おんなとは





汚れた下着とズボンを替え、だるい頭を枕に落とす。
ベッドの向こうにいる女性は、珍しすぎる、どうしていままで、この歳で初経なんて、と呟く。
ミケさんに抱えられたまま医務室に行くと、ミケさんはそのまま立ち去ってしまった。
今は朝だ、やることはたくさんある。
なにもせず体のだるさに動けない自分は情けなかった。
医務室の女性に報告すると、今まで本当になかったのかとしつこく聞かれ、なかったと答えると、嘘だろうと頭を抱えられた。
あれこれを聞かされ、頭がパンクしそうだ。
それでも、するすると話が頭の中に入るのは、本能だ。
女医が出した結論は、栄養不足の体に、ようやく栄養が行き渡り月経が始まった、とのことだった。
五年前のあの日から、成長は止まっていた。
自らも目を向けたくない、気持ちの悪い事実。
お父さんもいない、あの日以前のまま、家族が居るという温かみのある幸せを一度に失ってしまったとき、人は傷ついたりする。
私はそれが、体に出ただけ。
だから、体のことなんて、どうでもいい。
そんな認識は甘すぎたと思ったのが、ミケさんのベッドで目覚めて思ったこと。
医務室のベッドは、匂いもなければ柔らかくもない。
思考を巡らせるには、十分だ。
体のことなんて、考えてもいない。
訓練中に足を痛めただとか、転んだとか、それくらいだった。
兵団にいる女性は、皆このことに関しては神経質かつ、失敗しやすい。
月経中になると、体はもちろん、頭までだるくなる。
反射神経も鈍る人は、戦闘訓練にすら向いていない。
血の匂いは動物に嫌がられ、巨人は血の匂いを嗅ぎつける。
馬には引かれ、ズボンが汚れれば恥ずかしい。
兵団服のズボンが何故白いのか、とくに考えたこともなかった。
ついでに、知らない男性兵士にズボンの血のことを聞かれれば、顔から火が出そうな思いをする。
まったくもって、女性兵士というのは不便この上ない。
そんなことは知るよしもなく、毎日過ごしていた。
体調が悪そうなときは、背中をさするくらいしか出来ることもなく、自分にそれがないのは体が小さいからだと、そう思っていた。
ある日突然訪れたそれと、その変化によって体がどうなるかということくらい、わかっていた。
女の子同士で、そういう話をすることはある。
中には、性行為の経験がある子もいる。
ふられた腹いせに調査兵団にきたとか、故郷でいい思いをしなかったからだとか、そんな話もきいた。
性行為なんて気持ちいいものじゃないよ、とか聞くと、なんとなく居心地が悪かった。
してなくても、ミケさんとキスをしている間は、そういう気分になる。
でも、していない。
やっても男なんて自分のことしか考えてないのよ、と言っていた女の子のことを思い出した。
言葉が、頭の中で巡る。
だるい頭をどうにかしようと、医務室のベッドで眠ろうとまどろんでいると、誰かが側にきた。
目を開けないまま、気配を感じる。
細い気配、たぶんペトラだ。
心配そうな気配は、伝わってくる。
いつものように、おはようペトラ!と言って抱きつく気力は、今はない。
「ね、なまえ、きこえてる、かな。」
優しそうなペトラの声。
本当は今すぐにでも抱きついて、いつもどおり大好きと言いたい。
眠気とだるさが、頭の中と体中に渦巻く。
「朝から見かけてなかったから、分隊長になまえの居場所をきいたら、ここって言われたんだけど・・・何故か分隊長、シーツを洗っていたのよね、なんでかしら」
ああ、シーツ、洗わせちゃった、ごめんなさい。
その言葉を口に出来るのは、あと何時間先なんだろう。
「なまえ、大丈夫?」
口の代わりに、うっすらと目を開けた。
目を開けて視線を合わすと、ペトラは穏やかに微笑んだ。
優しい笑顔。
ああ、わかっているんだ。
お姉さんみたいだと思っていたけど、こんなときまでお姉さんのような態度でいてくれる。
感謝しなければいけないな、と思ってベッドの縁から手を伸ばすと、手を握ってくれた。
私の冷たい手が、ペトラの暖かい手に包まれる。
なんて可愛いんだろう。
僅かに伸ばした手でも、しっかり握ってくれる。
ああ、女の子って、こんなに暖かいんだ。
また目を閉じると、ペトラが額を撫でてくれた。

