こわがりさん



怖い話をすると、怖がる。
後ろからそっと近づいて飛びつくように抱きつくと、一瞬だけ体を強張らせる。
夜一緒にいるときに、前触れもなくわざといきなり声をかけると、すぐ振り向く。
一緒に寝ていて夜中トイレに起きると、何故か帰ってきたときに驚かれる。
その時の目は、なんとなく見開かれてる。
寝てる時に鼻をつまむとすぐ起きる、これは当たり前かなあ。
大きい体をしているのに、目はとっても落ち着いてて優しいから、ついなんでもしたくなる。
背が高くて体が大きいなんて、要素としては怖いものに見えることもあるのに、ミケさんは怖くない。
優しいから、私はつい甘えてしまう。
もちろんミケさんのことは大好きなのだけれど、気になることがある。
大好きな人のことが気になるのは当たり前のこと。
デリケートなことだと、もっと気になるけど、そう気安く聞けない。
前にオルオが怖い話をしたときの怖がり方とか、優しそうな目が怯えるところとか、いじめたいわけではないけど、なんだか面白い。
人をいじめる趣味なんてないけど、気になるのならちょっかいくらいは出したい。
そう思えるのは、大好きな人相手だから。
ある程度ミケさんが近くに感じるから、こう思えるんだろう。
普通は失礼で、とてもじゃないけどそう思うことも駄目。
よく話したり、抱っこしてもらったり、すこし恥ずかしいこともしたりするから、近いからなんとなくわかる。
大きい体をしたミケさんは、実はとても怖がりなんじゃないかと思った。
なんとなくそう思うというだけでは、信憑性がない。
それなら近い立場を生かして確かめてみようじゃないか、と思い立ったのが数時間前。

