よからぬ瞳






いつもと違うシャツを着れば、今日のシャツ似合っているじゃん、と言う。
普段とは違うメイクをすれば、それも可愛いよ、と言う。
細かいことに気づいては、指摘して、にやにやしている。
本人は、自分の常識の中でやっていることなのだろう。
些細なことに気づくのは当たり前のことで、こういうところに女の人がころっと落ちるのも、目に見えるようだった。
冬島さんには、通り過ぎていく女の子の一人にしか思われていない。
きっと、そう。
この人によからぬ思いを抱かれたい気持ちと、大人の人のよからぬ思いを抱かれたらどうなってしまうんだろうという気持ち。
歯の浮くような思いばかりしていた。
どこかに行く、と言えば一緒についてくる。
部屋の隅で本でも読んでれば、何読んでるの、と聞いてくる。
飲み物を買ってくる、といえば、当真くんがお茶を注文し、テーブルにお金を置く。
その金額を見て、冬島さんを見つめる。
ジュースで、と言ったにやけた口元を、いつかどうにかしてやりたい。
気にする思いは一方的なもので、伝わることがあるといいと少なからず思ってしまう。
冬島さんにとって、私は通り過ぎる一員でしかない。
買ってきたジュースを冬島さんに渡して、少なくとも冬島さんの顔が見える位置に座り込んだ。
お茶を頼んだはずの当真君は、いなくなっていた。
どこかにふらふらと歩いていっても、誰も咎めない。
あのリーゼントは、そういう性分なのだ。
だから、私も文句は言わない。
真剣にパソコンに向かい合ったかと思えば、手元にあるバッグに手を突っ込んで何かいじる。
次は裁縫道具のようなものを弄って、次はビニール袋に入った軽食を取り出した。
私が買ってきたジュースで、軽食を流し込む。
わずかに聞こえる喉の音のために、耳を済ませた。
ばれないように、いや、ばれているだろうけど、冬島さんを伏目のまま見つめる。
胸に、鈍く光るネックレスのような、何か。
それがずっと気になっていた。
「それ」
私がぽつりと言うと、冬島さんはすぐに反応した。
「ん?」
「ドックタグですか?」
自分の胸をつんつんと指して、冬島さんの胸に語りかける。
「違うよ。」
指に挟んでちらりと見せたそれを見るために、ジュースを片手に近づく。
冷えた缶と、爪先の間にはまだ熱が籠もっていた。
ドックタグだと思っていたそれは、鈍い銀色の飾りだった。
「ああ、ほんとだ」
「珍しく見えたのか?」
「男の人がそういうのつけてるの、初めて見たので」
「そりゃー、なまえは洒落っ気ついてないもんな。」
にやりとした口元、よからぬことを常に考えていそうな目。
私は、この人のそういうところが好きで、会話の相手は喜んでしている。
「なまえは歳相応だよ、どう見ても。」
それでも、子供扱いされるのだけは気が引ける。
むっとすると、冬島さんは笑う。
子供みたく怒るつもりも、話題を素通りする器用さも持ち合わせていない。
「それは褒めてるんですか?」
感情を真っ直ぐにして問いかけると、冬島さんは手をひらひらさせて、またパソコンに向き合った。
「ひっかけ問題を出してるつもりはない。」
キーを叩いて、パソコンから視線をずらした。
首元がはっきりと見え、男の人らしい鎖骨が見える。
あの首元の飾りになりたい。
私の視線の底の思いには気づかない冬島さんは、袋の横の、その下にある何かをごそごそと弄った。
先ほどから、パソコンと横にある物々を手にしている。
「なにしてるんですか」
パソコンの横にあるそれに、目を向けた。
気づいた私に、にやりと笑いかける。
冬島さんは軽々とそれを掴むと、私に向けて見せた。
「これを会議室の椅子に仕掛けてみる。」
一見、ただの座布団だ。
なにもないではないか、と目で訴えると、座布団の裏側をひっくり返した。
空気が詰まった袋のようなものが縫いつけてあるのを見て、はっとする。
その上に座ろうものなら、汚らしい爆音が響く。
