01



リーベリーってどんなとこだろうという妄想







水の惑星と聞いていただけだった。
どんなところなのか、想像もしていなくて、想像する必要性もなく、訓練を承諾した。
別の惑星に行った子もいる、でも、私の訓練が一番簡単なはず。
だって、そこは、水の惑星なのだから。
隠れるところがありすぎて、訓練といっていいのか疑問に思うほど、簡単に思える。
その惑星の図を見たときには、そうとしか思えなかった。
簡単な水質調査の訓練は、全員が通る道で、私は偶然そこに配属されただけで、自分を信じきっていた。
船に乗っていた他の子も同じように悠長にしていて、その空気を咎める人は誰もいない。
何度もこの惑星にきていると行っていた船長は、ばれるわけがない、と笑顔で言っていた。
侵攻すれば、必ず相手は迎え撃つのではないか。
そう聞いた同期は、笑い飛ばされていた。
絶対にばれない、この惑星に関しては、と船長は笑う。
調査ついでに訓練もできる、行う侵攻は住民の目には見えない。
静かに静かに、見えぬところで、この惑星を信仰しているのだ、と、豪語していた。
豪語するだけの確信があるのなら、それは興味へと変わる。
上手く行けば、水の惑星は簡単に支配できると、年老いた口髭の老人も口を揃える。
皆、口を揃えて、そう言うのだ。
そう言いきる船長に対して不穏を抱いた同期は、船を飛び出していった。
船長の言葉の意味は、わからなかった。
私達の惑星の他に、水を大量に持つ惑星なんて、あるのだろうか。
半信半疑、でも訓練が上手く行けば、侵攻にも携われる。
そんな未来が待っていると信じて、疑わない。
惑星についたとき、眠気で虚ろな目に飛び込んできた青色に、その言葉の意味を知った。
水ばかりの中に、陸地があるだけ。
こんなところで生きる住民は、何者なのだろう。
興味本位を心に仕舞って、訓練は開始された。
見つからないように、水質と、出来たのなら生物の確保、もっとできたならエネルギーも調べろ、とのこと。
水だけの惑星がどうやって動いているのか、全貌は分かっていないそうだ。
何度も、何度も、行われてきた訓練。
だから失敗するなんて、思ってもいなかった。
深海近くにまで潜って、吸収ポットで水を確保する。
他の隊員と連絡を取り、もうすこし潜れないか、と伝達が入る。
手持ち無沙汰な私は、伝達をいち早く受け取り、潜り込んだ。
いつも触れている水とはかけ離れた水質。
綺麗でもなく、かといって汚いわけでもない。
澄んだ水ではないことは、よくわかる。
尾びれに何かひっかかるような気がして見ると、藻屑のようなものがついていた。
藻屑を取り払うと、指に絡みつく。
不快感が指先から伝わり、ぞわぞわと鱗の下まで寒気が這った。
深ければ深いほど、暗いし汚れている。
鱗の輝きだけが、深海での光だ。
周りを見渡してから、自分の鱗を見る。
ここまで光るものなのか、と改めて認識した。
水の中の温度は一定ではなく、伸ばした手の先と指先で触れる温度が違う。
どういう流れをしているのだろう、水質調査だけでは勿体無い。
流れを把握すれば、もっと行ける。
深いところに沈めば沈むほど、視界は狭まった。
私の惑星の水は、こんなに汚くない。
ここまで水を汚す、この惑星の住民はいかれている、そう思った。
ピ、と右腕にはめたリングが時間切れの合図を出した。
途切れる同期との伝達に、焦りを覚えた。
即座に吸収ポットに水を含み、浮上する。
生暖かくて汚い水の中で、鱗のある下半身を動かした。
水面を見つめ、光を探す。
上にあがれば上がるほど、未発達で進化が止まった魚類が見えるはずだ。
それすらも、見えてこない。
ピ、ピ、とリングが小まめに合図をする。
早めにあがらないと、せっかく調査したものが無駄になってしまう。
腰に力を入れて、とにかく水面に浮上しようとした。
上がれど上がれど、光は見えてこない。
少しずつ遠のく視界に、全身が悲鳴をあげる。
ピ、ピ、ピ、ピ。
リングの合図の感覚がだんだんと近くなる。
ここまで合図が五月蝿いものだとは、誰も教えてくれなかった。
早く行かないと。
班の同期にも、迷惑がかかってしまう。
水面に浮上しようとすればするほど、何故か鱗が重くなっていった。
それに、リングも重い。
吸収ポットだけは相変わらず軽いままで、嫌な予感をようやく感じ取った。
何度も浮上して、ようやく水面に光が見える。
安心しながらも、もがくように泳ぐと、尾びれにまたしても藻屑がついた。
体をくねらせ、藻屑を右手で払う。
何度か払って落ちた藻屑は、仄暗い海底へと沈み落ちていった。
あとは上がるだけ、その時だった。
ピ、ピ、ピ、ピー、と間延びした不穏な合図の音が聞こえたと同時に、右手のリングが音を立てて外れた。
重さが離れた右手が、軽い。
藻屑と共に、リングまで落ちていく。
拾おうとしたそのとき、喉に強烈な違和感を感じた。
圧迫されるような、強い不快感と鈍い痛み。
ここから逃げなければ、そう思い、トリガーをどうにかしようとしたときだった。
起動したはずのトリガーが、爪から骨へと侵入していった。
骨に沁みて、破裂しそうな違和感が首と喉を絞める。
顎を押さえ、指で顔を覆った。
する、する、と、耳の下のエラが消えていくのが分かって、背筋が凍りつく。
こわい、たすけて。
訓練中に負傷するなんて、そんなの許されない。
ぷつん、と見えない何かが切れる感覚がして、覚悟をきめた。
吸収ポットにある脱出ボタンを押して、調査したものだけは逃がす。
水面に素早く上がっていくポットを見て、それから鼻に痛みが走る。
何度触っても、耳の下のエラがない。
圧迫される鼻と喉、耳が詰まるような感覚がして、もがく。
それでも水面にあがろうとする本能には、従った。
あともうすこし、もうすこし、もうすこしと重苦しい感覚から解放されていくのを感じて、水面の光を頼った。


