夏の肌





釣り番組を見る春秋の腕が、小麦色と白に分かれている。
そういえば、一昨日は釣りに行っていたっけ。
シャツを着て、何時間も釣りをしていたのだろうか。
小麦色と白の分かれ目は、面白いくらいにくっきりしていた。
「日焼けしてるねえ」
そう言うと、釣り番組を見つめながら無言で頷いた。
真剣なシーンらしく、ナレーションの声しか聞いていないようだ。
趣味も楽しむためには真面目に学んでいくしかない、それを地で行っているおかげで、春秋は楽しそうに釣りをする。
腕をつつくと、春秋がこっちを見た。
「日焼け止め塗ってるの?」
「塗らない。」
「なんで?」
苦そうな顔をして、足を組みなおした。
裾から見えた足も日焼けしている。
きっと、何時間も何時間も釣りをしていたのだろう。
「男がそういうの塗るとか、なんか抵抗ある。」
よくありそうな常用句。
肌の身だしなみとか、おしゃれとか、全部女のものだと思っている人の言葉。
そういう人に薦めるとなると、わくわくする。
「私の使いなよ、日焼けしないで済むよ」
「いや、いらない。多少日焼けしないと、心配される。」
「誰に?」
「小荒井とか。」
名前を聞いて、ああ、と納得した。
たしかに心配しそうな気がする。
同性から見ても、年上の男性が常に白い肌でいるのは不思議なのかもしれない。
それに、あの小荒井君だ。
夏はボールと共に外を駆け回っているに違いない。
「春秋、ぱっと見は不健康そうだもんね」
ふざけ半分そう言うと、春秋は冗談めかしく、にやりと笑った。
「わかってるじゃないか、なまえ。」
小麦色の肌をした春秋。
夏っぽく髪の毛を後ろで束ねたら、いつも隠れてる首筋が見えるだろう。
すこし考えてどきどきしながら、春秋の首筋に目をやった。
髪で隠れているけど、男らしいうなじと首をしている。
それが日焼けをしたら、どうだろう。
「んー、まあ」
全身日焼けしろ、とまでは思わない、でも、きっと弄り回したくなるくらいかっこいい。
顔まで日焼けして、他の隊員達にネタにされても、面白い。
何より小麦色の春秋が見たい。
どう説得して、全身焼いてもらおうか。
「日焼けしてる春秋も、かっこいいし、いいんじゃない?」
腕をつんつん、つんつん、と何度もつつくと、春秋が不思議そうにした。
不思議そうな顔をした春秋が、可愛い。
わくわくと、弄りたい気持ちが沸きあがってきた。
「ね、脱いでみてよ」
「えー。」
あからさまに困った顔をした春秋が、可愛く見える。
シャツを脱がそうとかかると、ふざけ半分押し返された。
脱いで脱いでと迫ると、すぐに仰向けになってくれた。
腰のあたりに乗っかって、シャツを脱がす。
「脱いでみてよ!見たいの!」
腹に私を乗せたままの春秋が、難なくシャツを脱いだ。
部屋の隅に放り投げられるシャツは視界のどこかに消えていって、目の前には程よい筋肉と、日焼けした胸元が現れた。
鎖骨のあたりが、一番濃く焼かれている。
「いいじゃん、小麦みたいな春秋も好きだよ」
日焼けのあとを、指でなぞると、くすぐったがられて身をよじられた。
それでもと日焼けあとをなぞると、春秋は笑い出して床を転がる。
春秋の体の回転に巻き込まれ、私まで倒れこむ。
倒れこんでも逃がすまい、転がった春秋に覆いかぶさり、日焼けあとはどうでもいいくらいにくすぐる。
脇腹をくすぐると、筋肉の曲線に触れて、楽しくなった。
私を制止させようと、春秋が私に覆いかぶさる。
その隙に、脇腹をくすぐった。
ぶはっ、と笑い出して身をよじった春秋にまた馬乗りになり、またくすぐる。
突然、春秋の腕がくすぐりに耐えながらも私の腰を掴んだ。
軽々と私は床に倒され、足で足をホールドされる。
このままでは身動きがとれす、私がくすぐられてしまう。
本格的なくすぐりと戦おう、そう思ったときだった。
春秋が、私の頭を撫でた。
つい、ちょっかいを出す手が止まる。
頭を撫でられて大人しくなった私を見て、春秋は微笑む。
それから、何かに気づいたように真顔に戻った。
「あ、思いついた。」
「なに?」
「なまえも日焼けすればいいんだ。」
「えっ」
大きな手が、私の肩を撫でる。
指がするりとシャツの隙間に入って、ブラジャーの紐の間に指を挟ませた。
「水着の日焼けあと、見せて。」
優しくそう言われると、私の顔が日焼けをしたあとのように熱くなった。
ブラジャーの紐を弄る春秋の指を感じて、それから悪戯っぽい笑顔に胸が一瞬で高鳴る。
「うわー!ばかー!」
春秋から飛ぶように離れて、私は水着を取りに行った。
前に洗って、畳んで、釣り道具がある部屋にそのまま置いていたのだ。
釣り道具まみれの部屋に突入して、自分の水着を見つけた。
水色に、オレンジ色の柄が入ったビキニ水着。
上にシャツを着ていけば、恥ずかしくもないと思って買ったものだった。
春秋はこれを気に入ってくれて、また着てほしいなんて言ってくれた。
それを思い出して、また着てやろうと思い、釣り道具しかない部屋で服を脱ぐ。
色気もない部屋で全裸になることほど、安心するものはない。
釣竿や、大きめのクーラーボックス、それからよくわからない物。