発想に感心する前に、お得意のトラップを仕掛けて得意気にする冬島さんに呆れて笑いかけた。
「いい歳して何してるんですか」
「いいじゃねえか、プライベートだぞ、気楽にやろうや。」
座布団をぽんぽんと叩いて、冬島さんは笑う。
にやけるだけの、上っ面にしか浮かばない笑顔。
大人になると、本気で笑わなくなるのだろう。
「そうだな。」
思い立ったように、冬島さんはトラップをかけた下品で最悪な座布団と同じ柄の座布団を二枚手に取り、ゆっくり立ちがあった。
同じ柄のものを既に用意してあるのが、たちが悪い。
わくわくするだろう、と言いたげな冬島さんは、まるで少年のようだ。
合計三枚の座布団を持った冬島さんは、面白い人にしか見えず、耐えず笑うと、腕を引っ張られて部屋から連れ出された。
部屋から出ると、日の光が眩しくてつい目を細める。
目を細めた私を見て、冬島さんはにんまりとした。
その何気ない笑顔に、胸が締め付けられる。
なんにもいえない、なんにも伝えられない。
でも冬島さんと一緒にいるのは嫌いじゃない。
むしろ、好き。
私の手首を掴む大きな手とか、大きな背中とか、二の腕の感じとか。
ああ、男の人だなあ、と思う。
同期の隊員は全員子供で、上の人は皆大人で。
こんな状況、なんでもないのだろう。
これくらいで胸がうるさいくらいにどきどきしている私は、まだまだの人間だ。
連れ出された道中、人には会わなかった。
誰かしらに会ってもいいはずなのに、人気のない廊下を察するに、会議室には狙った人物しかいないように思えた。
それこそオペレーターの子がいるか、隊員がいるはずなのに、誰もいない。
下手をすれば徹夜をして眠気と戦っている隊員が廊下に転がっているはずなのに、静けさだけがあった。
会議室の扉の前で立ち止まって、冬島さんが目を合わせる。
人差し指を唇にあて、にんまりと笑う。
これから起こることを、楽しもう。
冬島さんと同じように、人差し指を唇にあてて、にんまりと笑う。
人差し指に、グロスがつく。
グロスのついた指で、冬島さんの手に触れたら、どうなるのだろう。
私からキスしたような手になって、からかわれるか、何だよ、と邪険な顔をされるか。
嫌われるのが嫌で、なんにもできない。
私の頭の中はさておき、冬島さんは会議室の扉を開け、挨拶をする前に先客に向かって声を張り上げた。
「おい、東!」
こちらを見る、東さんと小荒井君は、突然のことに驚いている。
東さんの近くにまで三つの椅子を引きずっていき、椅子に三人分の座布団を置き、即座に座り込んだ。
こういうときだけ、冬島さんはにやけていない。
東さんが座る座布団は、もちろんトラップ入り。
期待だけが募る。
置いてけぼりの小荒井君に、今に君は安心するはめになるよ、と念じる。
どうぞどうぞと手で合図する冬島さんに、笑いを堪えた。
「これ飲んでみてくれ、なまえが買ってきたんだ。」
当真君が飲むはずだったペットボトルのお茶をテーブルに置く。
東さんの顔に「冬島がこんなことを言うなんて、このお茶には何かあるに違いない」と書いてある。
地図を放り出した東さんは、しばらくお茶を見つめた。
「なまえ、本当か?」
「はい」
お茶は確かに私が買ったもので、間違いない。
これから起こる出来事に、わくわくするのは、冬島さんのせいだ。
にやけたい衝動を抑え、なんでもありませんと、いい子ぶった。
数秒、私の顔色を伺った東先輩が警戒を解いて、冬島さんの隣に座る。
東さんが座った座布団から爆音が鳴り、冬島さんは爆笑した。
待ってましたとばかりに、赤い顔をした東さんは私が買ってきたお茶も、トラップのかかった座布団も気にせず、冬島さんに掴みかかった。
置いてけぼりの小荒井君と目を合わせ、掴みかかりのじゃれあいをする大人二人を尻目に、笑った。








2014.09.04



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