冷徹の熱





「脳まで侵食してるのよ。」
入口で、ミラが誰かと話していた。
おそらく、来訪者だろう。
遠くで籠もる声は、いつものように冷たい。
冷静さを聞くに、荒事ではなさそうだ。
緊急事態というわけでもなく、静かに水面下で動くようなことの話。
間違っても、私は知らないほうがいいような話だろう。
透き通るような冷たさを孕んだミラの声は、どこにいても聞こえる。
この時間に来る来訪者というと、隊長さんか、おじいさんか。
はたまた、別の関係者か。
知ることもない来訪者への声に、寝起きの頭が鈍く唸る。
起きたら真っ先にミラの顔を見るつもりだったのに、遠いミラの声で目が覚めるとは、何事だ。
真っ白なシーツと、壁と、ミラが脱ぎ捨てた下着を見て、もう朝が這ってきたことを悟る。
寝起きのまま、ぐるぐるとした目線を閉じて、自分の足を見た。
痩せた足の甲は、不気味なまでに血色がない。
下着だけ身に着けたままの体は、すこし冷えている。
薄い足の色を見つめていると、ミラは何事もなかったかのように戻ってきた。
部屋に戻るなりマントを脱いだところから察するに、私がまだ寝ていると思っていたようである。
入り口から、この部屋までに戻る間どんな顔をしていたかは知らないが、今見えるミラの顔は、普段どおりの冷静な表情。
聞いても答えてくれないのはわかっている、それでも、聞いた。
「誰の話なの」
戻ってきたミラに、そう聞くと、冷たい目が私を見下ろした。
「あなたには関係ないわ。」
枕元にあった、飲みかけの水を飲み干して、グラスをテーブルに置く。
テーブルにある私のマントは、朝の光で照らされていた。
「お腹は空いてないのかしら。」
「まだ空いてない」
「そう。」
ゆらめいた視線は、私の足に移動する。
また同じようにシーツの海に埋もれるように寝転がったミラは、細い指を私の髪に絡ませた。
鼻先で、ミラの指が何度も動く。
「近いうちに、また行くの?」
「そうね。」
「めんどくさくないの」
「否定はしないわ、でも、私の仕事だもの。」
さみしいわ、置いて行っちゃ嫌、かえってきてね、そんな言葉は私達の間にいらない。
いつも、言葉を交わさなくても、気持ちは分かっているのだ。
「なまえは猿の生首なんか、いらないでしょう。」
「いらない」
「話すことは、ないわ。」
冷たいとは思わない。
私に、干渉させたくないだけ。
めんどくさいことは分からないし、分かっていても一々首を突っ込んでいたら、いつか突っ込んだ首が切り落とされてしまう。
無難に生きていると言われれば、そうかもしれない。
話すことはない、そう言ったミラの瞳の奥を覗き込むように見つめると、不意にキスをされた。
ゆっくりと覆いかぶさってきたミラの背中に腕を回し、細い体を抱き留める。
肉感的な太ももに触れて、持ち上げるように尻を掴んで揉むと、触れ合う唇の間に舌が割って入った。
ぬるりとした唾液の味は、覚えがある。
抱きしめた体から、鼓動が伝わるようだった。
他の人が見たら、なんと言うだろう。
汚らしい獣のような女だ、と罵られてしまうんだろうか。
そんな後ろ暗さを、ミラは感じてもいないのだろう。
だって、彼女は強いから。
尻を揉んで、太ももを撫でる。
シーツに跪く膝に触れて、吸い付く唇を甘噛みすると、ちゅという音と共にミラの唇が離れた。
ミラの唇が、唾液で濡れている。
「ミラと離れるなんて、嫌」
「あら、いつから恋人ヅラするようになったのかしら。」
「最初から」
もう一度ミラを引き寄せてキスをすると、しなやかな指が私の胸を揉んだ。
揉まれた部分から、じんわりと広がる暖かさ。
その暖かさから、背筋に走る性欲の影まで、全部受け入れられた。
私に覆いかぶさるミラの足の間に、するりと指を滑り込ませ、秘部に触れる。
ん、という声がミラから漏れて、下着の隙間を割って粘膜に触れた。
特別、濡れているわけではない。
こういうことをする必要のない体でも、快感だけは存在する。
猿だとかなんだとか、聞いたことがある気がするけど、そんなことよりも目先のことを追いかければキリがない。
だから、ここは、軍事国家なのだろう。
堕落すれば、際限がない。
規律や支配を主軸とする世界。
血と快感は似たようなもので、器があっても満たされない。
私とミラの姿を、美しいという人はいるだろうか。
醜かろうが美しかろうが、私はミラが好きで、それだけはなんと言われようとも変わらないだろう。
生産的なものではないから、頭の固い人達は、きっと私達を糾弾する。
そんなこと、なんでもない。
愛を糾弾する資格が、誰にあるというのだろう。
血肉を貶める覚悟のある者が、どれだけいるのだろう。
熱い体が消えれば、行き場のない熱だけがどこかに流れる。
それこそが、醜いのではないだろうか。