ここまで頭で思い返して、包まれている毛布の匂いに眠気を誘われる。
驚かせるなら、夜がいい。
夜に隠れるなら、部屋の中でも最も無防備な毛布の中。
こっそりと部屋に忍びこむなんて危ないことはしない。
昨日の夜一緒に寝て、そのままずっと部屋にいるという方法を取った。
寮に帰ろうかどうか迷っているところで、思いついてそのまま部屋にいる。
ミケさんは私がいつも帰ってると思ってるから、これほど都合のいいことはない。
昼過ぎに起きて、ペトラやハンジさんに会ってないから不思議に思われるかな、なんて考えたけど昼過ぎまで寝たのなら同じ。
後日怒られるかもしれないけど、ミケさんの手伝いをしていたといえば、それで済む。
夜になったら、そっと毛布の中に隠れた。
膨らみでわかるかもしれないけど、ばれたらばれたで仕方ない。
耳を澄ませて、毛布の中で丸まって、じっと帰りを待つ。
眠たくなって寝たら、せっかくの悪戯が台無し。
毛布の中は、柔らかい匂いと、少し埃っぽい匂いと、嗅ぎ慣れたミケさんの匂いでいっぱい。
自分の髪の毛の嗅ぎ慣れた匂いもするけど、何故この毛布からその匂いがするのか。
きっとここで寝ていることが多いからだけど、恥ずかしい。
誰も見てないし、知ったところでミケさんか、洗濯係の人がいるならその人しか知りえないこと。
でも、私の匂いだとは気づかないだろう。
知りえないことといえば、なんでミケさんは人の匂いを嗅ぐんだろう。
聞いたこともない。
聞く必要がないことなのかもしれない。
私だってミケさんを見つければすぐに抱きつくことに、そうも簡単に説明がつかない。
世の中は色んなことが説明ができないことで溢れているのだ。
今こうして悪戯を仕掛けている今も、説明はそんなにいらない。
毛布の中で珍しく溢れた時間の中で考え事をしていると、部屋の出入り口付近で物音がした。
扉が開く音がして、重い足音がする。
足音だけで胸が高鳴った。
ベッドの目の前の机の近くまで足音がきたら、もうすぐ。
足音が入り口手前のほうで止まってるから、きっとジャケットを脱いでいる。
足音が、ぎし、ぎし、ぎし。
ちょうど目の前にきた。
間違いない、ミケさんの気配だ。
一気に毛布を捲って、反射的に飛びつくと、案の定そこにはミケさんがいた。
「わー!」
大きな声を出したつもりだけど、ただの楽しげな声になってしまった。
それでも、悪戯は大成功。
飛びついた先にミケさんがいなかったら失敗してたけど、私は耳だけはいいから失敗する気はあまりしなかった。
即座に部屋中に響いたのは、私の声ではなく、ミケさんの声だった。
「いやああああああああああああああ!!!!!!!!!」
私より大きな、ミケさんのびっくりした声。
いつもなら飛びついた私を軽々と受け止めてくれるのに、飛びついたらそのまま倒れこんでしまった。
ミケさんの大絶叫と、床に私共々倒れこむ大きな音がする。
きっとこれは誰かが駆けつけるな、そう思いながら、私は笑った。
「わー!びっくりしたの!」
ミケさんは、飛びついた謎の襲撃者が私だとわかると、荒れた息を整えだした。
顰めに顰められた眉に、見開かれた目。
今にも叫びそうな落ち着かない口元に、額に汗。
相当驚いた様子で、まるで怖いものでも見たかのような顔をしている。
悪戯は成功したけれど、見てるだけでおっかない様子に、なんだか申し訳なくなった。
「なまえ・・・やめて・・・。」
顔を手で覆ったミケさんが呻く。
楽しくて笑いながら、飛びついた体勢から少し体を起こした。
ちょうどお腹の上に乗っているけれど、先ほどから腹筋が大きく上下している。
それもまた楽しくて、ミケさんの胸元をぺしぺしと叩く。
「ミケさん、びっくりしすぎ!」
相変わらず顔を手で覆ったままのミケさんが、また呻くように喋った。
「なんで毛布の中に入った・・・。」
「びっくりさせたかったの」
「やりすぎだ・・・。」
消え入るような声に、つい笑ってしまうけれど、悪戯はおしまい。
悪戯に至る経緯になった疑問を、ぶつけてみた。
「ミケさん、こわがりなの?」
そう言うとミケさんは、顔を覆う手をすこしずらして、狭い視界であろう指の間から私を見た。
違うと言いたげだけれど、もう言い訳はできないだろう。
「前もびっくりしてた」
オルオのときも、と言わなくても伝わるだろうし、言わなかった。
「教えて」
ようやく、手を顔からどかしたミケさんが、私をちゃんと見た。
もう落ち着いてるけど、額に汗が乗っている。
私の指先で汗をふき取ると、爪先が濡れた。
濡れた爪先を自分の袖で拭きながら、質問がおあいこになるようにした。
「私も、怖いのあるよ。巨人は怖いし、一人で寝て、怖い夢を見るのもやだ」
怖い夢を見ると、一日すごく嫌な気分になる。
そういうときはペトラにすぐ構ってもらったりするのだけれど、不安定な気持ちは変わらない。
上半身を起こしたミケさんにつられて、ずるずると体がミケさんの足までずれる。
足に馬乗りになってても、目線は上がってしまう。
これだけ身長差があるのに、驚かせて倒れこませたのは運が良かったのかもしれない。
ミケさんにとっては、運が悪いけど。
大きなため息をついたミケさんが、またいつもの優しい目をした。
「疲れて帰った部屋で飛びつかれて、驚かないほうがおかしい。」
「うん!おかしい!」
疑いもしない私を見て、半分呆れたようだった。
確信犯の私を諭すのは無理とわかっているのだろう。
「なまえ、何を思ってこんなことをした。」
「ミケさん、怖がりなのかなって。」
「・・・なまえは、夢が怖いのか。」
「怖いよ、嫌な夢はみんないやになるよ」
「なまえが怖いものが、皆が怖いとは限らない。」
「そうかな」
「そうだ。」
「うーん、そうなのかなあ」
「なまえは、巨人が怖いのか?」
「うん、怖いよ」
当然怖いものだよ、と付け加えると、すこし真面目な口調になった。
「討伐数は?」
「オルオより少ないけど、ペトラよりちょっと多いかなあ、同じくらいかも」
具体的な数を伏せて、曖昧に言った。
数なんて把握されてるだろうけど、そう言うとミケさんは何故か私の頭をくしゃくしゃに撫でてくれた。
曖昧に言ったことを叱られるかと予知したけど、予想の斜め上を現実が通り過ぎていく。
「そうか。小さい体でよく頑張ってるな。」
悪戯をしたのに、突然褒められて、顔に熱が集まる。
照れるといつものように鼻で笑われたけど、嬉しいものは嬉しい。
「ほんと?」
「ああ。」
倒れこんだミケさんの足の上に乗ってる状態だけど、体によじのぼるように這っていって胸に顔を埋めた。
「褒めて」
悪戯心の延長でそう言うと、今度は丁寧に頭を撫でられた。
暖かい手が私の頭を何度も撫でてくれて、とても気持ちいい。
「えへへ」
ふぬけた顔で笑うと、頬を撫でられた。
緩んだ頬をつっつかれたあと引っ張られて、鼻で笑われる。
「びっくりさせてごめんなさい」
頬が伸びた間抜けな顔のまま謝ると、頬からミケさんの指が離れた。
「夜は脅かさないでくれ。」
「わかった」
「脅かすのは、もう・・・やめて・・・。」
弱々しくもうやめて、なんて言ったミケさんが可愛くて、また面白くなって飛びついた。
今度はちゃんと受け止めてくれて、がっしりした体がそこにある。
ミケさんの心臓の音を聴くように耳を胸につけて抱きついていたから、直前まで気づかなかった。
床の振動を感じた途端、その途端。
どんどん、と扉を大きく叩く音がした。
その音の響き方からして、先ほどミケさんが大絶叫して倒れこんだ音を聞きつけて来た人の襲来だということはすぐに分かった。
「おい、いるか?」
聞き覚えのある、あまり好きではない声。
「なんだ、さっきの音は。巨人にクソでも打ち込まれたのか?」
リヴァイ兵長が喋りかけながら、特に前触れもなく扉を開けた。
視界の真正面にいるはずのミケさんがいないとわかると、床に視線を向けて、私とミケさんと目が合う。
いつもの怖い顔をしたリヴァイ兵長に、そっと見下ろされる。
どういうわけか、リヴァイ兵長の後ろにオルオまでいた。
オルオの老け顔がまた老け込んだような表情を見て、咄嗟に悟った。
床に倒れこんだ、もとい今は足を伸ばして座り込んでいるミケさんの膝の上に乗っかる私を見て、数秒固まる。
針でも刺されたかのような静寂のあと、リヴァイ兵長が表情を一切変えずに感情のない声で言い捨てた。
「くたばるといい。」
扉の前から颯爽と立ち去ったリヴァイ兵長が、歩き去る音が聞こえる。
老け顔のまま三日寝ていないような顔をしたオルオが、気まずそうに扉に手をかけた。
ゆっくりと閉められる扉をただ見つめたあと、静かな音をたてて部屋はまた閉め切られた。
「ばれちゃったね」
「・・・そうだな。」
ミケさんの唇にキスをすると、同じようにキスが返ってきた。





2013.11.23

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