掉尾を飾る
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 息が荒い。手の傷から血が滲むせいで柄が滑ってしょうがない。だが止まるわけにはいかない。今を逃したら、俺が死ぬ羽目になる。

「これで終いだ」

 鋒は心臓を狙う。まだ人間のかたちを保っている部分を狙うしかない。相手もそれを分かっているから、俺の渾身の一撃は当然受け止められた。人では出せないほどの馬力ではね除けようとするのを、どうにか、どうにか一秒でも長く抑えるように、全身の力を込めて柄を握っている。

「ははは! アンタの本気もこれまでかい? 残念だけど、これで仕舞いにしようかねえ」
「馬鹿言え、もう終わりだよ」

 話す間にも目の前の似蔵は機械の身体と化していく。まさに筋のように伸縮を繰り返しうねりを増す彼は、俺だけを捉えている。俺を殺すために腕を振り上げ、そうして、崩れ落ちた。
 俺にはずっと、息を潜める総悟の姿が見えていた。奴の死角から、冷え冷えとした瞳だけが瞬いていた。タイミングをはかり、一番の油断をしたとき、人斬りの背中から一息に、袈裟切りにする。
 誰しも、勝機を見出したときには気が緩まり、視野が狭くなる。
 すべてはこの一瞬のためにあった。

「俺は私怨のためにあんたを殺しに来たんだ。そんなことも忘れちまったのか」

 総悟は俺には目もくれず、紅桜をのみ睨めつける。その可愛げがむず痒くて、煙草を吹かしたくなる。

「こんな身体になって、記憶にリソース割けるわけねえだろうなあ」

 終いとばかりに、総悟は刀を振り下ろし、紅桜を穿った。
 見たところ、動力源は刀の主の生命そのものだろう。足下でわずかに、辛うじて呼吸をしている男に止めを刺すかどうか、逡巡して、結局やめた。人の見せ場をこれ以上奪うもんじゃあない。

「……これでほんとにやっつけたことになるもんですかねえ」
「まあ、こんなもんだろうよ。コイツが生きていたって、どうせどっかのお人好しがどうにかするだろうさ」
「ふ、旦那に丸投げですかィ」
「紅桜の動力は壊してやったんだ。感謝してほしいくらいだっての」

 話しながら、刀を検めて鞘に収める。
 集中していたせいか今まで気にならなかったのか、外界の騒音がやけに激しく聞こえてくる。そろそろ高杉だの桂だのが出張ってきて収集がつかない頃合いだろう。「そろそろ退散しねえとな」と独り言ちれば、総悟は首を傾げる。

「表は見ねえんですか」
「出てったら全員捕まえなきゃいけなくなるだろ。戦力不足もいいとこだ」
「なあに、土方さんがいるなら負ける気がしねェや」
「……馬鹿なこと言ってないで帰んぞ」

 今頃屯所は上を下への大騒ぎだ。近藤さんには山崎が告げ口をして、俺たちが乗り込んでいったのがバレているだろうから、いてもたってもいられないとソワソワしているのは目に見えるようだ。
 足取り軽く歩いて行く総悟の後ろ姿は、あちこち切り傷だらけだ。怪我の度合いじゃ俺の方がよっぽどだが、自分の手当てを済ませてから、総悟の方も診てやらないと。それこそ俺にしかできない仕事なのだから。
   
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