03





「馬鹿みたい。」
ユミルに抱えられるミーナとサシャを横目に、アニがつまらなさそうに呟く。
呆れたように吐き捨てられると、どきっとする。
それでも、いつもの冷たい目は綺麗なまま。
「どうして?楽しいよ」
乗らないであろう誘いをしても、簡単に跳ね除けられた。
「そんなの、くだらない。勝手にしていればいいのに。」
ふうん、と相槌して、アニの隣に座った。
後ろではまだミーナがきゃあきゃあ騒いでいて、非常に楽しそうだ。
アニの隣というのは、いつもミーナの席で、なかなか獲得できない特等席。
ああやってミーナが他の誰かと楽しんでしまうと、アニはすぐに一人になってしまう。
特等席の居心地は、最高。
綺麗な横顔が、すごく近くで見られる。
会ったばかりのときは、隣に座るだけで睨まれた。
最近は、怒られもしない。
高い鼻も、白くて形のいい耳も、きらきらした金髪も、なんの邪さもなく見ていられる。
「ねえ、アニ、ベルトルトがどこにいるか知らない?」
「なんで私に聞くの。」
「ベルトルトに、聞きたいことがあって」
すこしの間を置いてから、答えだけ返された。
「男子のところに行けば、いいんじゃない。」
「そうだよね、ありがとう」
「あいつに、話でもあるの?」
ようやく、アニが私を見る。
しばらく隣にいたのに、ようやく私を目を合わせてくれた。
冷たい目に、ぽっと表情が点る。
「ええ?ああ」
その表情を見逃すか、見逃してしまうかの選択肢は、私にあった。
「そうね、アニには関係ないことだよ」
選択肢を一旦見逃して、アニの性格を立てる。
そうすると、すぐに食いついてきた。
「なまえには関係があることなの?」
「なんでそんなに気にするの。お菓子、興味ないんでしょう?」
私とアニの間に流れた静寂は、後ろから聞こえるミーナとユミルの笑い声で賑やかなものとなった。
サシャは今だクリスタのお菓子を狙っていて、時々うめき声が聞こえる。
「そうね。」
アニにそっと笑いかけて、誰にも気づかれないように席を後にした。
「なによ。」
つまらなさそうな、不満そうなアニの声が、すぐに聞こえた。

男子寮の扉を蹴って開けると、男子の刺々しい、それでいて空気を見つめているだけであろう視線が飛んできた。
クリスタのお菓子のおかげで甘い匂いが服についたまま男子寮に突入する姿は、とても奇妙だろう。
「ベルトルト・・・ベルトルト・・・」
探している人物の名前を呟きながら、必死に寮内を見つめると、いた。
今最も必要としている人物。
コニーと一緒に何かを話しているベルトルトを見つけると、捕まえにかかるように近寄った。
「ベルトルト!」
「えっ?なまえちゃん?なに?」
驚いている、明らかに驚いている。
残念なことに私はお菓子も持っていないし、当然、ベルトルトに告白しにきたわけでもない。
手が空いていたので、ベルトルトの胸倉を掴んで、ぐっと引き寄せる。
間違いなく声が聞こえるであろう距離までベルトルトを引き寄せて、早速本題に取り掛かった。
「アニって何のお菓子が好きなの?」
「へえ?ア、アニ!?」
アニ、と聞いてすぐ顔を赤くしたベルトルトを、正直張り倒したい。
どうなの、と聞いて揺さぶると、焦ったベルトルトが珍しく言い返してきた。
「僕に聞くことなの?」
「当然でしょ!!!」
つい大きい声が出てしまったけれど、とにかく聞ければいい。
「あーーーんなにいつもアニのことチラチラ見てるあなたのことだもの!絶対知ってる!」
チラチラ見ている、と聞いて、近くにいたコニーが何故か笑い出した。
それにつられて、ジャンも何故か声を殺して笑っている。
どうせ、男子内でも話題になっているんだろう。
そうしてもう一つ、何故ベルトルトに聞き出したか、理由を付け加えた。
「それに、同郷なんでしょう?好きな食べ物くらい知ってるでしょう」
同郷、と言うとベルトルトは静かに頷いた。
気まずくて、恥ずかしそうな顔をしたベルトルトをまた揺さぶる。
「知ってることを白状して、アニはなんのお菓子が好きなの?」
「だから、なんで、僕に!」
「あの子絶対、私の勘だけじゃお菓子貰ってくれない!それくらいわかるでしょ!」
「それ、僕に聞かなくていいじゃん!」
とうとう涙目で言い返してきたベルトルトを、珍しいものでも見るような目でライナーが見つめている。
コニーはとうとう腹を抱えて笑い出し、ジャンも笑っていた。
ベルトルトには非常に不愉快極まりない、不安な状況だろう。
なにせ、私とコニーの笑い声に煽られているのだ。
ぐっ、と堪えて今にも泣き出しそうな顔をしたベルトルトに、また大きな声を出してしまった。
「なによ!アニが簡単に言うとでも思ってるなら、チラ見するのやめなさいよ!」
「わかりました・・・。」

