我侭よ平静であれ





「海?」
春秋の膝にまとわりついて強請ると、聞き返される。
私の喋り方が悪いわけでも、春秋の耳が悪いわけでもない。
唐突に強請りだした私に対する、何らかの疑問だ。
「プールでもいい」
私がそう言うと、読んでいたグルメ本から目を離して、私を見た。
グルメ本は丁度、民宿のページだった。
釣りとか、海産物について書かれている。
美味しい天ぷら屋さんでも見つけて、また行くのだろうか。
いいところを邪魔して、春秋の膝にまとわりつく。
「行きたい」
膝の上に顎を乗せて、わざと不満そうに言うと、春秋の手が私の鼻をつついた。
反射的に顔を顰めると、笑われる。
大学院の勉強があって行けない、とか、本が読みたいから行けないとか、そう言われると思った。
たまにある休日くらい、ゆっくりしたい。
故の我侭であって、聞き入れてもらえるとは、思ってもいなかった。
「いいぞ、行くか。」
予想は軽々と裏切られ、珍しく私の誘いに乗った春秋の顔を穴が空くほど見つめた。
面白そうに私の頬をつつく春秋を押しのけて、出かける鞄を探す。
お気に入りの白い鞄とポーチを用意して、ヘアゴムを手にとって、髪を整え直した。
出かけるのなら着替えようとクローゼットに走って、中からワンピースを何着か取り出して、ああでもないこうでもないと悩んでいると、春秋が不思議そうにした。
「そんなに嬉しいのか?」
「だっていつも勉強ばっかりしてるじゃない、それに、春秋は隊長さんでしょ」
これじゃない、これじゃない、と服を選んでいる鏡越しに、ふと春秋の寂しそうな顔を見てしまった。
気まずいことを言ってしまった、と思いつつも、わがままなふりを今更変えるわけにもいかない。
「怖いときは、いつもいないじゃない」
警報が鳴れば、春秋はすぐにいなくなってしまう。
ただでさえ、いないことが多い。
それに加えて、春秋には大学院もある。
一緒になる時間は、とても少ない。
「このエロ本すらない部屋に!私一人になる気持ち!」
このワンピースにしよう、と思って体に合わせたまま春秋のほうに振り返ると、コーディネートの感想より先に私の何気ない発言に対する答えが返ってきた。
「あるぞ。」
「え」
お出かけするのだから、と合わせていたワンピースが一気にどうでもよくなる。
春秋は、至って普通だ。
いつもどおり、さらりと何でもないことのように言っている。
「どこ!?」
ワンピースを握り締めて部屋の中を見渡しても、そんなものは見える気配もない。
私の反応が面白かったのか、春秋はにやりと笑った。
「なまえが見つけたら、海に行こう。」
そんなもの、この部屋の中で見つけたこともない。
目立つものがない春秋の部屋に、そんなものがあるのか。
いちいち部屋を探っていないから、見つけていないだけかもしれない。
巧妙に隠されているものが、あると判明した今、探さないわけにはいかない。
ワンピースはあとにして、クローゼットのドアを閉める。
「探すしかないでしょう!」
ベッドの下に頭を突っ込んで、古びた参考書の山に頭を当てる。
目立ったものはなく、薄暗いベッドの下には難しい本しかなさそうに見えた。
使わないものをベッドの下に入れる性分だと気づいて、早速予想が外れる。
「真っ先にそこにいくか・・・。」
思いつくような隠し場所には、隠していない様子だ。
テレビの裏、棚の横、テレビの下の棚の中、引き出しの中、机の上、見れども真面目そうに整頓されて質素なものばかり出てくる。
棚の中を荒らす気にはなれず、開けて見える範囲で見れるものを見た。
クローゼットをもう一度開けて、もしや服の間に隠していないかと確認する。
「東隊長!なまえ二等兵です!現在いかがわしい物を捜索中であります!」
「二等兵ってなんだ。」
「狙撃するであります!」
「何をだ。」
服の中を漁れば、随分前に春秋とデートしたときに着たシャツが出てきて、顔が赤くなる。
念入りにお洒落をして、春秋先輩、と呼んでいたときもあった。
それが今や、こうしてエロ本を漁っている。
