美しい貴女へ





アニ誕生日おめでとう




訓練で疲れた体を癒すように寝転がる姿。
後ろ頭しか見えないけれど、いつもまとめられている金髪が首を覆い隠している。
アニ、と名前を呼んでも、滅多に反応してくれない。
大好きな人は、とても気まぐれ。
友達以外の人には名前を呼ばれても、いや、呼ばないでくれという雰囲気を醸し出している。
何度も話して、一緒にご飯を食べて、訓練も一緒にやって、ようやく。
ミーナとふざけあっていれば、なんなのあんたたち。と言われる。
サシャと遊んでいれば、ばかじゃないの。と言い切られる。
コニーを追い掛け回して蹴っ飛ばせば、ふざけてる。と呆れられる。
訓練で泥だらけになったとき、一緒にお風呂に行こうと言ったらようやく言われた。
「なまえは、なんなの?」って。
初めて名前を呼んでもらえただけで、とても嬉しかった。
嬉しくてミーナに抱きついていたら、また「ばかみたい。」って言われた。
素直じゃないのか、素直なのか。
不機嫌そうなところも好き、それでいて、とても綺麗。
そんな彼女が好き。
アニが寝転がっているベッドの縁に座り、そのときの嬉しさを思い出しながら、笑顔で話しかける。
「誕生日でしょ、おめでとう」
寝転がるアニの後姿から存分に伺える白い足は、膝の裏が特に白かった。
血管が浮き出て見えそうな節々が白くて、触れてみたくなる。
縁に座った私が突然話しかけてきても、アニは動じない。
その間は、アニの白い肢体を見放題だ。
あれだけ強いのに、肢体には傷がない。
もしかすると、見えないところが傷だらけなのかも。
ばれてないことをいいことに、白い足を凝視する。
私が動かないとわかると、目線だけをこちらに向けてから、そっと私を見てくれた。
気だるそうな瞳に、珍しく表情が篭る。
「覚えてたの、あんた。」
睫毛が縁取られた丸い眼球が、こちらを捉える。
見つめられているだけで、私の胸が溶け出してしまいそう。
「うん、覚えてた」
「いつ話したっけ。」
「ミーナと、魚の不味いスープについて愚痴ってたとき、話題逸らしに誕生日の話をしたじゃない」
「ああ、そうね。」
「アニがそのとき言った日付、今日だよ」
ふうん、と興味がなさそうにしたけど、無視をするわけではなかった。
起き上がって、私と目を合わせる。
寝る前に着るどうでもいい服のアニは、体のラインがぼやけていて、でも服から見える胸元は確かに年頃の女の子のそれだった。
髪の毛先の影が、首元を暗くしている。
浮かぶ鎖骨の下にある柔らかそうな胸は、劣情を誘った。
「なまえって暇なのね。」
「そんなこと言わないでよ」
「訓練で疲れた頭で、よくそんなこと覚えてたわね。」
「なあに、友達のことは覚えてるに決まってるじゃない」
「なまえの物覚えがいいのは、分かったわ。」
白い肌の下から浮かんでくるような鎖骨に射す影。
寮の明かりが少ないのもあるけれど、彫りの深い顔をしたアニを一番魅力的に見せてくれる場所。
ベッドから起き上がったところ、上半身にばらついた光が当たって、白い肌に影を通す。
その美しさが見れるのは、ここだけ。
「私におめでとうって言っても、なんの意味もないわよ。私がひとつ歳を取るだけ。」
「うん、でも、今日が産まれてきた日なんだよ」
「そうね。」
「だから、おめでとう」
誕生日プレゼントも、なにもない。
兵士に、そんなものが用意できるわけがない。
街に行けば、リボンのひとつやふたつ、買えないこともないんだろうけれど、買う時間がない。
悲しき訓練兵よ、と言うつもりはない。
「誕生日おめでとう、アニ」
にっこり笑って、アニを祝った。
言葉だけの随分寂しい誕生日。
気に入られるとか、気に入られないとかは、後回し。
祝う気持ちが、一番大切なのだ。
押さえつけているアニへの肉欲とかは、この際もう考えたくない。
と、自分に言い聞かせていると、アニは膝を抱え、ぽつりと言った。
「久しぶりに言われた。」
ピンク色の唇が、小さく動く。
「そうなの?」
「いつもは・・・お父さんが、おめでとうって。」
お父さんが、と言うときのアニは、いつもどこかへ顔を逸らす。
