謳歌せよ恋心




ライナー誕生日おめでとうの敬意





遠目に見て、かっこいいな、と思った。
遠くにいるライナーから目を離すこともできず、ただ見つめていた。
今にして言えば、一目惚れだったのかもしれない。
現を抜かすなと自分に言い聞かせて、恋心を押し込めるように、同期の女の子とつるんでいた。
黒髪でおさげの、ミーナと頻繁に話すようになれば、次はミーナがよく話しかけているアニという女の子とも話した。
女の子同士で話すのは楽しい。
そのうち、ハンナはフランツといい雰囲気になっていた。
羨ましくないわけではない。
遠い遠い、それは夢のようなものだと思っていた。
そのうちに気づいた。
アニとライナーは、たまに二人で内密そうに話し合っている。
あの二人は、と、その先を言葉にもせず心の奥が痛む。
苦しい痛みではない、知りもしなかった痛み。
訓練で痛い思いは慣れっこなのに、どうしてこんなことで痛まなければならないのか。
和らげたかった、そのつもりで、ミーナと同様アニと行動するようになって、わかったこと。
アニとライナーと、それから、背の高い人。
あの三人は同郷らしい。
なんだ、と胸を撫で下ろした私が、紛れもなくいた。
安心しきった私は、ミーナと共にアニにくっついて泥だらけになっても疲れても、ライナーを見たときの胸の痛みなんか忘れていた。
忘れていたのに、どういうことだろう。
アニと寮内をうろついていたら、出くわしたライナーとアニがそのまま話し込んだことがあった。
数歩下がって、会話の内容は聞かずに、アニが振り向くのを待つ。
胸が、きゅっと締め付けられる。
背が高くて、年上で、兵士としても申し分なくて、兄貴分で、たまに鼻から飲み物を噴出しているけど、それは愛嬌。
アニと話すライナーを見つめられず俯いていたとき、ライナーは私の気持ちなんか知りもせず「おい、どっか悪いのか?」と声をかける。
初めて声をかけられて、真っ赤になる私の首から上。
耳まで熱い顔をライナーに向けて、声も出せずに立ち尽くしていると、後ろ目でこちらを一瞥したアニはようやく気づいた。
鼻で笑ったアニに、冗談半分で絡む。
アニの後ろにいる女が、真っ赤な顔で俯いていれば、なんだろうと思うのは自然なこと。
ライナーは、気づいてなんかいない。
気づかれたら、私がどうにかなってしまいそうだ。
「おい、アニ。もしかして風邪引いた奴を連れて行くところだったか?邪魔したな。」
やめて、アニ、気づかないで、このままじゃ、私の血が沸騰しそう。
振り向いたアニは口元を少しだけ吊り上げて、笑っていた。
冷たさに差し込んだ笑顔に、可愛いなと思う余裕もなく、頭に血が昇りすぎて腕が寒くなる。
「そうなの、私、早く寝たいから、救護室まで連れて行ってくれない。」
「なまえ、行くぞ。」
ライナーが近寄ってきて、私の腕を掴む。
全身が、火でも当てられたかのように痺れた。
掴まれた腕に引かれるがまま、救護室に連れて行かれそうになる。
頭だけ、ごろんと落ちてしまいそうなくらい、熱が集まった。
何度も、大丈夫だから、というと、ライナーは手を離して、まじまじと私の顔を見た。
「大丈夫か、顔が真っ赤だ。無理でもしたか?」
「風邪じゃないの」
「じゃあ、どうしたんだ。」
いつもの廊下なのに、足の裏から冷たさが淀んでくる。
足の先から冷たくなって、それから、頭の中から熱が上がる。
「ライナーのせい」
「は?」
ぐるぐるになった私の体の熱は、服すら冷たく感じさせた。
目の前にいる、憧れの人。
不思議そうに私に尋ねる。
「俺が何かしたか?」
言葉が詰まって、それから声が出た。
「ち、ち、ち」
吃音のような、ひどい声。
なんとか言おう、勘違いさせてはいけない、大好きな人に悪い印象を与えてはいけない。
「近くで見ると本当にかっこいいね・・・」
振り絞って出た声は、掠れて上ずっていた。