腕に違和感、鼻腔に違和感、そして何より目に違和感。
鼻の中に、鈍い刺激臭が漂う。
両腕を顔の近くに持ってきて、額に当てる。
腕の影の中で、目を開けた。
両腕に、鱗が微塵も見当たらない。
肘あたりにまであったはずの鱗も、鋭利な爪も、水かきも、なかった。
やってしまった、と頭を痛める。
こうなってしまったら、私の場合は相当危ない。
生きるか死ぬか、それくらいにまで弱ってしまう。
弱った体を動かして、どうするべきか。
同期の気配が感じられないところから察するに、ここは船内ではないのだろう。
右手には、リングがついていない。
起きたことは確かに事実だと、追い討ちをかけられた。
白い壁の狭い部屋に、寝ているような気がする。
ここはどこだろう。
仲間が救出してくれたわけでも、なさそうだ。
こんな狭いところに、置くわけがない。
水の中とは違う体の重厚感に、胸が重く感じた。
両腕には、傷がない。
顔に触れても、耳の下のエラが消えているだけで、特に怪我はない。
鼻で呼吸をするたびに、喉の奥が冷たかった。
体が無事なら、ここを出よう。
誰かに見つかる前に、根掘り葉掘り聞かれる前に、ここを出なければ。
上半身を起こして、寝かされている場所から降りようとした。
腰から下に、激痛が走る。
あまりの痛みに、叫ぼうとした。
声が出ない。
掠れて、けひゅ、けひゅ、と虚しい音が漏れるだけだった。
呻こうとしても、喉に力が溜まるだけ。
これまでにないほど、重い体を起こして、少しでも動くと痛みが突き刺さる下半身に目をやる。
怖気を感じながら目にした
あるはずのない足が、あった。
拾い上げた不運の中には、更に不運が転がっていた。








2014.09.04




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