包装






私に構ってくれない、丁寧な指先を見つめる。
短い爪と、骨ばった手。
丁寧に見えるのは、手を動かすことに慣れている手つきだから。
指と手の動きを、目で追う。
ソファから見る春秋は、黙っていれば、ただの大人。
真面目な人じゃないと、細かい作業はできない。
たぶん、前に仕上げた論文の見直しと何かの確認だろう。
院生のプライベートに突っ込んだことのない私は、黙ってそれを見るだけだ。
見せてと言ってもいいのだろう、でも、見る気はしない。
黙って勤めるような背中と、横顔。
椅子に座ったときの、膝下のかんじとか。
下を向いて髪の毛先が顎のあたりを隠したときの影を差した顔とか、とても好き。
放っておくと、ただの大人にしか見えない。
隊長をする人の、風格。
「今度、ボーダーの子と遊ぶんだ」
紙の音しかしない部屋で、呟く。
相槌が飛んでくる前に、名前を告げた。
「小南桐絵って子」
名前を聞いて、春秋がこちらも見ずに反応する。
「あの子か。」
「知り合い?」
「まあ、そんなものかな。その子の師匠を、よく知ってる。」
広いようで狭いところの中だから、繋がりがあってもおかしくない。
でも、どこか、知り合いだと聞いて頭の中が重くなる。
「ふうーん、知り合いなんだ」
意味ありげに言うと、ようやく春秋が私を見る。
「なんで?」
単純な疑問を投げてきた春秋に、悪戯っぽく打ち明ける。
「桐絵ちゃんと遊ぶんだけど、なまえの彼氏に会いたい!って言われちゃった」
膝を抱えて、試すように笑う。
わざとらしい仕草をしても、春秋はからかうことをしない。
それは、私がまだ子供のような考えをしていることを知っているからで、それを叱るほど私に踏み入ることもしないからだ。
話題を流されてしまうか、それとも食いつかれるか、と見ていると、春秋は私以上に意味ありげに考え込む。
腕を組んで、虚空を見つめるような目をしたあと、伏目になって、目を閉じる。
うーん、と考え込んだ春秋が、聞こえるか聞こえないかの声で呟く。
「あの子、なまえの彼氏が誰かって知ってたはず。」
「え」
一瞬、聞き捨てならないことが聞こえた気がしたけれど、春秋はすぐに笑顔になった。
「問題ないよ。」
同行はできそうだ、よかった、と安心して、笑顔の春秋に食ってかかる。
「春秋ってさあ」
「ん?」
眠そうな笑顔を小突きたい気持ちを抑えて、抱えていた膝をまっすぐに伸ばす。
「外に出るの、好きなの?」
まるで、ひきこもりなのかどうかを聞き出すような下劣な質問。
ふざけ半分だということを匂わせるために、わざとにやつく。
「嫌いではない。」
「そうよね、嫌いなら釣りに行かないもんね」
あっさりと答える春秋に、いつも通りの気を感じる。
まっすぐに伸ばした足に向かって体を崩して、指先を爪先にくっつけた。
「言いたいことは分かる。」
体を伸ばしたまま、顔だけ上げて訴える。
「いいや、分かってない」
椅子に座る春秋の足元を目指して、四つん這いになって近寄った。
伸ばしたばかりの足が、曲がる。
犬か何かのような自分に、自分自身がすこしだけ呆れた。
四つん這いになって春秋に近寄ってから、足元に座り込む。
手を伸ばしてすぐ届く距離にある服の端を、くいくいと引っ張る。
「似たような服ばっかり着てる」
足元に座り込む私を、春秋は残念そうな目で見る。
「そっちか。」
部屋で着る服にまで言及するつもりはない。
服装に無頓着というほどでもない、でも、とにかく服装が大人しいのだ。
言いたいことを言うためには、こう言わないと段取りも掴めない。
「まさか、服を買いに行く服がない!なんて言うんじゃないでしょうね」
「海に行くための服はあるよ。」
「あああ!もう!」
椅子を掴んで立ち上がって、春秋の横に立つ。
こうして近くに立つと、さらさらした髪の分け目が見える。
「もう少しお洒落とかさあ」
シャツの襟を掴んで懇願すると、春秋は何故か得意気にした。
「大学院と海を往復する服があればいい。」
「だめ」
本当は駄目でもなんでもない。
春秋も、大人をからかおうとする気持ちは伝わっているのだろう。
大学院と海であって、そこに家は含まれていないのかと聞きたくなって、すぐに春秋が冗談を言っていると分かった。
「スパンコールでも着ようか?」
口元を上げて、にやりと笑う。
ふざけたときにだけ見せる、珍しい笑顔。
珍しく春秋がふざけたことを言ったけれど、意地でも笑う気にはなれず、ぶすくれて春秋のおでこをつつく。
構われた猫のように目を細める春秋に、強請る。
「こう、それらしく、お揃いのものとか」
言い終わることもできず、おでこをつつきながら赤面してしまう。
伝えたいことが、随分と回り道をして辿りつく。
