ゴミと呼べない





13巻特典DVDでまだ爆笑している



「ねえー!ゴミ!」
男子寮の部屋の扉を開けて、大声で叫ぶ。
声を響かせても、特に誰かが逃げるわけでもない。
いち早く反応して、こちらを向いて、それからまた元の位置に戻ったのは、ジャンだった。
柱から見えた馬面はすぐに見えなくなってしまって、面白みが増す。
男子寮は人がまばらで、目に付く男子はジャンしかいない。
影のほうに、ベルトルトさんとかいてもいいはずなのに、皆なにをしているんだろう。
「人をゴミみたいに呼ぶな。」
ぶっきらぼうな、やる気のない声が聞こえてきた。
広いけど間隔の狭い男子寮では、声がすぐに篭る。
なんでもかんでも聞こえそうなプライベートもない寮でも、一応出るものは出る。
「ゴミだって!ゴミ!」
「なまえがゴミ回収?」
寮の床に散らばる、明らかなゴミを回収しながら、どことない不快な男くささに鼻をつまむ。
床の隅に置いてある、何を拭いたか分からないようなタオルには触れなかった。
乱れに乱れた毛布の下には、脱ぎっぱなしの着替え。
泥まみれで異臭の漂う靴を避けながら、扉から離れた位置にある隠蔽し放題のゴミ箱を掴んで、中身を回収用のゴミ袋にぶちまけた。
「さっきアルミンがすっ転んで運ばれたおかげで、男子の分まで私がゴミ集めよ」
ゴミ袋の中身は、見ない。
見ないほうが幸せなこともある。
「そりゃまた面倒だな。」
「面倒でしょ、私の代わりかアルミンの代わりになって」
「嫌だ。」
ジャンは手伝おうともせずに、毛布の上に転がって、何か手紙のようなものを読んでいた。
小ささからいって、何かと共に送られたものだろう。
端はくしゃくしゃになっていて、仕舞っていたけれど扱いは雑といった様子だ。
ジャンを素通りして、汚い床を歩いた。
「ゴミはどれ?全部?」
振り返ってそう言っても、ジャンは手紙を見つめたままだ。
指先をふらふらさせながら、柱のすぐ横にある棚を指差した。
棚は私物が積まれていた。
その棚の下は、塵とよくわからないゴミでいっぱいだ。
「ああ?棚あるだろ、そこの横のやつ全部。」
全部、と言われたので、棚の横にあるものをとにかくゴミ袋につっこんだ。
埃を吸い込まないようにしながら、タオルでも顔に巻いておくんだったと後悔した。
棚の横を手で掻きだしていると、隅をまさぐる手に何かが当たる。
感触を不思議に思いながらも、隅の暗がりで指先を蠢かせた。
つん、と触れたそれは、女の私の手ならすぐに取れた。
出てきた埃まみれの、薄い表紙。
その間には古びた紙が挟まっている。
何気なしに開くと、一枚の紙には何かの走り書きが沢山あった。
紙の付け根の構造を見るに、これはスケッチブックだろう。
二枚目を見ると、黒髪の女の子が描かれていた。
短めの黒髪、優しそうな顔。
なんだか見覚えがある。
そう、ミカサだ。
見る限り、全部ミカサだ。
どれもこれもミカサで、なんだか怖い。
雑な線でも、丁寧に描かれたそれらは、紙の質から前々からこの寮にあったことがわかる。
内心わくわくしながら、紙をぱらぱらと捲る。
黒髪の女の子ばかり書かれていた。
見て思うだけにしたことは、絵はあまり得意ではなさそうなこと。
そしてもう一度、最初のページを見る。
走り書きの隅には、何故かオムレツが描かれていた。
やけに美味しそうに描かれたオムレツに、涎がでる。
その側に、日付と、トーマスの名前。
ページを進めれば進めるほど、黒髪の女の子の姿が見えた。
「へえ、ジャンってこんなの描くんだ」
私はにやにやしながら、顔が一番大きく描かれているページを開いて、ジャンに見せた。
「あ?」
見慣れた馬面が、さーっと青ざめた。
素早く手紙を投げ捨てたジャンが、スケッチブックを持った私に飛び掛る。
上手く避けて、ジャンはそのまま棚にぶつかった。
「うっせえ!!!返せ!」
ぶつかったこともなかったように、ジャンは必死の形相で私に掴みかかろうとした。
襲い掛かるジャンから逃げて、避ける間、更にページを進める。
見れば見るほど、どこもかしこも、黒髪の女の子が描かれている。
黒髪の女の子がご飯を食べてたり、トレーニングしてるところ、寝てるところなど。
想像で描いているのなら、随分と逞しい。
面白くなったのも束の間、最後に近い後ろのページを開くと、ミカサよりも見覚えのある人物が描かれていた。
「へえー、へえー!あ、これ私?」
真新しく描かれたであろう絵の人物は、どう見ても私だった。
絵の中の私を見つめると、まっすぐに描き主を見つめるような視線。
よく見ると、けっこう綺麗に描かれている。
そう思うのは、他人が描いたものだからだろうか。