釣りに詳しくない私には、全部気にならない物でしかない。
密集した釣り道具のおかげで、この部屋はちょっとした密室だ。
鼻歌を歌っても、釣り道具に反響するだけ。
するすると脱いで全裸になり、水着を着た。
透明な何かのボックスに、上半身裸の自分が映った。
軽くポーズをとって、背中のラインを確認する。
体型に変化はないものの、髪が伸びてきていた。
髪をどかすように前にもってきて、ホックをつける。
水着の下は、尻に食い込んで少しだけきつい。
海に入れば生地が緩くなって、ちょうどいい着心地になるのだろう。
当然近くに上に着るものはなく、悪戯半分、水着のまま登場してやろうと思い、結んでいた髪を解いた。
釣り道具の横に脱いだ服をまとめておいて、部屋を飛び出した。
「春秋ー!行こう!」
颯爽と部屋に行くと、何故か諏訪さんと堤君がいた。
一瞬で思考停止した私の目の前で、こちらに気づいた堤君が細い目を見開いて真っ赤になる。
「ぶあ、ちょ!!!」
「はあ?」
堤君の驚きの声に気づいた諏訪さんが、こちらを見て、それから固まる。
口にくわえた煙草が、今にも落ちそうだ。
二人の間に、なんてことない顔をした春秋がいる。
諏訪さんの見開かれた目を見て、部屋の扉の影に隠れた。
「なんでいるの?」
私の震える声に答えたのは、堤君だった。
「いや!あの!今近くに寄ったから!今から東さん誘って今から麻雀しないかって諏訪さんが言い出して!」
何回、今からと言うのだろう。
叫ぶように答える堤君の後ろ頭を、諏訪さんが叩いた音が聞こえた。
思い切り、思い切りオフの姿を見られた。
それも諏訪さんに見られるなんて、正直屈辱の極みだ。
「なまえちゃーん?ごめん!ごめんって、突然来た俺らが悪い!」
声だけで、諏訪さんがにやにやしているのが分かる。
それから、春秋に「お二人お盛んですね」と耳打ちした声も、しっかりと聞こえた。
恥ずかしさと驚きと、さっきの堤君の真っ赤な顔が脳裏に焼きついて、離れない。
「うわー!もー!なんでー!」
水着だということも、既にどうでもいい。
諏訪さんと突き飛ばし、堤君を通り過ぎ、春秋の後ろにさっと隠れる。
日焼けした春秋の腕から、二人をちらりと覗く。
相変わらず、堤君は真っ赤だ。
私と春秋と床を、何度も何度も見つめては目を逸らしている。
諏訪さんが、にやにやしながら手をぶんぶん振った。
「なんすか、その、ガチでお邪魔でしたか。」
「海に行こうとしてたんだよ。」
「ああ、そうでしたか、それは失礼。」
妙に丁寧な諏訪さんに腹立たしさを感じながらも、目を見開いて驚く堤君なんて初めて見たので、珍しさに堤君を見る。
私と目が合うたびに目を逸らしていることから見るに、私が春秋の家にいるのは完全な想定の範囲外だったのだろう。
真っ赤な堤君を見て、諏訪さんが更ににやにやする。
提案、と言わんばかりに、諏訪さんが咥えた煙草を指に挟んで、ゆらゆらさせる。
「なんでしょーか、じゃあ間をとって、海でバーベキューなんてどうです?」
「あ、それいいな。」
納得した春秋の品行方正さに、頭が下がるものの、私は更に春秋の後ろに隠れた。
今度は春秋の腕の隙間から、堤君を観察した。
諏訪さんと春秋を交互に見つめては、私を見て目を逸らす。
自分の体型を確認したけれど、ちゃんと水着は上下着ている。
もしかして、免疫がないのだろうか。
そんなことより肉だ、と諏訪さんが笑う。
「東さんは釣り、俺は肉、なまえちゃんは泳ぐ、いいんじゃね?」
「肉って、おい、まだ昼だぞ・・・。」
堤君の呻きに、諏訪さんが笑う。
「いいんだよ、堤は肉調達係な!」
「なんすかもう!!!」
真っ赤な堤君は、何もかもに対してやけくそな感じだ。
春秋を見ると、気の抜けた笑顔をしていた。
体ごと振り向いて、春秋が私に問いかける。
「バーベキュー、どうする?行く?」
優しく頭を撫でられて、よしよしと構われた。
体で私が見えないようにしてくれているおかげで、不抜けた顔をしてしまう。
何度も撫でられて、顔をしかめると、鼻を触られた。
「やめる?嫌?」
「行く」
「じゃあ、行こうか。」
おでこから頭まで、丁寧に撫でられて、それから軽くおでこにキスをされた。
ひゅー!とヤジを飛ばす諏訪さんを見て、恥ずかしさに春秋の後ろにまた隠れる。
春秋は、諏訪さんに、それはもう丁寧に笑いかけた。
「諏訪、お前は車の運転な。」
「俺っすか!?」
「当たり前だ。」
「んーじゃあ、まず七輪とか、そういうの買いに行きます?」
「そうするか。」
不満そうな顔はせず、へいへいと言って諏訪さんは煙草の匂いを残して部屋を去った。
それを追いかけるように、堤君も部屋から去る。
二人がいなくなったのを確認してから、そっと春秋の後ろから出た。
私を見た春秋は、にっこりと笑いかける。
「水着、似合ってるよ。」
「ありがと」
春秋に抱きつくと、あやすように抱きかかえられた。






2014.08.10






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