ようやく会話の意図が見えた春秋は、気が抜けたように笑った。
「買いに行く?」
「うん」
ぶすくれる私に、優しく微笑みかける。
他の人から見たら、春秋は子供をあやす大人のようにしか見えないだろう。
「何が欲しいの?」
「お揃いのピンクのズボンがいい」
途端に春秋が真顔になって、私のお願いを拒んだ。
「なまえ、頼む、それはやめよう。」
「なんでーーー!」
急に真顔になってしまい、お願いを拒まれ、思わず春秋の肩を揺する。
揺さぶられる春秋は、半分笑っていた。
それでも、さすがにピンク色のズボンは嫌なようで、手で私を拒否する。
「お揃いのアクセサリーにしよう、な。」
妥協を提案した春秋を揺さぶるのをやめて、仕方なく肩から手を離す。
お揃いのアクセサリー、指輪だろうか。
同じものを身に着けて桐絵ちゃんに会う。
それも悪くない。
「わかったあ」
もちろん、悪くない。
思い通りにならないだけで、ふてくされる子供のような声を出す。
ふてくされて近くにあったクッションを掴んで寝転がると、春秋が椅子から立ち上がって部屋の隅の棚のほうへと歩いていった。
財布を取りに行ったのかもしれない。
それなら外出する準備をしようと思って、むくりと起き上がる。
掴んだクッションが、へこんでいた。
柔らかいから、すぐに元に戻る。
元の場所に戻して、立ち上がって伸びをした。
こき、と鳴った背中に僅かな運動不足を感じて、腕をゆっくりと下ろす。
もし出かけるなら、髪くらい整えないといけない。
座り込んだり寝転んだりしてばかりで気づかなかったけれど、シャツの裾が随分と捲れていた。
見られて恥ずかしい気持ちは、十分にある。
手でシャツの丈を直していると、背後に春秋の気配がした。
「はい、なまえ、あげる。」
振り向くと同時に、目の前に何かを差し出された。
私の目の前に突然現れたそれは、明らかに何かが入っているであろう、包装された袋。
春秋が差し出した、包装された袋を受け取る。
「なにこれ」
見ただけでは、バレンタインにあげる友人へのチョコレートの包装にそっくりだ。
この感じは、春秋が一人で包装したに違いない。
妙に丁寧な結び方をされたリボンが、掴みどころの無い謎の手作り感を放っている。
途端に珍妙な何かにしか見えなくなってきたそれを、おそるおそる開けた。
中には、縦長の小さな箱が入っている。
それを取り出して、手には袋を握り締めたまま、箱を開けた。
箱には、小さな白い石がついたブレスレットが二つ入っている。
よく見れば、これは真珠だろうか。
随分と細かい作りのものに見え、なんだろうと見つめていると、渡し主の恥ずかしそうな声がした。
「ちょうどいいかな、これ。」
「は?え、いつこんなの」
「いや、釣り仲間の伝でいいのが手に入って、こういう風に加工してもらったんだけど、な。」
春秋が、決まりの悪そうに目を逸らして、照れくさそうに笑う。
「渡すタイミングが・・・なかった。」
唖然とする私を放置し、春秋が丁寧な手つきで私の手にブレスレットをつけた。
残った一つは、春秋の手にはまる。
なんとか手から落ちない程度のブレスレットのサイズに、ときめく。
いつ、手首の大きさを測ってもらったのか。
メジャーを持って体のどこかを測られたことは、ない。
もしかして、手の大きさを覚えていたのだろうか。
いつ手を握ったか、とか、そんなことを思い出して、ぐるぐるする。
袋に埃は被っていない。
長い期間放置されていたものではなさそうだ。
それでも、渡すタイミングがなかった、とは何の言い訳だろう。
ということは、私がお揃いが欲しいと言った今になって思い出したのだろうか。
嬉しいやら恥ずかしいやらで、春秋に飛びつく。
「なんなのよ!このおでこ!サラサラヘアー!」
春秋にアタックするように抱きつけば、私の顔が真っ赤なのは見えない。
勢いよく飛びついても、しっかりと受け止められる。
その拍子に抱きかかえられてしまい、一瞬浮いたように感じた。
「額は関係ないだろう。」
「でこすけ!」
「なんだ、その名前。」
足をぶらぶらさせて、私を抱きかかえる春秋を見つめる。
優しそうに笑う春秋も、すこしだけ赤面していた。
「嬉しい」
ぽつんとそう言えば、頬をつつかれて、軽くキスをされた。
頬に触れた春秋の唇が冷たく感じるくらい、目の辺りに熱が集中している。
「似合う?」
手首を見せてそう言うと、またいつもの眠そうな顔に戻ってくれた。
「もちろん。」
お揃いのものが思わぬところで揃い、子供みたく春秋に甘える。
しばらくは、このブレスレットを身に着けていたい。








2014.08.03




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