知らない





杏さんリクエスト
・甘くも切ないライナー夢







「家族?」
私とライナーしかいない、食堂。
皆は今、風呂か、各自寝ているかのどちらかだろう。
もしかしたら、今の私とライナーのように誰かと誰かが密会じみたことを、人知れぬどこかでしているかもしれない。
「うん、ライナーの家族はどんな人なの」
組んだ足を抱きかかえて、椅子に縮こまって座る。
誰かが真正面から見たらスカートの中が丸見えだろう。
今ここには、私とライナーしかいない。
だったら、自由に振舞う。
「なんでいきなり、そんなこと聞くんだ?」
「いつもリーダーばかりして、みんなのまとめ役してるでしょ、だから、どんな人と育ったのかなって」
二人きりなのだから、と軽い気持ちで聞いてみると、ライナーはにやりと笑った。
「俺は、なまえの家族が気になる。」
「なんで?」
「俺にそんなこと聞いてきたのは、なまえが初めてだからだ。」
じゃあ今まで、このことを聞いた人はいなかったのか。
気にしたのが自分だけなのなら、私がおかしいか気づくのが早かったかの、どちらかだ。
ここまでしっかりした人が、どんな環境にいたのか。
誰もが気になることではないのか、と勝手に思っていた。
そう、と肩を落として、ライナーの質問に答える。
「弟と妹がいるわ」
好きな人と話すだけで、わくわくする。
自分のことを明かすような質問だから、慎重にいきたかった。
「お母さんは、五年前のあれよ、あれで、ね。」
濁すようにそう言うと、ライナーは寂しそうな顔をした。
その顔を見て、もしかしたら失敗したかもしれない、と胃が冷える。
誰でも知っている、五年前のあの日。
あれで家族を亡くしてしまった人は、多いだろう。
たしか、そうだ、ミカサの側にいるエレンも、そうだったはず。
大体こういう話題になると、私やエレンと同じ境遇の人がひっかかる。
たまに、別次元から来たんじゃないかというくらい、そんな境遇とは無縁の人もいる。
ここはそういう所なのだ。
一つの価値観じゃ、生きていけない。
拷問のような苦しさはなく、ただ色んなことを共有しないと相容れないだけ。
それが辛い人には、とてもじゃないけれど生活はできない。
兵士として育っていく上で、影ながら一番大切なことだったりする。
ライナーの寂しそうな顔を見て、相容れない価値観を、押し付けてしまったかと、不安になった。
寂しそうな顔をしたライナーを、なんとか笑顔に戻したくて、話題を逸らした。
「だから料理には自信あるの!」
「そうだな、なまえが料理当番のときは、大体美味いものが出てくる。」
「ありがとうね、嬉しい」
「一気に三人分、毎日作っていたのか。」
「うん、料理当番ならいつでも代わってあげる」
「サボりたい時はなまえに一声かけるとする。」
ようやく、ライナーがいつも通り笑ってくれた。
私の大好きな、男らしい人がたまに見せる凛々しい笑顔。
少しだけあがる口元を見て、どきどきする。
ときめく気持ちを抑え、いつも通り振舞う私を見据え、余計な心配をかけてくれた。
「そうなのか、辛かったな。」
自然と、掘り返されていく。
仕方ない、家族を亡くすことは誰にだってあることで、それが遅いか早いかの違いであって、別段おかしなことではない。
「いまは、叔母の家に弟も妹も住んでるから、もう心配ないの」
「そうか。」
「大丈夫よ」
「今でも凄く苦しいってわけじゃないの、だから大丈夫」
私自身に、寂しい気持ちはない。
いない人はもういないのだから、無理に悲しむこともない、死んだときのことを思い出さなければ、今まで通りにできる。
悲しいことは、思い出さないに限ると思っていた。
ライナーも、思い出さないようなことがあるのだろう。
心配ないの、と言った私を見て、珍しく寂しそうに呟いた。
「寂しくないのか。」
「今は、別に。ここって人が沢山いるから」
