誰が為に働けと言う




※ガイドブック自宅警備ネタ







帰宅すると、おそらく寝起きだと思われるエルヴィンが、畳んだ布団の上に寝転がっていた。
寝るのなら布団の中で寝ろ、と部屋着から見える足の伸びた脛毛に向かって叫びたくなる。
「なにしてんの」
叫ぶかわりに静かにそう言うと、帰宅したばかりの私の手に握られている袋に目をやる。
だるそうな瞳だけが、きらきらしていた。
後頭部の髪の毛が少しはねていて、だらしなさに拍車をかけている。
「コンビ二に行ったのか。」
「うん」
机の上に置いた袋の中に、自分の分はないと悟ると、エルヴィンは畳んだ布団の上からのっそりと動いて、冷蔵庫を開けた。
何かを探しているようだが、見つからないようで、何度も手を入れては出し、入れては出している。
冷蔵庫には、もう調味料と野菜くらいしかないのではないか、と思い、近いうちに買出しに行かねば私が困ると気づく。
軽く栄養だけ取って寝る日々が続いている。
早めに寝て、体力を回復しなければいけない。
普通に働いていれば、今は〆日なのだ。
そんなことを察するわけもなく、エルヴィンは冷蔵庫に向かって寂しそうに呟く。
「プリンが食べたい。」
この前ポテツばかり食べていただろう、と言うつもりで振り向いた先にあったゴミ箱には、既に空のポテツの袋が詰まっていた。
ご丁寧に割り箸まで見え隠れしている。
手を汚さずに食べるには、割り箸で食べると楽だということに気がついてしまったようだ。
教えてもいないのに、こういうところにだけは今だ知恵が回るらしい。
ポテツの分だけ割り箸が消費されていると考えると、私がいざ割り箸を使おうとした時に、割り箸がないのではないか。
また買ってくればいいものを手間をかけさせて、と歯軋りした。
空のポテツの袋の数を数え、全部で何カロリーなのか、考えただけでも頭が痛い。
「買いに行きなさいよ」
冷蔵庫の扉を閉めたエルヴィンが、いつになく低い声で寂しそうにした。
「コンビ二に行く服がない。」
「その上にコートでも羽織りなさいよ」
何日着てるのか、それとも同じものか似たものをいくつも持っているのか、わからない。
いつも似たような部屋着で過ごし、寝ている。
幸い変な柄のついた服ではないので、上にコートでも羽織れば近所のコンビ二に行けそうな格好だ。
それなのに、動かない。
たまに増える漫画雑誌も、いつ、どこで買っているかも分からない。
もともとここは彼の家なので、どうしようが勝手だ。
働くのを休むのも、彼の勝手。
それでも、もうすこし真人間になれと常々思う。
もう少し遊びに行けとか外に出ろとか買い物でもして元気になれ、と何度か言った。
それでも、それでも、動かない。
「ねえ」
私の声に、声だけで鈍く反応する。
「ちょっと」
二度目の声かけにも、鈍い反応を示した。
「いい加減動いたらどうなの」
冷蔵庫の前から動き、棚の上に置きっぱなしになった郵便物の山に手をかけた。
自分宛のものだけ手に取り、ひとつひとつ見ている。
「働けとかじゃなくてさ」
私の声に反応もしないエルヴィンにカチンときて、エルヴィンの背後を通り過ぎ、布団に手をかける。
重たい布団からは、エルヴィンの匂いがした。
嗅ぎ慣れた匂いではあるが、こうも布に充満していると腹が立つ。
布団を抱えて、窓のほうへ歩く。
棚の横とベッドの下を探っていて、こちらを気にする様子も見せない。
窓を開け、冷たい夜風を感じながら、脇に抱えた布団を投げ捨てた。
洗うと思ったのだろう、窓から毛布が落下する音を聞いてこちらを見たエルヴィンの顔は、凍りついていた。
ばさばさと外の暗闇に放り投げられ落ちる布団と、真顔の私。
部屋から、エルヴィンの匂いの塊が消えた。
外のあっさりとした冷たい空気が、部屋に流れ込む。
布団を投げ終わり、窓を閉める。
振り返り、エルヴィンを見ると、おそるおそる部屋から抜け出すところだった。
私と目が合い、気まずそうに声を震わせる。
「布団を取りに行っていいか?」
