「これ以上スピード出ねえのか」
「お、まえなあ、まじきついんだ、ぞ、これ、」
「だらしねえなあ宍戸?氷帝レギュラーの名が廃るぞ」

そう言って、跡部のヤツはフンと小馬鹿にするように笑った。くそ、これだからお坊ちゃんはいただけない。
生ぬるい風を切り、ひたすら自転車を漕ぎ進む。こめかみの辺りからはぽたぽたと汗が滴り落ち、不快指数は増していく一方だ。
それに加え、何かにつけて揚げ足を取ってくる跡部の挑発をかわさなくてはならない。自他認める単細胞な俺にとって、これが一番難儀なことだった。

けれど、俺は気付いていた。
跡部のこの憎まれ口が、本当は気遣いからくるものなのだということに。
わざと煽って疲れさせ、バテたところを見計らって交代してやるつもりなのだろう。
昔の俺ならこんな微細な変化に気付くこともなかっただろうし、売り言葉に買い言葉で、跡部の言葉を額面通りに受け取ってただ反発していただろうと思う。

こいつなりの思いやりが、素直にうれしいと思える。こんなにも、満たされた気持ちになれる。


くすぐったくてあたたかい。
きっと、これがいとおしいという感情なんだろう。



「ありがとな、跡部」
「アーン?話の流れが全く見えねえな、暑さでとうとう頭沸いちまったのか?」
「細かいことは気にすんな、言いたくなったから言っただけ。それより下り坂入るぜ、しっかり掴まっとけよ」
「…ああ」




そのとき微かに、潮の香りが鼻先を掠めた。
目的地は、もうすぐそこだ。






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