「おい、なまえ。それじゃ駄目だ。」
薄汚れた雑巾で窓の縁を拭いていると、大きな手が雑巾を取り上げた。
「他の雑巾、取りに行くぞ。」
少しだけ微笑んだライナーが、来いと手で合図してくれる。
私はそれに、ひょこひょこついていく。
上ずった声で伝えた思いは、悪い印象を与えることはなく、あの出来事以来なんとなくライナーとの距離は縮まっていた。
本当はなんにも変わっていない。
接する機会が、なんとなく増えた。
一緒に食堂に行ったり、話したり、休憩時間は周りの人を交えて話す、その程度。
コニーには、お前ら最近仲がいいな、なんて言われたし、ミーナには気づかれた。
そういうときは、温かい気持ちになる。
こうしてライナーの後ろをついていくだけで、胸が温かい。
側にいるだけで、優しい気持ちになれる。
みんなのお兄さんは、私のお兄さんになっていくような気持ちだった。
背中ばかり見ていると、ふと後ろを見てくれたライナーと目が合ったので、いい子ぶって微笑む。
ライナーも笑い返してくれた。
倉庫に到着する頃には、使えそうな雑巾探しに耽っていた。
どうやっても、物が足りないことがある。
使えそうなものを確保して、埃っぽい倉庫から一足先に出て、深呼吸した。
お昼から僅かに過ぎた時間は、当番以外は自由行動ができる。
もし今日が当番じゃないのなら、ライナーと話してただろうな。
背伸びをして、呻く。
腕を下ろしたとき、明らかに私ではない呻きまで聞こえた。
苦しそうな声と、たまに聞こえる、がた、という音。
誰かいるのかと隅から見れば、影が重なっていた。
影のあとを、目で追う。
重なる体、見覚えのある顔、聞いたこともないような声。
たしかに見覚えのあるその影の主のうち一人は、ハンナだった。
ということは、後ろ頭しか見えないもう一人はフランツだろう。
見えたものの衝撃に動けず、立ち尽くしていると、何気なしに背後からライナーが覗いた。
当然、同じものが見えている。
ここで一体どう出るか。
一体、どんな顔をして、この光景を見ているのか。
恐る恐る見たライナーの顔は、真っ赤だった。
なんと意外だろう。
余裕で笑って済ませると思っていたのに、私と似たような反応をしている。
ライナーが急に、近くに感じた。
「あいつらって・・・。」
「ハンナはフランツと付き合ってるよ」
物陰に身を寄せると、ライナーまで縮こまるように隠れた。
耳まで赤いライナーが、平静を装うと必死なのがわかる。
「それは知ってるけどよお・・・。」
額まで赤くしたライナーが、可愛らしく見えた。
「ここって、こういうとこだったのか?」
人気のない倉庫の裏。
人数分の掃除用具が足りないときだけ、ここにくる。
足りないということが、まずないので、やはりそういうところなのだろう。
「多分」
適当な返事をして、気まずさを取り払おうとした。
「ライナー、は、さ」
喉から、するすると言葉が出てくるように、ライナーに質問をする。
「したことある?ああいうの」
「ねえよ。」
「え、意外、してるかと思ってた」
俯いたライナーが、私を見て、また地面を見つめる。
組まれた腕が、逞しい。
「男の人が好きとか?」
「んなわけあるか。」
否定したライナーの荒っぽさに、多少の不快感を与えてしまったことに気づく。
そこを否定するということは、そういうこと。
急に、私の胸はドキドキし始めた。
前とは違う、別の高鳴り。
顔を赤くしたライナーは、ここで見たことを忘れたいに違いない。
きっと、忘れたくて仕方ない。
ライナーの心の中は、隙だらけだ。
私は、悪い女なのかもしれない。
「したいの?」
そう言った唇で、今なら何でもできそうだった。
しばらく無言になったあと、ライナーはぶっきらぼうに呟く。
「まあ、な。」
「誰と?」
意地悪な質問をして、それから、胸がどきどきする。
「私、変なことを言いたいんじゃないの」
「何が言いたいんだ。」
「あれじゃなくても、私には、好きな人がいるの、だから」
ライナーの、瞳だけを見つめる。
思いを伝えたら、このまま死んでしまうかもしれない。
いつかぽきんと折れて、私は死んでしまっても、思いだけが残ってしまうなら、伝えたほうがいい。
「好きな人と、側にいたいなって」
憧れの人は、私の目の前にいる。
「私は」
真実を囁こうと震える私の唇に、ライナーの唇がそっと触れた。
耳の中から、湧き上がるように聴こえる心臓の音。
そこから先は、言えなかった。










2014.08.01





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