顔をした。
「いやあね、いまちょっと思い出したのよ、昔のこと」
壁に寄りかかり、机に腰をかける。
いつもなら、品がないと言われて降ろされるが、昔のことと言われると本人も気にするようだ。
下心のなさを見抜いたキースが、顔からむっとした表情を消す。
目元にある消えそうにもない皺から、目の暗さだけが重みを増した。
「訓練兵の前とか仕事中は怒鳴りながら、私って言ってたじゃない、でも、一緒にいる時とか、肩の力が少しだけ抜けた時は、キースは自分のこと俺って言うなあって」
「公私混同はしない。」
当たり前のことを当たり前のように言って、机に腰をかけた私の背中を軽く叩いた。
机から降りて、また同じように背後から手を回す。
キースの肩に胸を押し当て、胸の重みで疲れる自分の肩を休ませるように体重を適度にかける。
歳相応に痩せたキースの首のすぐ下には、まだ筋肉がある。
ただのおじさんと言い切るには、惜しいような気がした。
「そう」
禿げた頭の上に顎を乗せて、呟く。
「ああ、話す話がないのもあれだから話すけど、最近目が悪くなった」
窓から見える僅かな光を目にやると、瞳孔の内側からぼうっと血管が浮かんだ。
光で浮いた視界と、ぼやけた窓枠の外の光が重なって見える。
机の上の書類達は文字がぼやけて見えてしまう。
目を閉じて、また開いても、ところどころ視界がぼやけていた。
「眼鏡あったほうがいいかなと思うの。
それで、一昨日の昼間に街をうろついてみたの、遠くがどこまで見えるかどうか確かめるために。そうしたらリコに会った。
生きてたのかって驚かれた。
リコにしてみたら、死体になってもいないのに消えた変な奴って印象だったのよねえ、きっと。
今なにしてるのって聞かれたから、シャーディスしてるって言っておいたよ。
でもねえ、リコったら意味がわからなさそうにしてた。リコって真面目で可愛いよね」
一方的に喋る私をどこまで放置するか、と思っていると、リコに会い驚かれたというくだりに入ったところで案の定仕事を片付ける手の動きが緩やかに止まった。
リコの驚いた顔を脳裏に、一体どんな反応をするのか待っていると、キースは紙束をまとめ終わった手を机に置いた。
「シャーディスしてるとは何だ。」
「意味としては、そのままかな」
「そうか。」
私の差し支えのない答えに、机の上に置いた手を再度動かして書類をまとめる。
文字の配列感覚からして、訓練兵の情報書類に見えた。
いつの時代も問題児はいるし、教官にもなれば問題児に手を焼くこともあるだろう。
単独行動の末に問題を起こす問題児に片足を突っ込んでいた私には、胃が痛い紙束だった。
自分中心でしか判断できないのは兵士として致命的だ。
そんな判断しかできない考え方を持っているから、こうして兵士失格とも、女としてはまあまあと言えそうな位置にいる。
「なまえ、ここに来てから誰とも連絡を取っていなかったのか。」
顎の真下から、聞きなれた怖い声がする。
「取ってない」
「そうか。」
「眼鏡かけたらさ、見えなくていいものまで綺麗に見えちゃうのかな」
「目は、見えるものしか捉えない。」
「そうね」
例えば自分の顔とか、と言おうとして、喉の奥に言葉を仕舞う。
胃の痛い紙束を本の横に置いて、本を手にとり、開く。
私が本だと思っていたそれは、どうも日誌のようだった。
ぱらぱらと捲るページごとに字が違う。
訓練兵宿舎に置きっぱなしの、報告日誌だろうか。
ページの端が汚れていたり、汚れていなかったり、破れていたりするのも、きっとそのせいだろう。
「なまえ。」
私の名前を呼んで、キースが開いたばかりの日誌を閉じて、元の場所に戻す。
目が悪くなったせいか、元に戻されたのを見てようやく日誌の表紙が汚れていることに気がついた。
「お前はマゾなのか。」
何気なしにそう言われ、顎を置いていた頭の主を見つめる。
肩に押し付けていた胸が離れると同時に、キースが私を見た。
「はあ?」
あまりにも脈絡のない、突然の質問に間抜けな声が出る。
間抜けな私の声を聞いても、大真面目に質問しているのは間違いなさそうだ。
「なにそれ、聞かなくてもわかることだと思うんだけど、違うよ」
珍しく純粋な視線を向けてくるもので、いつものように売女の真似っこをして絡みついて過ごしたい気持ちが沸き出る。