「どうぞ」
気配が部屋から消えて、扉の閉まる音がした。
部屋の窓を開け、外の景色を目に焼き付けたあと、ゆっくりと下を見た。
部屋着のまま外に出たエルヴィンが、寒そうにしながら布団の側に駆け寄る。
滑稽極まりないその姿に、面白くなった。
布団を回収し始めた姿を確認したあと、窓際よりすこし遠い位置にあるパソコンを掴む。
簡単に動きそうにもないので、パソコン近くにあったヘッドフォンとマウスを手に取った。
コードレスのマウスは軽く、パソコンから伸びている線はヘッドフォンと電源コードのみだった。
窓に戻り、エルヴィンの脳天目掛けて、ヘッドフォンとマウスを落とす。
「ほーーーら!!へいパス!へいパス!」
こちらに気づいたときには、エルヴィンの頭にヘッドフォンが当たった。
不吉な音がして、マウスが地面を転がっていく。
その光景の面白さに飲み込まれ、パソコンのある机まで走り、コードを引き抜く。
思ったよりも軽いノートパソコンを手に、窓からエルヴィンを見下ろす。
布団とヘッドフォンを抱え、一刻も早く部屋に戻ろうとするところだった。
「反射神経は鈍ってないじゃん!」
コードを抜いたノートパソコンを落とした。
何やら焦りの混じる悲鳴を上げながら、華麗に落下していくノートパソコンを間一髪で掴み、そのまま転がって壁にぶつかる音がした。
そのまま窓を閉めて、鞄の中にあった鍵を引き出しに戻す。
コートや鞄を元の位置に戻しているうちに、布団とパソコンと周辺機器を抱えたエルヴィンが戻ってきた。
汚れた布団を丸めて洗濯機の前に置いたあと、エルヴィンを呼びつける。
床に正座をさせ、俯くエルヴィンに質問を投げかけた。
「いつも思ってたんだけどさ、パソコンで何してたの」
「ポテツのまとめ買いです。」
「いくら?」
「特売価格なので4200円です。」
「お金は?」
「全部カードです。」
「それ大丈夫なの」
「まだ使えるものです。」
正座するエルヴィンの目の前に、体重計を下ろす。
無言の圧力をかけると、無駄に精悍な目つきをして体重計から目を逸らした。
「断固たる拒否をここに表明する。」
椅子から降りて、エルヴィンの隣にしゃがみこんで脇腹をつつき、意地の悪い視線を送る。
「ほら、この腹の肉はなに?」
「やめてください。」
「女に向かって敬語を使うご身分とは、偉いわね、自宅警備員さん」
ふざけ半分、偉そうな口調で馬鹿にしてみても、反抗はない。
今こうして、布団とパソコンというエルヴィンにとって大切なもの二つを窓から投げ捨てても、反抗を見せない。
どこかで、本人も思う節があるのだろう。
エルヴィンを奮い立たせる、何かが必要だ。
鬼畜極まりない、いや、エルヴィンにとって鬼畜極まりないことを思いつき、提案した。
「職業訓練所にぶち込まれるのと、カードやらネットやら解約して財布を投げ捨てられるのどっちがいい?」
目覚まし栄養ドリンクでも飲んだかのように、エルヴィンは目を鋭くさせた。
「休息を買う。」
目つきは、いつもよりずっとしっかりしていた。
そこまで生き生きとできるのなら、長い時間を夏休みの子供のように過ごさなくていいのに、と思う。
だらしない部屋着のまま立ち上がり、私を見下ろした。
「明日あたり、ナイルのところに行く。」
きらきらした目だけは、一級品だ。
これでも元は休む暇もないくらい働いていたのだ。
いざ働く気になれば、復帰できる。
どうしようもない屑だとは思っていないだけに、なんとかして立ち直ってほしかった。
「ところで聞きたかったことがあるんだ。」
きらきらした目は、いまだ私を見ている。
「なに?」
エルヴィンは、テレビの横にある一角だけ綺麗にぽっかりと空いたスペースを指差した。
「ここにあった漫画雑誌はどうした?」
「ゴミの日くらい覚えておかないから、そうなるんでしょう」









2014.10.25




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