沖田総司との遭遇 前編(志島中)

思えば彼は、最初から自由だった。


それは、四月初めのとある土曜日のこと。

壬生大学の近くには三条会商店街という、かなり大きな商店街がある。どのくらい大きいかといえば、堀川通りから千本通りまで全長約800メートル、アーケードがついていて雨でも濡れることはなく、歩行者はもちろんバイク・自転車も行き交うほどだ。

俺の下宿はその商店街の中程、やや大学(千本通り)よりを少し裏に入ったあたりにある。自転車を使ってもいいが、徒歩でも通える距離だ。

引っ越したばかりでまだまだ商店街も物珍しく、その日も俺は左右の店に目をやりながらのんびりと学校への道程を楽しんでいたのだが………


―――沖田総司との遭遇―――


三条会商店街沿いには、物や食べ物の店だけでなくマンションや寺社、公園もある。

今日は天気も良く、公園では母親に連れられた子供たちが賑やかに遊びまわっている。
そんなほほえましい光景を横目に通り過ぎようとした俺の耳に
「つぎはおにいちゃんがオニだよ!」
「よぉ〜し、じゃあ10数えるからねっ」
……とうてい子供とは思えない声が飛び込んできた。

「いーちぃ、にーいぃ、さぁーん、しぃーい、……
というか、なんか聞き覚えのある声だ。

何も聞かなかったことにして通り過ぎようかとも一瞬思ったが、やはり思い直して引き返す。公園に入れば木に顔をつけ、こちらに背を向けている若い男がいる。
「…………沖田さん?」
半信半疑で声をかければそこには
「ん?あっれぇ、はじめさん?」
子供たちとかくれんぼに興じている沖田総司がいた。



子供たちに引き留められ、自身も嫌がる彼を無理やり引きずって大学まで連れてきた。
その際には「おにいちゃんをつれてくなよー!」と完全に俺が悪者扱いされた。
なんでだ。
「あんたあんなとこで何やってたんだ!?」
と問えば
「かくれんぼ」
――見て分かんなかったの?
と呆れた顔をされた。

呆れたいのはこっちだ。

「今日は健康診断の日でしょうが。あんただって文学部なんだから一緒だろ?」
「だってさー、こんないいお天気の日にわざわざ健康診断のためだけに学校来るのなんか嫌ですよ。しかも今日土曜日ですよどようび」
けろりと悪びれた風もなく言い切られた。
「だいたいこの年になったら身長なんて伸びやしませんし、体重なら家で測れば済むじゃないですか」
それはその通りだと俺も思うが……って違う!なんで常識に則っている俺の方が責められているんだ?!

彼と話していると、どうにも彼のペースに巻き込まれてしまっていけない。

―めんどくさいなぁもー、学生証番号とか長いし質問事項多いし
などとブツクサ言いながら係員に渡された書類に必要事項を記入している彼の横で、俺は密かにため息をついた。


そう、思えば沖田さんは最初から自由だった。




始めてあったのは、この大学の入試の時だ。

試験会場で、受験番号順に割り振られた席に着こうとしたら、俺の席に座っている奴がいた。
というか、寝ていた。

俺が席を間違えているのか、いややっぱり間違っていない、しかしこの爆睡している奴をどうしたものかとしばらく席の周りを逡巡していたら、やって来た監察官に不審がられた。ほっとしたのも束の間。
「君、何しているんだ。早く席に着きなさい」
俺が怒られた。


怒られるべきは他人(ひと)の席で堂々と試験前に寝ていやがった方じゃないのか。
それが、彼だった。



次に会ったのは入学式である。

新入生だの保護者だのでごった返す会場を慣れないスーツで歩いていた時だ。
「すみません」
後ろから声をかけられ振り向いたら、奴がいた。
にっこりと可愛らしい笑顔を浮かべて彼は俺に言った。
「入り口でプログラムもらい損ねちゃいまして、一部頂けませんか?」

のちに訊いたところ「だってあん時の一さんなんか妙に落ち着いてたんだもん。係りの人かと思ったんですよ」とのたまわれた。
老け顔か。老け顔と言いたいのかお前。


結局俺のプログラムを見せつつ、隣の席で一緒に入学式中を過ごしたのである。



極めつけは各専攻の顔合わせの日だ。
本格的な授業開始の前に、顔合わせというか、新歓の意味も込めた集まりが行われた。

一旦文学部全体で集まった後、専攻・クラス毎に集まって懇親会、のような流れだったのだが、そこでもまず沖田さんに会った。
で、文学部全体の集まりの後「次の教室はこの建物の4階らしいですよ」という沖田さんにうっかりついて行ってしまった。

そこが運の尽きである。

開始早々、主任教授の話がレヴィ=ストロースが云々という方向に言ったあたりでおかしいことに気が付いた。隣の沖田さんに確認してみれば
「あれ?はじめさん文化人類学専攻じゃなかったの?」
……これに関しては本当に俺が迂闊だったとしか言いようがない。相手の専攻を確認もせずついて行った俺が悪い。
が、何故沖田さんは言った覚えもない俺の専攻を決めつけていたのか。

これについてはのちに訊いたところ「だって一さん俺とおんなじ匂いがしたんだもん」というさっぱり意味不明な回答しか得られなかった。


その後、大慌てで自分の心理学専攻の教室に走ったが、遅刻して悪目立ちするのは免れなかった。考えてみればそこから芹沢教授に目をつけられたのかも知れない。
あれ?
永倉さん捜索係りになる原因の一端を作ったのお前じゃないか?





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