大智は愚の如し
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 時間をかければかけるほど敗色はより濃くなる。紅桜の根幹は人工知能であり、戦闘記録を集積することで成長を重ねていく。紅桜を相手取るなら、俺なら間違いなく、一撃で終わらせるようにするだろう。
 ……まあ、俺も実際そんな上手くはいかず、総悟と万事屋を逃がすために後手に回っていたし、利き手はやられるし、散々であったのだが。
 だからこそ人手が必要だった。誰でもいいわけじゃあない、天賦の才を持ち、俺の背中を預けられる存在が。

「ッてえなクソ」

 生きて帰っても後が怖い。さっき吹っ飛ばされて瓦礫の山に埋もれたせいで、身体はきっと青あざだらけだ。アドレナリンがガンガンに出ているのか痛みはないが、切った張ったをするにはとうに酷な身体だろう。ヤブ医者だって、今の俺を一目診たら止めるに違いない。
 俺の刀だって、こんなものを切るために手入れをしているわけじゃあないのだから、刃こぼれしてたっておかしくない。
 人斬りは紅桜に見る間に侵食されていく。彼自身の身体はとうに四半以上が紅桜に置き換わっているように見える。剣戟の最中だというのに、本当は正視に耐えない。人斬り似蔵としての意志はその身体に残されているのだろうか。紅桜に、定義上の『生物』とは非なるものに成り果ててまで、何を望むのか。俺は――私はバックボーンを知っているが、理解が追いつかない。
 けれど目の前のバケモノを斬らない限り江戸に平和は訪れない。
 戦争の歴史は勝った方が正義である。俺は負けるわけにはいかない。この名にかけて。
 それに、雪辱を果たすのは俺だ。年下ばかりに良い格好をさせられるものか。

「こ、の……!」

 つばぜり合いから強く押された勢いを利用し距離を取る。そのまま八相に構えた俺をみて、総悟はにやと口元だけで笑っていた。

「なんだね、何度やったところで無駄だって、言っても分からんのか」
「ハ、なんだよ。そっちだって、俺たちと互角にやり合ってんじゃねえか。何が人工知能だ、俺のデータ取り逃してるってのに」
「何を馬鹿なことを」
「あーあ、あんた、まだ気付いてねえのか。かわいそうに」

 総悟のせせら笑いは相手の動揺を誘うには十分に作用している。
 ここには俺が守るべきものはなにもない。昨日の戦いとの違いはたったそれだけだが、それだけでも、雲泥の差だろう。

「あれが俺の本気だって思われちゃあ、鬼も廃るってもんだ」
 
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