生殺し





狭苦しく感じる部屋の中の一角ともいえる、大きめのベッドが軋む。
無造作にシーツの上に倒れこむ前に握り締めた手を、そのまま引き寄せる。
私よりも少し大きなその手は、とても綺麗。
ある程度整えられた私の爪と無造作が目につくハンジさんの手。
指が絡み合って、それから舌が絡み合う。
抱き合うと熱が交換されるかのように触れ合う肌は、お互いに脱がし合って露出した部分から伝わる。
「ハンジさ、ハンジさん」
舌っ足らずになった私の声が、どこかに消えていくようだ。
でもこの声はしっかりとハンジさんに聞こえてて、今こうして何もかも受け止めあっている。
「好きです、ハンジさん」
覆いかぶさるように馬乗りになっているハンジさんを抱き寄せて、べたついた髪の中に指を探りこませるようにして頭を掴んで寄せた。
甘い匂いでもしてきそうな胸の谷間を舐めると、楽しそうな声が聞こえる。
「なまえ、恥ずかしいよ、そんながっつかないで。」
薄い唇を塞いで閉じるようにキスをすると、歯列を割るように舌が入り込む。
押し返すようにハンジさんを寝かせ、上になろうと胸を揉んだ。
ハンジさんの胸は柔らかくて、どちらかといえば弾力がある。
私の胸は指が埋もれていくような胸で、年上の彼女の胸のほうが弾力があるとはこれいかに。
胸を揉んで感触を楽しんでいると、手の平の真ん中に硬くなった芯が触れるような感覚があった。
硬い芯をほぐすように揉むと、緊張がほぐれるように皮膚の強張りがまた解けていく。
両肩に触れていたハンジさんの手がずれて、肘のあたりに触れる。
くすぐったくて片方の手をどけてから、そっとハンジさんのベルトに触れた。
無抵抗同士の触れ合いに、邪魔は何もない。
ベルトに触れると、ハンジさんの細い指先が緩やかにベルトを外して、私の焦った手は下着の中に入る。
なんとなく、陰毛の感触があったけれどそれを通り越して秘部に触れると、すこしばかり濡れていた。
指を窪みに埋めて、ぬるぬるとした感覚を確かめる。
乱暴にすると傷つけてしまうので、撫でるように指で探り、感じるところを探った。
キスしていれば、喉の動きが伝わる。
この人は感じるとすぐに肩と喉の筋肉が震えるのだ。
敏感なところも愛らしくて、すぐ独り占めしたくなる。
指の隙間がぬるぬるしてきて、自慰をするときのように指を這わせると絡めていた舌が逃げるように引いた。
独り占めしたいがあまりに押し倒したこともあるし、私の我侭から快感を探っていることも度々ある。
塞いでいた唇から舌が遠のいたように感じて、口腔を探った。
あまり反応がなく、肘に添えられていたくすぐったい手もずり落ちる。
好きにしてくれという合図なのだと思って、下着をずらしそのまま下半身に体をずらした。
互いの唾液で湿った唇を性器に這わせて、ハンジさんの膝の裏を撫でる。
いつもはこれにくすぐったがって笑い声に似た喘ぎをあげるのだけど、これにも反応がない。
「あれ」
ふと顔をあげて、空いた手で前髪をかきあげる。
視界不明瞭なせいか、見間違えたと思ったが、反応がない。
薄々と静まった声がぱったりと聞こえなくなり、そして吐息までも薄れる。
こんなことがあっただろうかと覗き込むと、半開きの口からは言葉も発せられなかった。
閉じられた瞳、長い睫、疲れて離れた眉毛。
「ハンジさん?」
どう見ても寝ている。
ふとももに添えた手をそっとどかして、下半身に身につけたものがずれたままでは風邪を引かれてしまうので、仕方なく毛布をかける。
毛布をかけても、反応はない。
文鎮のように動かない体と、発されない声。
「・・・お疲れでしたか」
話しかけても、僅かに寝息が聞こえる。
そっとハンジさんの眼鏡を取り外し、枕元に置く。
寝相で床に落ちないことを祈りつつ、起こさないように顔を見つめながら、微笑むしかなかった。
「眼鏡、置いておきますね」
当然返事はない。
気持ち良さそうな寝顔に、何もかも吹き飛びそうになる。
この顔にキスしたら、きっと凄い征服感だろう。
思い切り寝られた。
それも愛撫の最中に。
気が抜けたのか、それとも愛撫が寝るほどに気持ちよかったのだろうか。
真偽を聞くこともやめて、毛布を羨ましく思った。
何かを言う気力もハンジさんの眠気に持っていかれそうになりながら、行き場のない性欲を食べるように彼女の性器に触れた自分の指を舐めた。
興奮して治まりそうにない眠気を瞼の奥に押し込め、枕に頭をつっこんだ。
ぼふ、と頭から柔らかい中に落ちれば、耳に伝わってくるのは聞こえもしない毛布の呼吸と隣で寝るハンジさんの寝息。
枕に頭を押し込むように寝ると、今日一日の光景が脳内に溢れかえるのだった。

