01




見覚えのある、それでいて、絶対見間違えない、高い身長を目当てに駆け寄った。
背後から声をかけるのは気が引けたけど、見間違えてないのだから問題ない。
「高くて頭の上が見えないよね」
くるりと振り向いて、自分の真っ直ぐな目線にいないとわかるとすぐに視線を下げてくれた。
ふとした時の視線の冷たさだけなら、この人の右に出る人はいない。
目が合ってからはすぐに警戒を解いてくれるけど、それまでだけのことに緊張を費やす。
「ベルトルトのつむじが、見えたことがない」
ふざけ半分も交えてそう言うと、ベルトルトの口元が少しだけ緩んだ。
目元の変化がないまま、そっと口元だけが優しい顔が、すごく好き。
それから、最低限に物腰が柔らかいのも、とても好き。
「そうだね、僕はなまえちゃんより背が高いからじゃないかな。」
当たり前のことを、当たり前にしか返してこない。
常識的な範囲を、恐ろしく出てこない。
極力物を言わない訓練でもしているのだろうか。
それくらい言葉の先と内面の先が見えてこない人なんて、珍しい。
「うん、そうだよね、ベルトルトが一人でいるのも、久しぶりに見た」
「そう?」
「そうだよ」
周りを見渡して、いつも側にいる人が見当たらず、気になってはいた。
「ライナーは?」
見かけるたびに大体セットで行動しているライナーがいなくて、珍しく一人。
いつも何故かライナーについてるベルトルト、という立場で自然と刷り込まれていた。
失礼な刷り込み方かもしれないけれど、それくらい毎日一緒なのだ。
「今は、掃除当番か何かじゃないかな、僕は今日違うから。」
「ああ、じゃあ今なにもないんだ」
「うん。」
そういったベルトルトと見詰め合って、それから、とうとう恥ずかしくなる。
突然顔を赤くした私を見て、不思議そうに見つめる顔を見て、もっと恥ずかしくなった。
ただの顔、そう、ただの顔で間違いないのに、好きな人の顔を見てしまうと、どうしてこうも顔と胸が熱くなるのか。
「やっぱりさ、ベルトルトが一人って珍しいよ!」
顔を両手で覆って隠してその場で身もだえすると、ベルトルトに余計珍しがられた。
「そんなに?」
「だってさ」
覆った両手をどかして、ベルトルトを再度見つめて、それからポケットに隠していたお菓子を出した。
両手に乗る、ふたつのお菓子。
「ベルトルト、絶対ライナーと一緒にいると思って、一応ライナーの分も持ってきちゃった」
手作り感満載の、小さなお菓子。
それを紙にいれただけの、特に飾り気のないもの。
私の両手に乗る、ふたつのお菓子を見つめるベルトルトの呆気に取られたような顔。
「くれるの?」
「うん、二人分ある」
「それって、さあ。」
さすがに、ベルトルトの耳にも届いているのだろう。
今日がどんな日だと便乗したのか。
「うん」
「うん。」
頷いて、それから、ふたつのお菓子を見て、ものすごく恥ずかしくなった。
「やだ、まって、私が恥ずかしい、なんだか馬鹿みたい、すごい、私、用意周到な女みたい、だってライナーが側にいるなら、ね」
ぽつぽつと出てくる言葉が、繋がれていくたびに、私の顔は全身を巻き込むように熱を持った。
ライナーが側にいるなら、ついでにあげてしまえ。
そんなことを考えていた自分の、ベルトルトへの見方が露呈したようで、とても恥ずかしい。
立ち尽くして、そのまま死んでしまいそうなくらいだった。
それでも、この人は気持ちだけを見るのが上手い。
「二人分あるなら、一緒に食べようよ。」
用意周到な、見透かしたようなことをした私に、そう言った。
優しげな目尻が、とても好き。
「いいの?」
「なまえちゃんがくれるんだろう、僕は貰いたいな。」
そっと私の手にあったお菓子のひとつを手に取ると、受け取ってくれた。
残るひとつは、私の分。
「嬉しいな、僕に。」
なんてことはない、ただの作ったお菓子。
それも代物としてはクリスタのほうが上手く作ったと思うような、上手いとはいえないもの。
ベルトルトはお菓子の袋を開けると、中身のぽいっと放り投げるように軽々しく食べた。
その食べ方の軽さに驚きながら、食べるために動く口元に釘付けになる。
お菓子が飲み込まれて、それから嬉しそうに笑ってくれた。
「ありがとう。」
その笑顔を見て顔を真っ赤する私を見たベルトルトが、照れた。
照れた顔なんて、初めて見た。
すこしだけ、大きい体に幼さが見えた気がする。
「えっと、これ、お返しとかいるのかな。」
「いらないよ、気持ちが伝わるとか、思ってなかったし」
「どうしよう、僕、貰えるとか、そういうこと考えてなかったから・・・。」
「私も貰ってくれるとか考えてなかった」
お互いに似たようなことを考えていただけあって、言葉に詰まってしまう。
言葉を詰まらせる私と、照れてるベルトルト。
誰かに見られてしまったらお互い逃げ出しそうな気持ちのまま、突っ立っていた。
「嬉しいな。」
笑顔のベルトルトが、私にまた微笑みかけてくれた。
「一緒に食べたい。」
私の目線まで屈んで、それから私の手を掴んで、ゆっくり座り込んだ。
しゃがんで見えるベルトルトは、なんだか子供みたい。
座り込んだベルトルトに見えるように、もうひとつのお菓子の袋を開けた。
「あ、つむじようやく見えた」
「見えちゃった。」





2014.02.14

[ 24/351 ]

[*prev] [next#]



BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
×
- ナノ -