02






「なんでこう、用事がある時に限って、どっかに行くの?」
「は?用事?」
箒を片手にしたライナーは、これから掃除に行くようだった。
男子寮に行けば会えると思った道で、これだ。
ついてない。
まったくもって、ついていない。
何も気づいていないようで、いつものように気にかけるようなことばかり言う。
「なまえも掃除当番だったか?」
「いや、私は当番じゃないよ」
なんとなく言うことを聞きたくないような気分になって、そっぽを向いた。
掃除当番が憎い。
それさえなければ、すぐに自分の行動に出れたのに。
てっきり、ライナーが暇しているものだと思っていた自分も憎い。
「ライナーに用事があったんだけど、そっか、掃除か」
何も悪くないのに不機嫌そうにされているライナーを不憫に思いながら、ポケットに入れていたお菓子の袋を握った。
手作りのお菓子、気持ちだけは篭っているけど、味はそこまででもないだろう。
貰って嬉しいかどうかも分からないのに、なんてことをしでかそうとしているのだろう、私は。
「なんだよ、用事くらい言えよ。」
いつもの顔。
みんなの兄貴、年上なんだから俺が、って、なんでもかんでもしっかりしている。
俺がなんでもしてやらなきゃ、って顔。
その威勢のいい顔が、なにかしらの気持ちに崩れるとこを見たかった。
大好きな人、その人が、もし私の前でだけ威勢を崩されたら、そう思うと、うずうずした。
ポケットから取り出したお菓子を、ライナーに差し出す。
「はい、これあげる」
差し出されたお菓子の袋を見つめて、私を見る。
何度も見比べてから、ライナーはお菓子の袋をそっと受け取った。
「え。」
わからなさそうに袋を見つめる。
もしかして、知らないのか。
それなら、大惨事なんてものじゃない。
急に焦りを覚えて、ライナーに問いただす。
「なに、まさかライナーもサシャと一緒?知らないの?」
「は、いや、え?」
しばらくお互い言葉に詰まってから、何度か呼吸したのち、私の顔が燃え上がったかのように熱くなった。
ライナーのことだから、知らないわけがない。
なんだかんだで、なんでも聞きたがる。
それがどんな世間話であっても、だ。
鼻血でも出るんじゃないかというくらい顔を赤くした私を見て、ライナーまで赤面する。
「え、いや、おい、なまえ。」
「なによ、なに」
お互い真っ赤になりながら、言葉に詰まる。
ようやくライナーの威勢が崩れた、記念すべき瞬間が訪れたけど、それどころではない。
恥ずかしすぎて、吐血しそう。
見たこともないくらい赤面して焦るライナーが、お菓子と私を交互に見つめて叫んだ。
「女子の間だけで交換するんだろ、俺は女子じゃねえよ!!」
「はあ!?そんなわけないでしょ!」
お菓子を貰って、出た言葉がそれか、と言いたくなったけれど、ライナーなりの気遣いだろう。
そのお菓子を渡した意味がなんなのか、知っている。
この赤面の仕方は、間違いなく知っている。
まさか、言わせる気なのか、そうなのか。
焦りで出てきそうな涙を堪えて、ライナーに訴える。
「言わせる気!?」
「お、おう。」
ライナーの手にあるお菓子の袋に、もう一度手をかけて、無愛想に呟く。
「そう、いらないのね」
「貰う。」
私の手ごとお菓子を掴んで、ライナーはしっかりとお菓子を受け取った。
ライナーの手が、熱い。
赤面したライナーが、精一杯の様子で私の手を握ってきた。
「なによお!最初から貰ってよ!」
「なまえ、声でかい。」
「だって」
じんわりと広がる恥ずかしさと、嬉しさと、それと、やっぱり恥ずかしさ。
ライナーの前で、お菓子と共に駄々をこねる私は、どんなに幼稚に見えているだろう。
鼻のあたりが、恥ずかしさで熱い。
「やだ、ね、わがままな女、きらいだよね」
無理矢理お菓子を押し付けて、その上にわあわあ言って、とても可愛くないことをした。
せっかく好きだという気持ちを伝えるのに、こんなに可愛くないのは嬉しくない。
恥ずかしいだけ、自分の気持ちを押し付けるだけ押し付けてしまったことが、手に余った。
ぼろぼろと剥がれそうな自尊心は、剥がれずに済んだ。
「わがままじゃないだろ、すまねえな、顔真っ赤にさせちまって。」
額に手を当てられて、熱を測られるかのように体温同士がぶつかり合う。
箒を抱えたライナーが、諭すように私の額を何度か撫でる。
「美味しくないかも」
締め付けられた声帯から出た声が情けなくて、苦しい。
「味の話するのか?」
「違うよ」
首を振ると、ライナーの大きな手が額から離れた。
ライナーの熱が残る額から、頭の中が焼けそうになる。
「だって今日、ね、そういうの渡していいっていう日だって聞いたから」
だから、と言いたくなって、目尻に浮かんだ涙を指で掬った。
指先にぽつんと一滴浮かぶ涙が、垂れて爪を濡らす。
「私が変な奴みたいじゃない」
「そうじゃねえだろ。ありがとうな。」
お菓子の袋を開けたライナーが、静かにお菓子を食べた。
ぽりぽりと食べるライナー、ああ、掃除当番はどうしたんだろう。
ひとつひとつ、食べては飲み込まれていく作ったお菓子を見届けているうちに、ぼろぼろと泣き出してしまった。
お菓子に思いを秘めても、伝わらなかったらどうしようと、怖くなっていた。
けれど、お菓子はどんどん食べて、なくなっていく。
腹の底に、私の思いは残るのだろうか。
私の思いは、報われたりするのだろうか。
涙で歪んだ視界がすこしだけ晴れるころ、ライナーはお菓子を食べ終わって、それから私の涙で濡れた頬を撫でてくれた。
「・・・嬉しい。」
そう言ったライナーは、見たこともないくらい赤面していて、泣き腫らした目をした私をしっかりと見つめていた。
このまま勢いで飛び降りれそう、それくらい嬉しいし、恥ずかしかった。
そうして、この距離なら、私からキスできる。
それくらい近いところに、ライナーがいた。
「そこはロマンチストに俺も好きだよって言わないと!」
ライナーが勢いよく振り向いた先には、箒とバケツを抱えたアルミンがいた。
泣き顔を見られ、思わず叫ぶ。
「いやああ!!!なんでアルミンがいるの!!」
「僕も掃除当番だから。」
アルミンのロマンチストな提案は、そっと、アルミンに聞こえないように実行された。
耳元でそっと、言われる。
「俺も、好きだよ。」





2014.02.14


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