おようふく





「なんでそんな古い服を着ているんだ。」
ソファに寝転がって目を閉じていると、そう言われた。
珍しく私に何か聞いてきたミケさんを見ると、私の服装を横目で見ている。
古い服と言われて、自分の服を見た。
いつも着ている、というより、ずっと着まわしているぶかぶかのシャツ。
「うーんとね」
そのうち体も大きくなるだろう、と大きめのものを与えられたけど、全然大きくならない。
着ているうちに、裾が破れたりしても、あまり気にしなかった。
「これはね、お父さんがくれたの」
お父さん、と言うと、ミケさんが反応に困ったような微妙な顔をした。
私にあまり家族の話題を振らないし、私も触れない。
もう会えないお父さんが、ずっと前にくれた服。
捨てるわけにもいかないし、私は体が小さいから着たままだった。
多少汚れても、いつも決まった服で訓練したりするから、私服は特に気にしない。
でも、言われてみると、見たままがとても古い服。
色はくすんでいるし、大きくてぶかぶかのままだからシャツなのにワンピースのように着ている。
太ももを半分ほど隠す裾は、所々解れていた。
「見るたびに毎回似たような古い服じゃないか。」
そう言われて、急に恥ずかしくなった。
大好きなミケさんに会うのに、いつも古い服を着まわして、この服なんて何度も見ているだろう。
気づかれるくらい、服に無頓着なのが、もうばれてしまった。
お父さんから貰ったんだもの、捨てられない。
「新しいのは着ないのか。」
「あんまり考えたことないや」
恥ずかしくて、すこしだけ俯いてそう呟いた。
薄くて細い体を覆い隠すものなんて、なんでもいいじゃない。
女の子らしくない格好のまま、今まで過ごしてきた。
いざ言われて恥ずかしくなるくらいなら、他の子みたく沢山休みの時にお洒落をしていればよかったのかな。
しょんぼりする私の頭を、ミケさんは撫でた。
いつもみたく撫でて、それから優しい声が降ってくる。
「新しい服、買ってやる。」
「ほんと!?」
食いつくように喜んで、安っぽい子だと思われてしまったかも。
ミケさんが何か買ってくれる。
私のために何かくれるのが、想像していたより嬉しかっただけ。
「なまえの好きな服でいい、ずっとボロのままじゃみすぼらしいぞ。」
ほんとに、いいのだろうか。
物まで貰うなんて、そんなことしてもらったら、なんだか申し訳ない。
「いいの?」
嬉しいだけで飛びついちゃいけない。
疑問たっぷりに尋ねてみると、鼻で笑われた。
にゅっと曲がった口髭を、つまみたくなる。
「なんなら、ねだってみろ。」
おねだりならいつもしてるじゃない、と思っても、安っぽく思われたくない一心で言葉を飲み込む。
「おねがいします!」
「ん、よくできたな。」
大きな手に頭を撫でられて、へらへら笑うと、ほっぺの端をつままれた。