どういうことだろう。
そして、探せども探せども、見つからなかった。
「ない」
私が残念そうに呟くと、春秋は鼻で笑った。
「どこにあるのー!むっつりすけべー!」
ふりだしに戻るように春秋の膝にまとわりついて、お腹をぺしぺし叩く。
春秋を叩いても何も出てこないことは分かっている。
悔しくて頬を膨らませると、風船でもつつくように頬をつんつんと弄られた。
「見つけられないなら、行けないな。」
「行く」
「それなら、見つけるといい。」
敗北感を感じる前に春秋の膝から離れて、再び部屋の中を捜索した。
絶対、どこかにあるはずだ。
嘘をつく人ではないし、からかっているのなら、今頃ねたばらしをされて私は床に転がって拗ねているだろう。
どこかに、どこかにあるのは間違いない。
春秋のグルメ本が机に散乱しているのを見て、思う。
あんな風に本を散らかすことは、滅多に無い。
それも今は長時間に渡って読んでいたから、ああなっているだけ。
それなら、そういう本は整理整頓して、見たいときに確実に手に取れる場所にしかないはず。
机の上、積まれた本の数々に、ふと視線が滑り込んだ。
「わかった」
いかにも論文を書いています、と言いたげな机の上に積まれた本の横、その隙間に目を光らせた。
積まれた本の側に歩み寄っただけで、春秋は声を漏らした。
「あ。」
実に間抜けな声だ。
この声とこの反応を、待っていたのだ。
積まれた本の隙間と隙間に、僅かに挟まっていた本を引っ張り出す。
わけのわからない単語と、何かピンク色の文字で書かれた、いかにもいかがわしい本が見つかった。
本を手に取り、勝ち誇った笑顔を春秋に見せると、少しだけ恥ずかしがっていた。
「こういうとこに混じってるってことはさー・・・いやあ、奔放な時間もあるんだねえ大学院生は」
にやにやしながら本を開くと、あからさまな写真が飛び込んでくる。
面白半分とからかい半分で始めたことを、一瞬で後悔した。
罰ゲームのような状況に、本能的な何かすっと引いていく。
ページを捲るごとに、ますます引く血の気と、それ以外の何かに、頭がくらくらした。
「なまえ、もうやめとけよ。」
「ううう、ううううう」
春秋の情けない慰めの声に従うように、本を元の位置に戻した。
頭の中に悶々と広がるエロ本の光景を思い出しては、平静を取り戻そうと必死になる。
「なんでああいうの持ってるの?」
「持ってちゃいけないのか。」
悪いことじゃないけれど、腑に落ちない。
わざと、我侭を言ってみる。
「ああいうの、好きなの?」
「嫌いじゃない。」
「しないじゃない、春秋、そういうの」
怒られるのを覚悟で、聞いてみた。
「私、魅力ないの?」
男の人の考えていることなんて、わかるわけがない。
聞くだけ、とてもわがままだ。
もし、お前に魅力なんかない、と突き放されたらどうしよう。
春秋は、いつものように、何事も起きてないような顔で平然としている。
「本当に好きな人と、安易にそういうことできないだけ。」
なんでもないことのように、私を真っ直ぐ見て、そう言った。
我侭な私を、真っ直ぐ見つめる目。
しばらく呆然としたあと、顔に火がついたように熱くなる。
「うわ、顔真っ赤。」
指摘されて、春秋の顔が見れないまま、床にへなへなと崩れ落ちる。
土下座のような体勢をして、呻く。
「やだもう」
「顔冷やしに、海に行く?」
床に伏せる私に問いかける春秋の顔は、見れなかった。
「この際河川敷でもいいや・・・」
呻くようにそう言うと、春秋は実に楽しそうな足取りで別の部屋へと向かった。
「釣り道具持ってくる。」
久々の河川敷でも、きっと楽しめるだろう。
我侭なふりをしている私を連れて、楽しませてくれる。
取り繕わなくていい、素顔の自分でいい。
それはよくわかっていても、春秋が釣り道具一式を準備し終わるまで、恥ずかしくて床からは起き上がれなかった。






2014.07.31






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