咥えた口にぶちまけろ





ドアをノックして、声を待つ。
声は、しない。
廊下を見ても、誰もいない。
部屋を間違えたかと思い、先輩の言葉を思い出す。
ここが最近寝泊りしている隊長の部屋だ、ここに行け、と言われた。
新入りは一度個人面談のようなことをする、と言っていた。
先輩の言うことに嘘偽りはないはず。
おそらく部屋からは酒と煙草の甘ったるい匂いが漂っている、と言われた。
部屋も、ここで間違っていないはずだ。
別の人の部屋ならば、謝らなければならないし、また隊長を探さないといけない。
どうしよう、と立ちすくんでいると、勢いよく扉が開いた。
頭を反らして、扉との衝突を避ける。
扉を開いたのは、髭を生やした男性だった。
私の出で立ちを見て、それから私一人だということを確認するように周りを見渡した。
中年男性に見えるが、どうも一々の動きがしっかりしている。
ということは、この人だ。
「新入りか。」
歳を取った男の人の、低い声。
「はい」
アッカーマン隊長、なまえと申します、と言おうとした。
その私を遮り、アッカーマン隊長は不味い酒でも飲んだかのような顔をして、私に向かって呻く。
「なあーんだ、ガキみてえなツラしてんじゃねえか。ほんとに新入りか?」
むっとする気持ちを堪え、敬礼する。
頭を下げ、上げてから、名乗った。
「はい!なまえです!」
私の声を聞いて、隊長は顔を顰めた。
怖い顔をされてしまい、背筋にある緊張の糸が張り詰める。
私の声はまだ子供のような声だ。
髪も、入隊のために短く切り上げた。
隊長は少年だと判断していたのだろう。
しばらく私を見つめ、目、顎、それから喉を見た。
そして手を見る。
睨まれているわけではないのに、緊張が走る。
時間にしては数秒だろうけれど、背筋に張り付いた糸は張ってしまい仕方が無い。
「ふん、まあいい。」
隊長の呆れたような声で、糸は緩んだ。
こっちにこい、と手で合図され、部屋に踏み込む。
部屋の中は荒れていなかったものの、テーブルの上には酒と煙草の残骸がある。
甘ったるい、酒と煙草の混ざった匂い。
嗅いだことのない匂いに戸惑いながらも、部屋に踏み込み、隊長は私を頭の先から爪先まで眺めた。
きっと、私の性別がよくわからないのだろう。
何も言わない隊長、何も言えない私。
先輩は、部屋に行けと言っただけで、何をするかまでは教えてくれなかった。
一体、なにをするのだろう。
私は酒も煙草も、やったことがない。
もしかして、通過儀礼のように酒と煙草をやらされるのだろうか。
酔っ払って嘔吐でもしたら、入隊取り消し、強制送還。
そんな未来を想像して、ぞっとした。
「それで、あの・・・」
「ああ、呼び出した理由だろ?」
不安たっぷりな顔をすると、隊長はぱっと笑った。
でも、目が笑っていない。
鋭い眼光だけは、そのままだ。
隊長は酒と煙草の残骸があるテーブルとは逆の方向に歩みだし、もう一つの部屋の扉を開けた。
その部屋は、薄暗くて、すぐに見えたのは大きなベッドだった。
二人、いや、三人は寝れるであろう大きなベッド。
ベッドの横には、隊長の寝巻きと下着と思われるものが散乱していた。
部屋から、埃のような、またしても嗅いだことのないような匂いがする。
本能的に歩みを止めると、隊長はまた笑った。
「何びびってんだよ、ガキとヤる趣味はねえ。」
おじさんらしい下品な言葉を飛ばされて、負けじと部屋に踏み込んだ。
私が部屋に入ると、背後ですぐに扉の閉まる音が聞こえて、隊長は近くの椅子を引っ張ってきた。
その椅子を、小さなテーブルの側に置く。
テーブルには既に椅子がひとつあって、その上には銃が三つあった。
どれも真新しいもので、埃は被っていない。
隊長は、椅子のひとつにどっかりと座り込んだ。
眼光が私に向けられる前に、椅子の背を掴む。
恐る恐るもうひとつの椅子に腰掛けると、隊長はテーブルの下からカードを六枚取り出した。
六枚のカードを、テーブルに散らばらせる。
「俺なりの歓迎だ、受け取れ。」
「はい」
「ルーレットだ。」
隊長の節くれた指が、カードを指で引いて回す。
するするとテーブルの上を這うカードには、埃がついていた。
予め、用意してあったのだろう。
きっと、これが隊長なりの新入り試しだ。
構えていると、六枚のカードはバラバラに回されたあと、均等に並べられた。
「六枚のうち、三枚は魔女のカード、二枚は騎士のカード、一枚は悪魔だ。」
カードを、見つめた。
見ただけでは、どれがどのカードか分からない。
柄は古ぼけているけれど、傷はなかった。