「あ、あれ?なまえ?」
朝だろうか、どうせこの人が起きてるのだから、朝だ。
その声に即座に起こされたものの、眠気はまだ頭から取れずにいた。
「はい?」
開ききらない声帯のまま返事をすると、予想以上にまぬけな声が出た。
こんな声で返事をしてしまうほど、寝入っていたのか。
寝入られたから寝たけれど、こちらが熟睡しては元も子もない。
それも行き過ぎた考えのようで、こちらが起きたと分かるとすぐに明るいハンジさんの拍子が飛んできた。
「私いつ寝た?」
「夜です」
「え?部屋にきてから?」
「当たり前じゃないですか」
「ここにきたよね、一緒に。」
「私がパンツの中を手で触ったら寝ました」
一息ついて笑い出したハンジさんが、まるで目覚まし時計だ。
シーツを叩く音が耳に入る。
あなたは私が前戯に入ったら寝始めましたよ、とはっきり言ったほうがいいのだろうか。
「うわっはあー!ごめん!!!」
枕元の眼鏡をかけたハンジさんの眩しい笑顔が、目に焼きつく。
光景を焼き付けた目を閉じて、すこしだけ枕に顔を埋める。
そうしてから寝返って体を伸ばしたあと、あくびをして喉を起こす。
開いた喉が一度閉ってから、今度はまぬけな声じゃないように、と祈りながら焼き付けた光景をもう一度確認するように目を開ける。
「早く支度しないとモブリットさんが駆けつけますよ」
駆けつけることなんて、殆ど無い。
大体いつも研究してるから、外にいると思われているはず。
だから本当は昼近くまでごろごろしていても、すこしなら問題ない。
「ほんと、ほんとごめん!」
「謝らなくていいですよ」
「いやあー!ほんとにごめん!」
本当に謝っているのか、という勢いで笑うハンジさんを、怒る気にもならなかった。
「研究してばかりで寝てないんですか?」
「寝てない。」
言い切られてから、ぼさぼさの髪を手で梳いて、手を見た。
特に大仕事もしてない手だけれど、皺だけはしっかり刻まれている。
この手でよくハンジさんを嬲っているのだけど、気持ちいいとは言われていた。
どうしようもない理屈のまま手の姿を納得させて、爪を見る。
抜け毛はないけれど、何故か爪に埃が挟まっている。
何故だ。
ここはハンジさんの部屋だ。
平気で何日も風呂に入らずにいられるのだから、あまり綺麗にしていないのだろう。
あそこまで研究に打ち込む人が、部屋を小まめに綺麗にしているなんて手伝い人でも雇っていなきゃあり得ないから、嫌悪にはならない。
爪の埃を取り払う私を見たハンジさんが、今日の昼ごはんでも読み上げるように言った。
「じゃあなまえは生殺しか。」
そりゃそうだ、と言うのを忘れて呆れると、ふと夜の光景が蘇りそうだった。
淡い喘ぎと、嗅ぎ慣れた匂い。
朝日を見たハンジさんが、次は私を見る。
そうして、見覚えのある笑顔。
「んー、ほら、まだ時間あるね、なまえ!パンツ脱いで!」
私の下着に手がかけられ、間髪いれずに脱がされる。
尾てい骨に感じた寒さを確信したあと、体を引く。
引いた腰を捕まれ、膝を掴まれてくすぐったく感じて足をよじると、すぐに両足を開かされた。
「えっ?」
力の差が歴然とした一瞬に驚きながら、その間にもハンジさんが足の間に顔をつっこんだ。
下着は足の間から取り払われ、太ももに舌が這う。
こんなに力の差があったっけ、同じ女なのに。
思えばハンジさんのほうが私より背が高いから、力に差があって当然。
「やっ、ん、わぁ」
起こしたはずの声帯から漏れる声は、とてもまぬけ。
太ももに這った舌を拒むことなく、ただ見つめていると、不敵に笑ったハンジさんの舌が足の間の奥底に届く。
足の間にいるハンジさんを見て悦びながら、すこしだけ戸惑う。
昨日あんなに早く、私を置いて寝た人が、最も清く明るい時間に責め立ててくる。
ハンジさんの指がなんとなくを頼りに性器を這い、息を止めると言葉がまたも飛んできた。
「たしかね、私はなまえにこのあたりをこうされたら寝たような気がする。」
「あ、やあ、ふぁ」
どのあたりとは明確に言わないし触らないまま、緩く軟く撫でられる。
愛撫とも言わないような愛撫に、もどかしくなり腰を引くと膝を覆うように掴まれ、腰が引けない。
「指になまえの匂いがついちゃったら、ミケあたりにバレちゃうかなあ?」
中に指を入れさせながらそう言われ赤面した私の気持ちも知らなさそうに、再び太ももにキスされる。
膣内で僅かに動く指先を想像して、口元が思わず締まった。
「に、匂いさせてないで風呂に」
こんなときまで叱り口調になってしまうのは、仮にも部下だからだろうか。
風呂に入ってもミケ分隊長になら嗅ぎ分けられてしまう。
挑発をするくらい、起き掛けでも余裕なのだ。
這う指を感じていると、眼前にハンジさんの顔が見えた。
「はい、ちゅー。」
そう言われすぐに唇を尖らせると同時に、ハンジさんの乾いた唇が押し付けられる。
「やだもう、ハンジさん・・・恥ずかしい・・・」
押し付けられた唇から顔を離して呻いても、楽しそうに首や胸に口付けされるだけ。
くすぐったくて、恥ずかしくて、それでも心許した気持ちよさに、朝から溶けそうになる。
幸せなのだろうけれど、恥ずかしい。
余裕には弄ばれているようなものだから、尚更。
「なまえの恥ずかしがる顔も可愛いなあ、今日一日パンツ無しで過ごしてよ。」
「お、おこ、お断りしますっ!」
怒りますよ、と言おうとした心をそっと仕舞いこんだ。
脱がされたパンツは床に落ちているのだろうか。
落ちてたら真っ先に拾おう、そう思ってハンジさんを抱きしめた。





2013.11.29


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