その視線から、失礼極まりない質問が飛び出してきたことが許せない。
湧き出た気持ちを、イライラした覚えのある感情が押しつぶす。
なにいってんだこのつるっパゲ、と言って頭を叩きたい。
けれど、あまりに純粋な視線に暴力的な感情をぶつけることは、できなかった。
「キース以外に、お尻を蹴られたりしたら相手を殴りつけるわ」
「そうか。」
「マゾの意味知ってる?たぶん言いたいのは娼婦のまねっこみたいなそういうのなのよね。」
「そう、だな。」
「誰でもいいならキースが初めてなわけないし、お尻って蹴られて痣作ると暫く座れないじゃない、簡単に怪我してたら身がもたないわ」
「すまない。」
誰でもいいなら、と言ったあたりからキースは気まずそうに目を逸らし、喋り終わる頃には顔を赤らめていた。
光の加減かもしれないので、つっこまずにしていると、目を合わせずに床を見てしまった。
「なあに、自分で聞いておいて」
優越感が込み上げ、また売女の真似っこをして、うふふと笑う。
ばつが悪くて恥ずかしそうにするキースに笑いかけていると、逸らしていた視線がようやくこちらに戻った。
「人が恋しくならないのか?」
「うん?」
「ここで暮らしていて、人が恋しくはならないのか。」
「友達だった人を蔑ろにするわけじゃないけど、信じ合える人が一人いれば十分なのよ、私はそうだから」
キースの膝に座り、わざとらしく唇を作ってみせる。
机につきそうな背中を逸らすと、無駄に大きい胸がキースの胸に押し付けられた。
空いた腕で抱きついて、ぎゅうっと抱きしめる。
「言いたいことは、わかるわ」
ふざけた表情を消して、キースの暗い目元を覗き込む。
街へ行ってふらふらして、昔の知り合いに会って、懐かしいと思わないわけがない。
その気になれば、お金だけ持って出て行くことができる。
反発されて、突然いなくなってしまうのを恐れているのかどうなのか、それはわからない。
キースは、私を一切縛り付けない。
街へ行く隙も作らせている、その気になれば帰ってこないことだって可能だ。
「そういう女なら、団長じゃなくなった貴方から離れてると思うんだけど、そんな女に見える?」
いつになく真剣な顔でそう言うと「見えない。」と小さな声が返ってきた。
「でしょう?」
うふふ、と笑うと静かに一喝された。
「調子に乗るな。」
「じゃあ上に乗っていい?」
膝の上で腰を動かすと、この中に脳みそはありますかと言わんばかりにおでこを拳でノックされた。
「馬鹿を言え。」
目を細めて笑うと、おでこをノックした拳は解かれ、指先でそっと髪の毛に触れた。
乾いた指先が私の髪の毛に触れて、毛先を弄る。
ぼんやりとした光に浮かぶような毛先を見て、キースが呟く。
「髪、ここに来てから切っていないな。」
貴方に髪なんかないでしょう、と言いそうになり、慌てて誤魔化すように笑う。
「そうね、切っていないわ。」
切れとも言われないし、切ろうとも思わない。
あまりにも長くなったら、短くしてしまおうと思っていた。
長くても結ってしまえば邪魔にもならない。
キースの指に挟まれた毛先の中に枝毛を見つけ、ぞっとした。
毛先を切らなければいけないことに気づきながらも、戦慄に蓋をするように切らない理由を囁いた。
「貴方の匂いが髪につくでしょう、寂しくなったら毛先を嗅ぐの」
「物好きな女だ。」
「あーあー、始まった。濡らしてシーツの上で全裸で待つわよ」
駄々をこねる子供のように足をばたつかせると、大きな手で頭を撫でられた。
「もういい、寝ろ。」
頬を膨らませてみると、怖い顔をしたキースは人差し指で頬を何度もつついた。
意地でも形状を維持しようと頬に力を入れるたび、面白い顔になっていくらしく、キースが笑った。
笑っても、どこか禍々しい顔をしているのは、この人の特徴としか言い表しようがない。
怖い笑顔で私の頬をつつくキースに負けて、いつものように笑う。
声もなく唇を動かすと、先にキースが唇を押し当てた。
ちゅ、と軽い音がして、背中を撫でられる。
「おやすみ。」
同じようにキスをして、立ちあがる前に抱きついて、おやすみと囁いた。







2014.10.25





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