「なによ、実物より可愛く描いてる」
率直に感想を述べると、怒りと恥辱にまみれたであろうジャンがスケッチブックを奪った。
さっきまで真っ青だった顔は、真っ赤だ。
「当たり前だろ!俺の手にかかれば、なまえみてーなブスでもイチコロ美人だ!」
「はあ!?誰がブスよ!?」
「あーあー!なまえはブスだよ!俺が可愛く描いてやったんだ、有難く思え!」
怒鳴るジャンの顔は、とても赤い。
なんでこんなものを棚の隅に置いていたのか、考えるだけでも楽しい。
もしかして、もっと見たらクリスタやアニも描いてあったかもしれない。
まだ見たかった、そう思いながら、心は謎の優越感に満たされた。
「じゃあ、もっと可愛く描いてよ。」
ぐっとジャンに近寄り、絵の中にいた自分のように微笑む。
急に楽しくなって、くすくす笑ってしまった。
「描けるでしょ?ブスに描いたら、ジャンが落書きしてるってこと皆にバラしてあげる!」
今にも激昂して殴りかかってきそうなジャンは、棚に手をつっこむと鉛筆を取り出した。
椅子をひっぱって、どっかりと座り、威嚇するかのように叫ぶ。
「望むところだ!バラしたらただじゃおかねえ。」
私から奪ったスケッチブックを開き、一心不乱に描き始める。
鉛筆の音が、派手に響く。
がりがりがり、と紙に優しくなさそうな描き方をする手には青筋が立っていた。
「動くんじゃねえぞ、ブス。」
そう言うジャンの目元だけは真剣で、とても面白い。
紙と私、目が頻繁に移動する。
このままゴミ袋の中身を、ジャンの頭からかけてもよかったし、ゴミを持ったまま逃げることもできた。
ただ秘密を共有するだけでは、あまりにも勿体無い。
知ってしまったことを、探ることにした。
「ねえ、なんで私とか、ミカサを描いてたの?」
当然、ジャンは答えない。
がりがりがりがり、優しくない鉛筆の音が聞こえるだけ。
「答えないの?」
にやにや笑う私の顔を見て、眉間にも青筋を立てたジャンを見て、ぴんときた。
「もしかしてー・・・ミカサのこと」
「うるせえ。」
図星だと言わんばかりに遮られた言葉を、飲み込む。
「ふうーん、へえー」
「その減らず口、いつか捌いてやる。」
真剣に雑な絵を描くジャンに悪戯する気持ちで、すっと近寄り、スケッチブックを覗いた。
絵も佳境に入っているようで、視線は紙の上から動かなかった。
「できた?」
返事はないまま、鉛筆の音だけが聞こえる。
「ね、なんのために落書きしてるの?」
「うるせーーー!!!いちいち口挟むな!!!」
ジャンの異様な絶叫を聞いて、影からちらほらと人が覗いた気がした。
それでも邪魔は入らない。
ジャンにとって、とても好都合だ。
「くそっ、くそ!なんでなまえなんかに!」
乱暴な音がして、私にスケッチブックが差し出された。
青筋と赤面でわけのわからない顔をしたジャンが、悔しそうにしている。
こんな必死な顔をしたジャンは、見たことがなかった。
スケッチブックをそっと受け取って、絵を見る。
私のにやにや笑いは、可愛らしい笑顔に変わっていた。
服は汚れてないし、手にゴミ袋も持ってない。
実物よりも多少可愛い私は、絵の中で微笑んでいた。
急に、面白かった気持ちが照れくさい気持ちに変わる。
ぼん、と熱くなる顔と胸を隠すように、一度スケッチブックに顔を埋めた。
目を閉じて、それからスケッチブックをずらしてジャンを覗く。
「まあ、嬉しいよ、ありがとう、ジャン」
「けっ。」
「誰にも言わないから」
「言うんじゃねえぞ。」
「ね、ジャン」
スケッチブックを閉じて、胸に抱えた。
そして、絵の中の私みたく微笑む。
ジャンには、女の子がどんな生き物に見えているんだろう。
気がかりなことは、全部このスケッチブックに答えがある。
ようやく顔の青筋を消したジャンが、照れくさそうに私を見る。
一瞬の隙をついて、ジャンに抱きついた。
私よりも逞しい肩幅を、背伸びして抱きしめる。
「わ、おあ、なまえ、うわ。」
間抜けなジャンの声を近くで聞いて、どきどきする。
心臓の音が聞こえてしまう前に、体を離さなくては。
ジャンの耳元で、そっと囁く。
「これをコニーに見せてくる」
そのままスケッチブックとゴミ袋を持って、一目散に駆け出した。
抱きついたジャンの体の熱を冷ますように、颯爽と走る。
扉を開けて走り出すと、廊下を半分ほどいったあたりで、またしても絶叫が聞こえた。
「ふざけんなあああああああああ!!!」
絶叫に縄をひっかけて引っ張るように、皆がいるところまで走った。






2014.04.14


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