「騒がしいだけだろう。」
「まあ、そうね、そうとも言えるわ」
「弟と妹に会いたくならないのか。」
「会いたくなるけど、でも、自分で決めたことだから」
「随分前向きだな。」
ライナーが腕を組んで、床を見つめた。
床を見ているのをいいことに、ライナーの腕の筋肉の感じや首筋を凝視する。
いつ見ても、良い筋肉だ。
変な意味ではなく、抱っこされたいと思う。
抱き上げられたら楽しいだろうな、とライナーの体を見ていた。
「俺の故郷も、ああ、帰るんだ。」
ライナーはよく、故郷に帰りたいと言う。
よく出てくる故郷という存在を、詳しくは聞いたことがない。
壊滅していないところなのだろう。
兵士になって、時間が出来たら、帰れる。
帰る場所があるのは、正直羨ましい。
故郷に帰りたい、そう言うくらいだから、事情があるのだろう。
私なら、帰れるような故郷があるのなら離れずに暮らしている。
「ライナーが帰っちゃったら、会えないね」
自分の気持ちを、考えを、悟られないように話す。
これがどれほど頭の悪いことなのかは、自分が一番わかっている。
ライナーを傷つけたくない一心。
故郷の話をするときのライナーは、確固たる意思の上で帰ると言っているけれど、とても寂しそうな顔をしている。
寂しい顔も、好き。
でも、できればずっと笑顔でいてほしい。
ふっと口元を緩めたライナーは、私に笑いかけてくれた。
「なまえも来るか?」
何気ない返事のように、ライナーはそう言った。
ご飯食べる?、食べる、くらいに何気ない返事。
「来るって?」
「故郷だ、俺の故郷。」
「いいの?」
伺うことしか、できなかった。
いつも話している故郷とは、一体どんなところなのだろう。
一緒に行くかどうか聞かれるということは、それなりにライナーの中で私という存在を気にかけているということだから、と考えをまた巡らせ恥ずかしくなる。
「俺が故郷に帰る頃には、なまえと一緒に暮らせるし、いっぱい話したりできる。」
「そうだね、私も、ライナーともっと話したいな」
「なまえは、いつもそうだな。」
「え」
「俺のこと、伺ってるだろう。俺がどんな奴か、ずっと深読みしてる。」
「あ、え」
「そうやって、俺のことを見てくれるのは、なまえだけだ。」
会話の中に、静寂が生まれた。
静寂を生んだのは私。
いきなりの返答に、言葉を詰まらせたから。
故郷の話から、何故こんな話に飛ぶのだろう。
それはライナーにしか分からないことで、察するのは不可能。
私のことも、察されていないはず。
会話なのに、突然凄まじい駆け引きが始まったようだった。
静寂の中でライナーが少しだけ頬を染める。
いつもなら、ここにコニーやジャンがいて、頬を染めたライナーを面白がって珍しいものをいじりたさに、からかっただろう。
ここには、私とライナーしかいない。
からかいもない、馬鹿にする声もない、だったら感情はそのまま口に出る。
「まだ恥ずかしいんだ、なまえが、好きだってこと、ベルトルトにも話してないから。」
ライナーが赤面するより先に、私が鼻血を噴出しそうなくらい赤面した。
顔と首が、熱い。
それから指先が、どんどん冷たくなり、顔に熱が集まる。
ねえ、ベルトルト、今すぐ来て、ライナーが、と言いながら男子寮に駆け込みたい。
偶然ベルトルトが、食堂を通りかからないかとか、偶然をいいことに色々な可能性を探る。
「なまえ。」
「なあに」
きっと、私の声は掠れている。
今にも叫びだしそうなくらい、信じられないから。
「好きだ。」
真剣な眼差しを、受け取っていいのだろうか。
「私もだよ」
答えた向こうに何があるのか、知ることもない私は、自分の感情に正直になるしかない。








2014.06.13

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