何も見ていない瞳には、確かに何かの感情が篭っていて、睫毛が隠しもしない潤んだ瞳は、虚空を見つめている。
きっと、選んでここにきた、というわけじゃあないのだろう。
本当はもっと家族と一緒にいたかったんじゃないか。
お父さんにまだ甘えたい年頃のまま、兵士になってしまったんじゃないか。
アニは、お父さんの話をすると、いつも瞳に影を映し出す。
詳しく聞いたことはないけれど、アニは、きっと、家族を大切にする人なのだろう。
何か寂しいことがあると、お父さんが、と言うアニを何度か見ている。
一番大切な人が、父親という存在なのだろうか。
私も、暫く会ってない家族のことを思い出した。
大切だし、久しぶりに会うとしたら、ただいまと言って抱きつくだろう。
もしかして、それはアニも一緒なのかな。
お父さんに、ただいまって抱きつくアニ。
あまり想像できない光景だけど、家族に対して好きと言う気持ちを抱くのは、おかしくもなんともない当たり前のこと。
余計なことを沢山考えたあと、打ち消した。
「そっか、じゃあ今年からは私もおめでとうって言いたいな」
虚空を見つめていたはずのアニの目が、きょろりと動いた。
一度も見たことがないけれど、宝石というのは、きっとアニの瞳のように綺麗な色をしているのだろう。
別の世界の綺麗なものに見つめられている気がして、どきどきする。
アニのへの字の唇が、つんと尖る。
可愛い顔も一瞬、すぐに刺々しい言葉が飛んできた。
「なまえじゃお父さんの代わりにならない。」
「代わりになりたいなんて言ってないよ」
アニの手を握って、にこにこ笑ってから、アニの指先にキスをした。
冷たい指先に触れて、唇だけ熱を奪われる。
私の熱を与えたアニの指先は、すこしでも温かくなっただろうか。
「アニ、おめでとう」
強くて、綺麗で、誰かに媚びたりしない女の子。
とっても好き、大好き。
そんな気持ちを丸出しにして伝えてしまったら、きっとアニは気持ち悪がるだろう。
だって、私達は女同士だから。
アニがもし、男の人が好きな普通の子だったら、どうしよう。
自分本位のことは、もうどうだっていいのだ。
アニと、いつか手を繋いで歩けたら、それでいい。
しばらく私を見つめたアニは、興味がなさそうに言った。
「なまえの誕生日、いつ?」
思いもよらない質問に、呆気に取られて、それから嬉しくなる。
「え、私?祝ってくれるの?」
「知りたいだけ。勘違いしないで。」
「じゃあ」
大好き、気持ちが溢れかえりそうなまま、平然と喋る。
これが意外と大変で、どきどきした胸を抱えたまま頭から違うことを喋るのは、脳みそが働いている感じがする。
高鳴る胸を、脳から浮かんだ言葉で、ゆっくりと落ち着かせた。
「私の誕生日は今日。アニと一緒におめでとうって言うために産まれてきたの」
「なんで?」
「なんでって、一緒におめでとうって、これからも言えるから、かなあ」
顔を顰められたあと、アニが赤面した。
赤くなった鼻の先をつつきたくて仕方がない。
すこしだけ俯いたアニが、ピンク色の唇をぽつり、と動かす。
「ばかみたい。」
その唇にキスをしたら、どんな肉感が味わえるだろう。
綺麗事ばかり並べても結局、考えているのは、そんなことばかり。
すこしだけ火照ったアニの頬に、指先だけ触れた。
白くて柔らかい肌は、ほんのりと温かかった。
アニは、私の手を振り解くこともなく、赤い顔のまま俯いていた。
伏目の睫毛は金色で、綺麗。
誰か見ても綺麗、そんな彼女が、大好き。
にこにこ笑っていたら、不意打ちのように頬をつつかれた。
わあ、と驚いて笑うと更に追撃される。
恥ずかしいのか、なんなのか、アニが私をつっつきまわすようにくすぐってくる。
笑ってじゃれていると、アニが赤面を隠すように俯きながら私の脇腹を叩いてきた。
好きという気持ちさえあれば、アニと一緒なら、埃っぽいベッドでも、泥だらけの訓練場でも、どこでも天国なのだ。






2014.03.22



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