甑を堕として顧みず
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 ドア越しにも感じる程のおどろおどろしい気配。ゆっくりと開く、その向こう。そこにヤツがいる。雰囲気のみで、そう確信した。固唾をのんで刀の柄を強く握る。
 俺は嫌というほどに知っている。アレは兵器だ。もはや名匠の打った刀でも、生身の人間でもない。落としたはずの腕と紅桜は融合し、一つのバケモノへと成り果てた。アレは壊されるまで立ち止まらない。アレは、意思を持った兵器だ。
 馬鹿馬鹿しい。なにがあの男をそこまで駆り立てたのか。自分自身を殺してまで、そう成りたかったのか。……あるいは。否、これは“土方十四朗”には未だ、知り得ないことだが。

「おやおや、招かざる客のようだ。真選組副長、そして一番隊隊長殿よ。よくぞこの船に参った」
「流石に、悪趣味が過ぎるんじゃねェか。そんな腕生やしてよ、どっちが身体かわかりゃしねえ」
「ふむ、副長殿は気に入らないかね」

 だが。
 人斬り似蔵はニタリとわらった。悪意を向けられている。感じ取った瞬間、紅桜が唸り声をあげた。

「もうアンタは用済みだよ」
「なにを――!?」
「土方さん!」

 紅桜から伸びた無数のコードが、俺の身体を捉え、跳ね飛ばす。勢いは殺されず、そのまま総悟が壊した紅桜の瓦礫に埋もれた。痛ってェ、クソ、なにすんだ。左肩の骨がイカれた気がする。これ治療費経費で落とせるのか。労災はおりるのか。会計は慢性頭痛持ちで、ウチの馬鹿共の蛮行を止められない俺は肩身が狭い。薬剤師免許も取るべきか。警察辞めて大学でも入ろうかね。
 追撃しようと動いた人斬りを、総悟が食い止める。その間に体勢を立て直して、背後から、総悟と挟むように切りかかる、が、するりとかわされた。二度、三度とタイミングをみて試すが、どれも意味をなさない。
 敵は一人だ。俺と総悟、二人で挑めば、なんとか押し切れるのではないか。そう甘い考えを抱いていた。だが現実には、俺の刀筋は完全に読まれ、鍔迫り合いに持ち込むこともすらできない。……コレ、絶対あのとき戦ったせいなんだろうな。過去の戦闘データを蓄積し、学習する人工知能――それが紅桜と一体化しているんだったか。

「真選組副長ともあろう人が、無様なもんだね」
「バーカ、だからコイツも連れてきたんだろうが」
「その様子じゃあ、とっくに気づいていたのかな? コイツが、切るごとに強くなる、人工知能だと」
「ついでに、ここにその刀のメインシステムがあったこともな。残念ながら、全部瓦礫の山になっちまったが」
「なんでィ、そんじゃバズーカもっと持ってくりゃよかった」

 これ以上壊れたら船ごと沈むぞ。思ったが、馬鹿を言っている余裕はない。
 総悟は強い。動体視力と瞬発力は随一、更には勘がめっぽう働く。年の割に身軽な身体もあわせて、ひょいひょい動き回ることができる。
 それに、あの身体で以て、コンマ一秒未満の差で対応できる人斬り、もとい紅桜が化物だ。俺はもとより、万事屋の戦闘データが取り込まれているのは痛いところだが。

「アンタもなかなかやるじゃないか! いいねいいねェ、コイツは強いヤツの血が大好きなんだよ」
「オメーの性癖なんぞ知ったこっちゃねェや。俺が来たのは私怨を晴らすためなんでね」

 切られた右手の甲はほぼ固定してある。しばらく筆は持てそうにないが、刀を握るのには不自由しない。
 総悟が私怨なんぞのために動くとは思わなかった。私怨、だが、それは総悟自身のことではないのだろう。なんだかんだいって、俺に反抗してくるくせに、こういうときばかりは素直で、弟のようにも思う。
 見ずとも想像できる。総悟の目はいま、ぎらぎらと輝いているのだろう。狩るべき相手を見つけて、それが強いほどに血が沸き立っている。
 あいつ自身は、自らを止める術がない。刀を振るい尽くすことだけしか知らない。
 それは俺の役目だ。
 
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