愛してるわ、と囁くと、ミラは恥ずかしそうに言葉を塞ぐようにキスをしてくる。
私の指が、ミラの気持ちのいいところに何度も触れると、絡まる舌は余裕もなさそうに動く。
どこが気持ちいいかとか、そこがいいとか、下品な言葉を使わなくても、わかってしまう。
女同士だから、きっとできることであって、間違っても同じことは異性同士ではできない。
静寂の中に性を紛れ込ませることができるのは、私達しかいない。
指先の間に、湿り気を感じる。
ミラが顔を逸らして吐息を漏らし、光るように浮いた綺麗な首筋に口付ける。
首筋は、熱かった。
「はあ、ああ、なまえ。」
ミラが呼んだ、と思えば、するすると絹糸のように動き、ミラは騎乗する体勢になった。
欲望にまみれた瞳を睫毛で隠すように、伏目がちのまま、私の胸の上に乗る。
目の前に、見慣れた下半身が広がった。
艶のある下腹部は痩せているものの、肉感があって柔らかそうだ。
臍下にある快感の底を、ミラと私は知っている。
太ももを支えて、背中でシーツを這うように動き、ミラのそこを舐めるように顔を近づけた。
舌を這わせれば、私の頭をミラが撫でる。
時折気持ち良さそうに、何度か喘いだ。
膨らんだ小さな肉芽に吸い付いて、舌で何度も形を確かめる。
愛液の匂いが、鼻をついた。
女くさい、男が嗅いだらいけない雌の匂い。
舌で肉芽を愛撫すると、ミラは浅く呼吸する。
細い指が、私の髪の毛の間に入り込んで掴み、離さない。
伏目になったり、目を閉じたりして喘ぐミラの顔を、私はただじっと見ていた。
綺麗な顔が、快感に歪む。
もしかしたら、背徳感に歪んでいるのかもしれない。
そんなことはどうでもいい、目先にあるミラの性器を愛撫すれば、ミラの腰が揺れた。
煽るように肉芽に吸い付いたり、舐めたりすると、ミラは何度も腰を揺らして私に懇願の目を向けてきた。
何が言いたいのかは、わかる。
吸い付いた唇の中から、舌で愛撫し続けると、僅かな喘ぎと共にミラが腰を揺らす。
愛液の溢れる肉壷の中に、指を沈めた。
濡れた中に指を二本入れて、根元まで入れたあと、折り曲げる。
指の腹で膣内を愛撫すると、ミラの頬は紅潮した。
擦れば、くちくちと音がする。
指の間と性器の間が、愛液で溢れていた。
膣壁を擦れば擦るほど、愛撫している肉芽は膨れ、頬は更に紅潮する。
声にならない声を、ミラは漏らす。
何度も何度も揺れるたびに、見上げる視界にある大きな胸は揺れる。
随分といやらしい光景だ。
押し付けるように揺れる腰と、艶かしく動く太もも。
作り物のように、ふざけた声を出しながら動くわけではない。
言葉もなく、体だけで触れ合う。
そこから生まれる快感は、言葉よりも深い。
こうなる関係が、男とだけとか、女とだけとか、誰が決めたことなのだろう。
決め事の中で動く私達。
どこかで皆、ずれているのだ。
「ね、なまえ、ねえ、あ、あ、あ。」
何度か揺れるうちに、ミラの唇がぱくぱくと動いて、仰け反った。
ねえ、気持ちいいの、もっと、と言いたかったのだろう。
そんなことは、言われなくてもわかっている。
膨らんだ肉芽を舌で押さえると、ミラの太ももがぴんと張って、肢体からは肉感が伝わる。
落ち着けるように舌を当てたままにしていると、ミラが私を見て、何度も頭を撫でた。
私の口元から移動して、愛液まみれになった唇に、キスをする。
唇を離せば、シーツの上に寝転んだ。
私の隣で、溶けるように肢体を放り出す。
とろんとしたミラの目は、そのまま閉じられた。
気持ちよくなると、ミラはいつも寝てしまう。
快感に締め付けられた体を伸ばそうと寝るミラの肢体を、目で撫でた。
視姦ともいう、誰でも一度はする行為にミラが気づく。
快感の渦中からの色っぽい視線に気づいて微笑むと、ミラは照れる。
汗ばんだミラの額にキスをして、額に生える角を触ると顔を顰められた。
「やめて頂戴、なまえ。」
つんつんと弄ると、むっとされたものの、それどころではないようだ。
腰は落ち着いているようだし、呼吸も落ち着いている。
「船に乗るの?」
ミラにそう聞くと、いつもの冷たい声が返ってきた。
「そうよ。」
髪の間に指を滑りこませて、何度も触れる。
世界で一番、綺麗なミラ。
冷たくて、高慢で、冷徹な人でも、生きていることには変わりない。
生きていれば、性と切り離すことはできない。
ミラの柔らかい体に触れて、満足のいくまで抱きしめる。
この人の熱を、他の人に渡して堪るものか。
「男なんかに靡かないでね」
「最初から、そのつもりよ。」
はっきりと言い切ったミラは、私を抱き寄せてそっとキスをしてくれた。






2014.08.27



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