#01


固い床に寝そべり惰眠を貪っていた仁王は、どさりという鈍い音で目を覚ました。
うっすらと目を開け、音の源を探る。教卓用の長テーブルの上に、機材と紙類が積まれていた。
途端に視界がクリアになる。
これまで置いてなかった筈のそれらは、仁王にとって『良くない類いの来客』を意味していた。

やばい。
そう思った瞬間、視界いっぱいに目が眩むような強い光を受けた。小さく呻き、左の手の甲で両目を覆う。
だんだん元通りになってきた視界の先に見えたのは、遮光カーテンを開けきった窓と、凛とした立ち姿の男子生徒だった。

綺麗なウェーブが掛かった、青い髪。
それが『良くない類いの来客』もとい、教師ではなく見知った人間だということに気付いた仁王は安堵した。



「ゆきむら、」

呼ばれた主はこの教室の先客に気付いていなかったようで、
驚いた顔をして振り返った。

「仁王じゃないか!やあ、…おはよう?かな。ふふ、すごい寝癖だ」

律儀な挨拶を受け、「ん、おはようさん」と短く返事をして立ち上がる。肩を回すと、ぱきぱきと骨が鳴った。


「なかなか珍しいお客さんじゃな」

「担任の先生に、生徒総会で使った機材を運んでくれないかって頼まれてね。まさかこんなところに人が居るとは思わなかったから驚いたよ、ちゃんと鍵も掛かってたし」

「こんなのは朝飯前じゃ」

自前の合鍵をちらつかせると、幸村はそれを咎めるどころか愉快そうに笑ってみせた。その姿に、今度は仁王が目を丸くする。

「なるほど、ここは隠れ蓑にするにはもってこいの場所だね」

窓を開け放し、入ってくる風を仰ぎながら、幸村は「ちょっと休憩」と言ってその辺のパイプ椅子を二つ引っ張り出してきた。礼を述べ、少しだけ戸惑いつつも隣に腰掛ける。大きく伸びをした幸村の椅子が、ぎしりと音を立てた。


基本的にほとんど使われることのないこの視聴覚室は、精密機械がたくさん置いてある割に掃除区域にも入っていないため、手入れが行き届いておらず埃っぽい。
しかしその点を除けば、間違いなく絶好のサボりスポットだ。


「仁王は、よくここに来るのかい」

「今までは気分で変えよったけど、最近はここ一択」

エアコンも付いとるし、と付け加えれば、幸村はまた笑んだ。


「もうすぐ終礼のチャイムが鳴るよ。日直に教室を締め切られる前に、俺たちも戻ろう」

「そうじゃな」

「それから、仁王に1つお願いがあるんだ」

「?なに、」

「仁王が持ってるその合鍵、1日貸して欲しい」

思わず、戸締まりをする手を止めて振り返った。
それは、つまり。

「俺にも、スリルのお裾分けしてくれない?」


人当たりが良く、品行方正。


幸村に対して、仁王が抱いていたイメージはこの二つだ。
礼儀正しく、教師や部活の先輩たちからの評判も上々。涼しげな目元と、しとやかな振る舞いが印象に残っている。
しかし仁王は、その人当たりの良さに何かしらの胡散臭さを感じていた。

一言でいえば、食えない奴。どうもこの男に関しては、ペテンを掛けたとしても上手く欺けるとは思えなかった。深い青の瞳に、こちらのすべてを見透かされてしまいそうな気がしたのだ。

自分とは反りが合わないタイプだろうと思っていたこともあって、部活外では廊下ですれ違えば挨拶をするといった程度の交流しかしていない。
自ら関わろうと思ったことも、これまで一度もなかった。

しかし、それが傾こうとしている。


仁王はこの日、初めて幸村精市という人間に興味を持ったのだった。






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