「悪魔のカードを引いたら、こん中の銃を一つ選んで、咥えろ。」
隊長がテーブルにある三つの銃を指差して、手を銃のような形にする。
その手を私の口元に持ってきた。
「しゃぶってもいいが、そのあと、引き金を引け。」
今一度、銃を見た。
真新しい銃、どれも威力がありそうだ。
当然、人が一人簡単に殺せる品物。
銃を見ていると、隊長は顰めて私に囁く。
「弾が入った銃は一つだけだ。」
動けない私を見て、隊長は黙り込む。
ただ、ずっと、私を試している。
「アッカーマン隊長、一体、なにを」
なんとかそう言うと、隊長は腕を組んで偉そうにした。
まだ酔っているのだろうか、目が重そうだ。
「運試しだよ、運がない奴はいらねえ。」
「私は、訓練でヘマもしていません、新入りの中での成績は上です」
運、と聞いて、胸がずっしりと重くなる。
そんなものが、隊員に必要なのか。
隊長は私の言い分はどうでもよさそうに、鼻で笑い飛ばした。
「まあーこういっちゃ、不満だろうけどな、運も大事なんだよ。」
生き残るためには、実力よりも大事なものがある、そう言いたいのだろう。
隊長は、私を試している。
組んだ腕を解いて、にっと笑う。
「さあ、スタートだ。」
六枚のカードを、訳もなく見つめた。
まるで果物を強請る子供のように、ただ見つめた。
このカードは、果物でもない。
もしかしたら生死を分けるかもしれない、猛毒だ。
見つめて、勘を研ぎ澄ませる。
どれだ、どれだ、魔女でもいい、騎士でもいい、とにかく、どれなんだ。
勘がこれだ、と言ったカードに目をつける。
穴が空くほど見つめて、そっとカードに触れた。
テーブルの冷たさまでもが、指から伝わるようだ。
首のあたりから血の気が引く。
そっと、カードを引いて、裏返す。
引いたカードは、悪魔だった。
「おいおい、なんだよお前、ゲームにもなっちゃいねえ。」
隊長の声が脳に響く。
ぞっとするような寒気と、三つの銃が、突然襲い掛かるような恐怖に襲われた。
恐れを振り払い、隊長と向き合う。
「ほら、好きなの選べ。」
隊長が指を差した三つの銃。
この中の一つは、引き金を引いたらドカンだ。
ここで死ぬかもしれない。
心臓の音が聞こえそうなくらい、脳が研ぎ澄まされる。
次の勘は、失敗してはいけない。
もし失敗しようものなら、私という存在が消し飛ぶ。
三つの銃を、よく見た。
どれも同じように見えるものの、真ん中の銃は特に真新しかった。
一番左の銃は、銃口が傷ついている。
一番右の銃には、引き金部分に誰かの指紋があった。
指紋が見えるくらい、そこだけ汚れている。
どこからか、持ってきたものなのだろう。
新入りがいる、貸せ、弾は抜け、そんな言葉がふと頭を過ぎる。
勘を頼りに、そっと一番左の銃を手に取った。
口を開けて、重苦しい銃口を加える。
唇が、銃に触れた。
もしここで死んだら、この隊長に憑いて、それから己の運の無さを呪おう。
そう思って、隊長の目をしっかりと見た。
隊長は、私を見据えていた。
死んだら、顔中至るところから血が噴出すだろう。
だったら覚悟は決まっている。
噛み締めれば、歯が悲鳴を上げた。
死んだら、歯もふっ飛ぶ。
後片付けなんか、考えなくていい。
引き金を、引いた。
カチ、という音が喉から脳髄に響いて、鼓膜を震わせる。
それだけで、何も起きなかった。
舌に圧し掛かる重い味が、唾液で薄まる。
生きているのか、と安堵し見開いた目には、涙が浮かんだ気がした。
隊長はにっこりと笑い、私の肩をぽんぽんと叩く。
「なまえだな。」
ようやく隊長の目から鋭いものが消えて、ただの気前のいい笑顔になった。
もしかすると、私がそういう幻覚を見ているだけかもしれない。
悪魔のカードを引いても、最後の最後で運がついていた。
「よし、なまえ!お前は運がいい!」
差し出された手を、握り返す。
強い力で握り合った手、乾いた手と、私の細い指。
「よろしく、新入り。」
「はい、アッカーマン隊長」
「ほんっとにガキみてーな顔してんな、なまえ。チビって呼んでいいか?」
頭をぽんぽんと叩かれ、むっとする。
隊長は膨れた私の頬をつつき、バーン!と叫んだ。
その声にびっくりすると、隊長は笑った。
「やめてください」
「冗談だよ、ははは!」
冷や汗はまだ止まらないが、なんとかやっていけそうだ。







2014.08.10





[ 31/351 ]

[*prev] [next#]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
×
- ナノ -