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事件から半年。
亜子の髪も伸び、何もかも元通りになった。
ようやく、働き始めた亜子。
近所の小さなパン屋で、昼から夕方まで働いてる。
自動ドアが開き、客が入ってきた。
「いらっしゃいませ……」
そう笑顔で迎えた亜子だが、その笑顔はすぐに驚きの表情へと変わった。
目の前に現れた、長身で黒いスーツに身を包んだ端正な顔立ちの男。
「せまっ!俺が入ったら、もう客入れねーじゃん」
「タケル!?どうしたの?急に……」
「あぁ、まだ仕事中。今から張り込みでさ、夜食買いにきた。本田さんがここのあんパン買ってこいってうるさくてさ。前に亜子が差し入れしてから気に入ったんだと」
トレイに何個もパンを置いていくタケル。
「じゃあ、今日は夕飯いらないのね」
少し俯いた亜子に、タケルは気づいた。
「な〜に寂しがってんの?俺がいなくて寂しい?」
「別に。タケルがいてもいなくても構わないっていうか」
言いながら、タケルに手渡されたトレイを受け取り、無表情のままパンを袋につめていく亜子。
つつつ…と、レジに立つ亜子に近づくタケル。
不意打ちで、亜子の唇に、己の唇を軽く重ねた。
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