だるさが途切れ、目が覚めると、昼はとうに過ぎていた。
毛布が日の光で暖まり、仄かに香る。
枕元には、ペトラが持ってきたと思われる私物がいくつか並んでいた。
タオルと、その横に真新しい下着がある。
これは医務室のものだろう。
そういえば、女の子は皆下着だけ新しいものだったりすることがあった。
こういうことだったのか。
皿の上には、昼飯であろうパンが置かれている。
ベッドから起き上がってパンに齧りつくと、麦の味が鼻をついた。
朝から何も食べてないことを思い出し、もそもそと口の中で動くパンを飲み込む。
寝たおかげか、だるさはどこかへ通り過ぎ、残ったのは股の間の布の違和感だけだ。
そのうち違和感が違和感ではなくなると言われたが、本当なのだろうか。
他の皆は、こんなこと普通なのだ。
なんでもないことで、辛くても隠している。
説明は受けたから、明日からまたいつも通りの生活。
いつもどおりにしたい、でも、きっと、私は、明日からミケさんの顔を見れない。
一抹の不安が、私を支配する。
そんな人ではないと信じたい。
でも、もし、女の体になってしまったことで、抱きしめてくれなくなったら、どうすればいいのだろう。
大好きな人に拒絶されるかもしれない恐怖が頭から離れない。
パン以外は手にする気もせず、ただ、ぼうっとしていた。
目に映る光景も、なにも頭に入ってこない。
こんな状態が、月に一度くる。
そりゃあ、兵団に女性が少ないわけだ。
ペトラも、ハンジさんも、とっても強い。
急に彼女たちに沸いてきた尊敬の念を取り払うように、医務室の扉が開いた。
気配が大きいのを感じて、反射的に扉を見る。
現れたのは、ミケさんだった。
いつもなら、駆け寄って抱きつく。
そんな元気も、今はない。
しおらしくなった私を見て、ミケさんは扉をしめ、私に近寄ってきた。
ベッドの近くにあった椅子を掴んで、座る。
抱きしめられていた大きな体。
人間というくくりのなかに、男と女がいる。
どちらでもないもののひとつに、子供がいる。
私は今まで、その子供の枠から出ることができなかった。
甘えない私を見て、ミケさんが頭をぽんぽんと撫でる。
「体は、大丈夫か。」
「うん」
「つらくないか。」
「平気」
おそるおそるミケさんを見ると、いつもどおりだった。
今にも鼻で笑い出しそうな雰囲気、口髭、顎鬚、大きな体に優しい目。
「シーツ、汚しちゃってごめんなさい」
「いい、なまえが無事なら。」
「無事だよ、どうしたのミケさん」
「単純に、なまえが心配だったからな。」
「ありがと」
優しい目を見ると、安心する。
一見怖い大男にしか見えなくても、滲み出る優しさに惹かれたことを思い出した。
これからも、甘えていいのだろうか。
強くて、かっこよくて、他の人みたくうるさくない。
私は、ミケさんが好き。
「体が落ち着くまでは、ここにいるといい。」
「え、うん」
「大変だろう、無理はするな。」
そう言って、ミケさんは私の頭を撫でてから、キスをして、立ち去った。
医務室から去る背中を、ずっと見ていた。
目が離せない。
それは全部無意識で、体がいくら変わろうとも、ミケさんが大好きなことには変わりないのだ。
ミケさんが、大好き。
それがわかっただけでもよしとして、再びベッドに倒れこんだ。
ぬる、と性器の内側から血が垂れて布に滲む感覚がする。
この感覚と付き合っていかなければいけない、そう考えると、気が重かった。

