#02 「先生、ちょっと胸のあたりが…、こんな感じでしおらしくいけば一発さ」 「ずっこいのお」 「したたかと言ってくれないかな」 いかにもな演技をした幸村は、心外だと大げさに肩を竦めた。優等生だ神の子だと持て囃している奴らにこの姿を見せてやったら、一体どんな顔をするのだろうと仁王は考える。 しかしこんなものは、幸村を形づくるものの一部でしかない。幸村は、思いの外気分屋で、やっぱりどこまでもつかみどころのない奴だった。 『俺にも、スリルのお裾分けしてくれない?』 そう言った幸村に合鍵を渡したあの日から、そろそろ1ヶ月が経とうとしている。もうひとつ合鍵を作ってきた幸村は、大体週に1回か2回の頻度でこの視聴覚室に訪れるようになった。 特に決まった日にちや時間帯もなく適当に現れ、読書をしたり少しだけ話をしに来ては、これまた適当に帰って行く。不思議と、煩わしさや不快感はなかった。 基本的には、それぞれに独立した空間があるからなのだろう。閉まりきっていないカーテンから、ほんの少しだけ漏れた光を見つめながらそういったことを思っていると、ふいに「ねえ」と声を掛けられた。 主は勿論、幸村だ。 「仁王はさ、願えば必ず叶うことがひとつだけあるとするなら、どんなことを願う?」 「ひとつだけ叶う願いごと…」 普通なら何気ない話題のひとつでしかないだろうに、思いの外、幸村は思い詰めたような顔をしていた。 仁王は顎に手をやり、少しだけ思案する。そして口をついて出てきたのは「図書室」だった。 「図書室?が、丸ごと欲しいの?どうして?」 「内緒じゃ」 なぜ咄嗟に図書室と答えたのか、自分でもよく解らなかったのでそう誤魔化した。先ほどまで幸村が読んでいた、茶色い背表紙の本が目に留まったからかもしれない。幸村は特に気を悪くした様子はなく、それでも神妙な面持ちで「そっか」と頷いた。 「俺はね、特にないんだ」 「…意外ナリ。何でもあるじゃろ?『立海三連覇!』とか」 「それは、願わなくていいんだ」 願わなくても、現実にしてみせる。続けずとも、そんな思いが透けて見えた。 思い上がりなどではなく、きっとこいつなら本当にやり遂げるのだろうと感じさせられる頼もしさが垣間見える反面、そんな幸村の自負が何故か悲しいもののように思えた。 「丸井がな」 「え?」 「丸井が、世界の中心は俺だって言うとった」 「アハハ、丸井らしいね」 「けどそれ聞いたとき、妙にしっくり来たんじゃ。丸井の世界の中心は丸井で、俺の世界の中心は俺。…じゃけえ、幸村の世界の中心は、幸村じゃ」 幸村は目を逸らさずに、ただこちらを見ていた。そしてひとつ瞬きをすると、「うん、そうだね」と顔を綻ばせた。 |