「お子さんですか?」
店員の女の人が、ミケさんにそう聞いた。
服を選ぶ私と、その隣にいるミケさんを見て、親子以外だと思う人はそういないだろう。
ミケさんは背が大きいし、私はとても小さい。
見た目でも、ミケさんくらいのおじさんなら子供がいてもおかしくない。
私が誰がどう見ても子供みたいな顔と見た目なので、そう思われるのも当然。
お子さんですか、と聞かれたミケさんは、前にも似たようなことがあったのを覚えたいたのか、否定するのをやめたようだった。
「ん。」
店員の追い討ちを仕掛けないために、選んだ服を手に店員に念押しした。
「そうなの、お父さんなの」
私がそう言うと納得したのか、店員は笑顔でそうなんですか、と返した。
どう考えても上司が部下に服を買い与えてるなんてことは、ばれないほうがいい。
自然に、子供が父親に服をねだるように、お父さんにおねだりしたのを思い出して、おずおずとミケさんに服を見せた。
「これがいい」
選んだのは、薄い緑のワンピース。
着る勝手がいいだろうと思って、控えめなものを選んだ。
ところがミケさんは、私が選んだ服を見るなり別の棚に手をかけた。
棚から、白い、丈の長そうなワンピースを取ると、私に押し付ける。
「これも似合うんじゃないか。」
まさかのミケさんのおすすめを、私はそっと受け取った。
丈をあわせてみると、膝が隠れるくらいの白い、可愛いワンピースだった。
腰のあたりがふわふわしていて、可愛いけど動きやすい。
こんな服、着てたら絶対、どうしたの?って聞かれる。
「ミケさんは、これが似合うっておもうの?」
それでも、もしミケさんが選んでくれて、ミケさんはこれが似合うって思うのなら、これも欲しい。
「ん。」
白いふわふわのワンピース、着る勝手の良さそうな薄い緑のワンピース。
両方を手にとって、一か八かのおねだりをしてみた。
「どっちも欲しいなあ」
どちらかにしなさい、と怒られてしまうかも。
そのときは、ミケさんが選んでくれたほうの服を買おう。
それくらいの気持ちだったけれど、ミケさんはあっさりと了解してくれた。
「いいぞ、両方とも。」
「いいの?うれしい」
嬉しくて服をぎゅーっと抱きしめると、様子を見ていた店員さんがにこやかになった。
にこにこしながら服を抱きしめる私は一体何歳に見えているのだろう。
店員さんは私の目線までかがんでくれた。
「決まりました?」
「決まった!」
ミケさんが選んでくれた白いワンピースと自分で選んだ薄い緑のワンピースを、店員さんに差し出す。
見慣れない紙袋に服をつめてもらっている間、私は浮かれてへらへら笑っていた。
欲しいだけじゃなくて、選んでもらった服まであるのだ。
きっと、休みの私服が恋しくなるに違いない。
嬉しくてミケさんの足元でぴょんぴょん飛び跳ねると、そっと頭を撫でられた。
「えへへー!ミケさんに買ってもらったって、ペトラに自慢しちゃお!」
「暇で動くときくらいは、汚れてない服で動け。」
「わかった」
「綺麗な格好をしていたほうが、まだ可愛げがある。」
ほっぺに両手をあてて上目遣いをして、可愛げを作り出してみると、また鼻で笑われた。
ミケさんらしい反応に嬉しくなって、腰のあたりに飛びつく。
「うん!」