一週間もしないうちに終わったと思ったら、また来たり、体のだるさだけ残ったりと、体に散々振り回されていると、なかなかの時間が経っていた。
そう、積み上げられた始末書が全部片付くくらいの時間だ。
情けなかったけれど、医務室の女性に何度か励まされ、落ち込むことはなかった。
多少体が動くようになったら、真っ先にペトラに会いにいった。
会いたかったと抱きつくと、抱き返してくれた。
いなかった間のことを聞くと、大体オルオがふざけて舌を噛んだとか、面白い話を聞かせてくれた。
それから、どうも動きが芳しくないことも聞いた。
再び超大型巨人が現れたとか、そういう、血の気が引いて仕方ないような話も、聞かせてくれた。
これから暫く、慌しくなるだろう。
それだけは、はっきりと伝えてきた。
消灯時間になって、ペトラの部屋を後にして、それから私はミケさんが恋しくなった。
寂しい、暗い、夜の時間。
ずっと側にいてくれたミケさんに、当然会いたくなる。
それに理由はいるのだろうか。
聞く人は、いない。
ふらふらと訪れて、ミケさんの部屋の扉をノックすると、いつものように背の高い人がにゅっと現れた。
「なまえ。」
にこ、と笑うと部屋に招き入れられ、ミケさんは私の目線までしゃがみこんだ。
優しそうな目に、すこしだけ心配そうな光が見える。
「体は、もういいのか。」
「うん、もう大丈夫。」
それからの言葉は、いらなかった。
見詰め合って、抱きしめてくれて、よしよしと撫でられる。
前は、撫でられると安心して気持ちいいだけだった。
何故か、撫でられると、胸がどきどきする。
顔も真っ赤になって、体に力が入らなくなった。
ぽんぽん、と背中を撫でられるたびに、体の中心が熱くなる。
「ミケさん」
漏れた声は、小さかった。
「なんだ。」
鼻だけじゃなく、耳までいいのか、と感心してから、ミケさんを見つめた。
見つめていると鼻をミケさんの指先でつつかれ、顔をしかめる。
何度も鼻をつんつんと押され、呻くと、鼻で笑われた。
ミケさんの態度はいつもと変わっていない。
変わったのは、私。
抱きかかえられて、ベッドに座る。
愛でる手つきで頭や背中を撫でられながら、キスをする。
久しぶりに感じるキスは、なんとなく違っていた。
唾液の味、ちくちく触れる口髭はくすぐったいのと、よくわからない感覚の中間、ミケさんの匂い。
ベッドからは、私が持参した白桃の香水の匂いがした。
男の人の匂いのような、不快感のない汗の匂い。
大きな体は私を包み込むようにして、抱きしめる。
全部、全部いつも通りのことだ。
それなのに、私だけが、過剰に反応していた。
ミケさんが好き、大好き。
同じ気持ちなのに、体は変わった。
体は変わっても、気持ちは変わらなかった。
ミケさんは、男の人、私は、女。
はっきりとした違い。
違いを埋めあえば、理解しあえるのだろうか。
そんなことは、しなくてもいい。
「ミケさん」
「なんだ。」
「大好き」
「俺もだ。」
ちゅ、と音がするキスをされ、後頭部に大きな手を感じた。
「分かりきったことを、いきなりなんだ。」
「好きなの」
「そうか、俺もだ。」
「へんだよねえ」
「何がだ。」
「体のことなんて、どうでもいいとおもってたの、私は私なんだから、体なんてどうでもいいって、ちびでもいいって」
優しげな瞳を見つめて、このまま死んでいいと思うくらい、大きな体に身を任せる。
何度も抱っこしてくれて、怖い夢をみたときは側にいても黙って抱きしめてくれた人。
「でも、ちがうのね、そうじゃなかったの、でもね」
常に変わらない気持ちだけが、私の心を突き動かした。
「ミケさんが、大好きなの」
ミケさんは、私の首筋の匂いを嗅いだ。
すんすん、はあ、すんすんすん。
息づかいが、聞こえる。
腰に手を回され、お腹の中がきゅうっとする。
すんすん、くんくん、すんすん、すうっ。
聞きなれた息遣いと、首筋にあたる髭。
くすぐったかったはずなのに、それら全部に体が熱を灯し始める。
シャツを捲られて、あばらあたりの皮膚の匂いを嗅がれた。
くすぐったい半分、気持ちいい。
どうしてしまったんだろう。
「ミケさん、すき、大好き、愛してるの」
爪先が丸まって、足に力が入る。
ミケさんの鼻と唇が、臍の上に触れた。
「はあ、あああ」
自分から漏れた声は、高くて鼻につくような声だった。
私は、こんな声だっただろうか。
体中を嗅ぐミケさんの息遣いが、短くなる。
すんすんすん、と、ひたすらに嗅いでいた。
捲られたシャツの影から見えたミケさんの表情は、いつもと少しだけ違った。
赤い頬、真剣な目、今にもキスをしそうな唇。
私もきっと、同じ顔をしている。
首筋、脇、背中、わき腹を嗅ぎながら、ミケさんは私の服を脱がした。
「なまえ、なまえ、いい香りだ。」
シャツを脱がされ、思わず両手で胸を隠す。
薄い腹を撫でられて仰け反ると、ミケさんはキスをして、それから囁いた。
「愛している。」
低い声でそう言うと、またキスをした。
今までとは、明らかに目つきが違う。
でも、怖くない。
ミケさんも、私も、頬が赤い。
私は林檎のように、赤いのだろう。
「ミケさん、ミケさん・・・」
胸を隠していた両手でミケさんの肩を抱きしめる。
慣れない手つきで、ミケさんのシャツを脱がした。
逞しいにも程がある筋肉と、骨ばった手、硬そうな腹筋、胸の筋肉と、鎖骨。
口髭と顎鬚の他に、胸毛もあった。
ひっぱってみたい気持ちもあるけれど、それは後。
男の人の立派な体を撫でても、私の小さな手は、ミケさんの体の中に埋もれるようだった。
「私、大人?大人なの?」
「なまえは、兵士だ。立派な、大人だ。」
不安な私の心を、ミケさんはいつも包んでくれた。
それは、こうなった今もそうだ。
「なまえ。」
熱っぽいお互いの体を近づけあいながら、見詰め合う。
ミケさんは、真剣な目で私を見る。
「なまえの体を虐めるような愛し方は、したくない。」
どういう意味か、わからなかった。
これから起こることだけは、なんとなくわかる。
それでも導かれるように体の奥に熱が籠もるのは、本能なのだろう。






2014.10.20





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