甘味料不使用





ガラスケースの中に並べられた和菓子のひとつを、凝視する女の子がいる。
何度も見かける女の子。
学校帰りに、たまに寄ってくれる。
鞄についているマスコットキーチェーンが揺れて、こちらを見る。
その間、女の子は店員のこちらを見ることはない。
お菓子を見つめて、ひとつひとつ目で確かめる。
甘味の玄人のつもりになって、見てから味を想像しているのかもしれない。
可愛い女の子は、全員甘味の玄人なのだ。
その証拠に、女の子は、ガラスケースの中のお菓子を見つめている。
細身で可愛らしい女の子は、甘い物が好きなようだ。
そうでなきゃ、わざわざ小さい和菓子屋にまで来ない。
真ん中分けの長い髪は、細い腕にかかっている。
短めのスカートから伸びる足が、とにかく白かった。
日焼けもしていない肌をした、明るそうな子。
ふいに、女の子がガラスケースの中を見るために屈んで、新商品の梨味どら焼きの存在に気づくと、大きな目をきらきらさせていた。
通学鞄から財布を取り出して、中身とにらめっこ。
何度も何度も、にらめっこ。
ピンクと黄色の柄の財布を握り締める手から、真剣さが伝わる。
眉間に皺が寄って、そのあと、しょんぼりと肩を落として涙目になった。
にらめっこには、観念してしまったようだ。
可愛い顔が、気の毒に見えた。
いつもきてくれるから、と気持ちは飲み込んで、手元にある梨味のどら焼きを一切れ切って、紙皿に置く。
どら焼きを切った小さいナイフに、切れ端が一欠片ついた。
中指でそれを取って、口に放りこむ。
この甘さを、女の子は気に入ってくれるだろうか。
自分の唇に触れた中指を拭いて、何事もなかったかのように爪楊枝の箱に触れる。
どら焼きの真ん中に爪楊枝を刺して、しょんぼりしている女の子に渡した。
「試食、どうですか」
爪楊枝の刺さったどら焼きを見た途端、涙目はどこへやら、女の子はぱっと笑顔になった。
立ち上がり、嬉しそうに紙皿を受け取る。
「いいんですか!?」
どうぞ、と微笑むと、爪楊枝を掴んで一切れのどら焼きを慣れた手つきで口へと運んだ。
女の子は、私と対して身長が変わらず、見つめると顔がよく見えた。
「うん、梨だ!梨味のどら焼きだ!」
嬉しそうにする女の子に、つい微笑むと、女の子は恥ずかしそうに紙皿と爪楊枝を握り締めた。
「いつものやつも好きだけど、こっちも好き!」
いつものやつ、とは普通の変哲もない、どら焼きのことだろう。
甘い物が好きなのか、美味しさをレポートする女の子の目はとても輝いている。
大好きなものを語る女の子からは、眩しいくらいの気迫しか感じられない。
紙皿と爪楊枝を女の子の手から回収して、なんとなく聞いてみた。
「どら焼き、いつも買っていかれますよね、好きなんですか?」
ぽかん、とされたあと、女の子は細い指で唇を触って、気まずそうにした。
「覚えられちゃったか・・・。」
伏目がちにする女の子の目が、床を見つめてきょろきょろ動く。
覚えていたことで、不審に思われていないことを祈ろう。
毎回何個もどら焼きを買い込んでいく可愛い女の子のことを、覚えられないとでも思ったのか、と言いたくなる。
「ええ、そうよ、お菓子が好きなの。」
自信ありげに答える女の子は、ふふんと鼻を鳴らした。
やっぱり、可愛い女の子は甘味の玄人なのだ。
「それから、フルーツも好き!」
「そうなんですか」
女の子が林檎を持っているところを想像して、お似合いだと思った。
不思議と、すぐに想像できる。
それなら、お菓子はなんでも食べる子なのだろう。
「甘い物が大好きなの。」
鞄についているマスコットキーチェーンが、また揺れる。
よく見るとそれは、桃に顔を描いたようなものであることに気づいて、思わず微笑む。
「お似合いですよ、お菓子」
「え、そう?」
「ええ、とっても」
元気に答える女の子が微笑ましくて、つい甘やかしてしまった。
「新しいものが入ったら、取り置いておきますね」
「本当ですか!?」
「ええ、これが一覧です」
ガラスケースの上に置いてあるフライヤーを渡すと、女の子は子供のように食いついた。
素早くフライヤーを受け取ると、大きな目がまたきらきらと輝く。
よく見なくても、この子は可愛い。
まるで宝物に巡りあえたかのような顔をして、お菓子の宣伝を舐めまわすように見る。
「それなら、これ!これお願いします!」
舐めまわし終えたのか、宣伝部分のひとつを女の子が指で示す。
指差したのは、果物大福シリーズ、と書かれた欄。
数量限定、と小さく書かれた文字を、見逃さなかったようだ。
苺や林檎を大福の中に入れたお菓子の宣伝部分を、きらきらした目で見つめては指差している。
「ええ、数量限定ですので、取り置きしますね、お名前は?」
「小南桐絵。」
「小南さんですね、わかりました」
「えっとね、いっぱい食べたいから10人分はお願いするわ!」
「わかりました」
珍しい名前だな、と思いながら、こなみさん、こなみさんと頭の中で何度か復唱する。
響きがすぐ頭の中に入る名前だったおかげで、忘れなさそうだ。
制服姿の、元気な女の子。
ようやく名前が知れて、嬉しかった。
「ね、あなたは?店員さんでしょ?名前教えて。」
「なまえです。」
「なまえさんね、顔と名前を覚えたわ!」
こなみさん、と口に出して呼ぼうとして、やめた。
「ありがとうございます」
その代わりに出たのは、ただのお礼だった。
「またいらしてくださいね」
フライヤーを鞄に仕舞った小南さんは、嬉しそうにしている。
この笑顔が、しばらくは見れることになるのだろう。






2014.07.31




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