服が入っていた紙袋に先ほどまで着ていた服をいれて、白いワンピースに着替えた。
着てみると、たしかにサイズは合っているけど、言うまでもなく、胸のあたりがぶかぶかだった。
そのうちきっと体に合うときがくると信じて、そこは目を瞑る。
くるくると回ってみると、明らかに布の質がいい。
太ももに触る布触りがとてもいい。
ずっとこの服のまま過ごしたいけど、そうもいかない。
ミケさんに会うときはこの服にしよう。
「夕方まで、お部屋にいてもいい?」
「いいぞ。」
白いワンピース姿の私を一瞥したミケさんは、鼻で笑った。
似合ってる、って思ってくれたのかな。
それとも、ちんちくりんの私がちょこまか動いてて、面白いのかな。
夕方まで部屋にいていいと言われたので、ソファに座り、お上品に寝転がる。
「わかった」
新しい服の匂いに包まれながら、目を閉じて、すぐに意識を手放そうとした。
寝ると分かれば、すぐに寝られるので、丸まって呼吸を静かにする。
何分か静かに息をするうちに、そっと耳も音を拾わなくなる。
ミケさんは起こしてくれるときは、肩をそっと揺すって起こしてくれるから、安心していられる。
意識をふっと手放して、まどろんだ。
ペトラに服を自慢したら、きっと驚かれるだろうな。
買ってもらったのが嬉しいのと、可愛い服を与えられて嬉しいのと、とにかく嬉しいのでいっぱい。
また子供みたいだねって笑われちゃうかな。
大人になると、嬉しいのを素直に嬉しいって言ったりしなくなるのかな。
私もミケさんみたく、何があっても鼻で笑うようになったら、どうなんだろう。
そんなふうに振舞ったら、今度はもっと笑われてしまいそう。
子供っぽいという理由でオルオに笑われるときは、大体こちらから喧嘩をふっかけるし、いつも追いかけっこになる。
追いかけっこも楽しいけど、もうすこし大きかったらよかったのに。
そう思うことも、ないわけではなかった。
べしっと、冗談で頭を叩かれてしまうと、力の違いで痛かったりする。
特にオルオは小さい子に対する扱いが分かっていない。
オルオが思いっきり叩いてくると、叩かれたところから痛みが広がりそうなくらい痛かったりする。
じんわりと痛い。
そう、じんわりと痛いのだ。
その痛みで、手放していた意識がふっと戻る。
腰と背中のあたりが、じんわりと痛い。
何か固いものを上から置かれているような、そんな痛み。
それが寝ている最中背中のあたりに重点的に置かれたのだから、目も覚める。
起きようと思って動いても、足が動いて体が動かない。
「おい、クッションが動いたぞ。」
聞き覚えのある、怖い声。
目を開けて、体の上を見ると、誰かの肘が私の背中に乗っていた。
筋肉質な手が私の胴体を今にも掴みそうに乗っていて、驚いて見上げる。
「随分高そうなクッションだと思ったら、なんだお前。」
ソファにどっかりと座ったリヴァイ兵長が、私をクッションと認識していたようだった。
視界の端に見えるミケさんも、驚いた顔をしている。
「わ、兵長、ごめんなさい」
謝ると、兵長の肘がどいたので、ソファに座りなおした。
寝ている間に、兵長がミケさんの部屋にきて、ソファに思い切り座ったのだろう。
丸まって寝ている私には、当然気がつかない。
だって、小さいし。
「ああ、お前、なまえか。」
ソファに座りなおして向き合うと、気がついたかのように名前を呼ばれた。
「高そうなクッションだとは思ったが・・・。」
「ご、ごめんなさい」
「部屋で寝こける仲か。」
「寝てました」
「邪魔したか?どうも、そうじゃなさそうだが、なまえ。」
どきり、とすると、兵長が顔をぐっと私に近づけた。
もしかして、怒られてしまうんだろうか。
なんでミケの部屋にいるんだ、とか、ああ、でも部屋にいるところなんてこの前見られた。
怯える私なんて気にせずに、兵長は自分の質問を囁いた。
兵長が私にぐっと近づいたのを見て、ミケさんが焦る。
同じくらい私も焦っているけど、なんとか隠す。
「なあ、教えてくれよ、なまえ。」
「なにをですか」
「どうやってあんときミケの野郎にクソ打ち込ませたような叫び声上げさせたんだ?」
「え」
「こいつ、滅多にあんな間抜けな声あげねえんだ。」
「えっと」
「やめろ、なまえ、答えるな、リヴァイ、聞くな。」
答えようか迷っていた私に、ミケさんの制止が入る。
もちろん、聞かれても答えないけど、兵長の顔が怖くてつい言う事を聞いてしまいたくなる。
ミケさんは、どうしてもばらしてほしくないようだ。
かなり必死な顔で、私と兵長を交互に見ている。
「ミケさんと、私の内緒なの」
「ほう、偉そうだな。」
顔を近づけてきた兵長が不気味に笑う。
この人の顔は怖い。
できれば見つめたくないくらい、怖いのだ。
兵長の目は、怖い。
ミケさんのほうが、ずっと優しい顔をしている。
きっと、兵長はミケさんがあれだけ驚いたのが不思議でならないのだ。
人類最強の、リヴァイ兵長。
その兵長でも、ミケさんが怖がりだということは、きっと知らないのだろう。
ミケさんの弱いところは、秘密。
いつもよりも怖い、それでいて真剣な目で、内容自体はけっこうふざけている質問を私に投げかける。
「じゃあ俺となまえの内緒だ、どうやってこいつを驚かせたか教えてくれよ。」
「だ、だめです」
「いいだろう、情報の共有だ。」
とてもじゃないけど、こんな怖い人と内緒話なんてできない。
下手なことを言えば首なんか簡単にへし折られてしまうだろう。
ペトラはどうして、この人に憧れているのだろうか。
弱みを知った人間を、面白半分強請る。
きっと、一見堅物のミケさんが叫んだ原因を知っている私相手だから、こんなにも聞き出そうとしてくるのだろう。
面白がっている、兵長が面白がっている。
怖い顔をしているけど、内心とても楽しそうなのが伝わってくる。
「内緒だから駄目なの!」
「ちびのくせに偉そうだな、そんなに内緒が恋しいってか?」
「え!?うーん、偉くないの!でも!」
冷や汗が、頭の後ろを伝う。
「ミケさんは好き!」
思い切って出た言葉が、これだった。
「ああ?なんだお前。」
「内緒は守るんです」
兵長は疑いにかかりそうな顔のまま、ミケさんを見つめた。
「ミケ、随分でけえ弱み握られたんだな?」
「何も聞くな、やめろ・・・。」
「いい根性してんじゃねえか、なまえ。弱みを握るだけの器量があんのか。」
「リヴァイ・・・やめろ・・・。」
焦ってしょぼくれるミケさんの弱みを知っているのは私だけ。
大丈夫だよ、ミケさん、言わないよ。
心の中でそっと言って、兵長に見られないように、こっそり笑った。





2014.01.28




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