「アニ」
「なによ。」
不機嫌なところをつついたかもしれないと思うような視線を向けられても、いつものことなので何でもない。
アニの顔を見れたのが嬉しくて、ついにこにこしてしまう。
「へらへらしてて、気持ち悪い。なに?」
もっともな言葉を言うアニが、一番可愛い。
「はい、これ」
アニの目の前に、魚を包んで焼いたパイを差し出した。
皿の上で暖まって、ほかほかの湯気がまだ出ている。
魚は調理室に残っていた残り物だし、パイといっても相当失敗しているような生地で、くたくたになってしまった。
「内緒で、作り方の本で作ったの、下手かもしれないけど、貰ってくれるかな」
ベルトルトが、アニは魚が具の蒸したパイをよく食べていたと教えてくれたことは、秘密にした。
なにせベルトルトの体面もある。
いざ渡してみると、恥ずかしくて赤面してしまった。
「お菓子じゃないし、味の保障は、ないけど」
パイを見つめるアニが、不思議そうにしている。
「・・・なんで私に?」
「駄目かなあ」
できれば、すぐに食べてほしい。
不味いって言われるだろうけど、味よりも大事なものを詰め込んだものだから、貰ってほしかった。
「アニはお菓子に興味ないだろうけど、私はアニに興味があるから」
食べ物を頼りにした、何気ない一世一代の告白。
それもお菓子の日に便乗して知り合いを揺さぶって好みを把握した、告白としてはとんでもないもの。
「ベルトルトに、あげるんじゃないの。」
「誰がいつそんなこと言ったの?」
きっと、アニは私がベルトルトに告白すると思ったんだろう。
パイから視線を私に移したアニが、疑問たっぷりに見つめてくる。
「私はなまえと交換するお菓子なんて持ってないわよ。」
「見返りなんていらないよ、貰ってほしいな」
そう言うと、アニは耳を赤くしてから、パイを見つめて、それから顔を真っ赤にした。
白い肌がほんのり赤くなるのを見て、こちらまで恥ずかしくなる。
「・・・なんで。」
声が、掠れていた。
私だって、声が掠れそう。
「なまえは、こういうの、男にあげるんじゃ。」
掠れていた声は震えていて、アニはどんどん顔が赤くなっていった。
正直、顔を青ざめられると思っていたから、安心した。
「好きな人にお菓子をあげる日なんだって」
ぼんっ、と火がついたように赤くなったアニを、抱きしめたかった。
赤い顔したアニにつられて、私まで赤くなる。
まだほんのりと熱いパイを手に取ると、一口齧ってくれた。
味の保障はできないけれど、吐き出されることはなく食べてもらえた。
「ね?」
「ばか。」






2014.02.14



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