かんすずめ

今日はとっても空がきれい。野生の犬がいたんだけど全然人懐こくないの。これ美味しいから覚えてたら帰る時にでも買ってくね。まるで日記のようなそれは一日おきくらいに送られてくるアメリカからのメッセージ。それにオレが何かしら返し、会話していく。思ったよりも連絡をとっていることは事実だけど、時差があるとやっぱり常に連絡が続くわけでもなくて途絶えて送ってをくり返している。アメリカの天気だとか食べ物事情は詳しくなっても、肝心の送り主の現状は何も伝わってこない。あいつのことだからなんだかんだとうまくやってるんだろうけど、心配するような内容を送っても「げんきだよ!」と返ってくる。……逆に元気じゃないように思えるのはオレだけか?

夜中に枕元のスマホが鳴って、目が覚める。寝起きでぼやける目を擦って、画面を見ると知らない差出人からのメッセージが届いていた。なんだよ迷惑メールかよ。なんて思ったのは、ひとこと「Hey!」とだけ送られてきたからだった。こんな夜中に馴れ馴れしいな。読んだまま返事をしないで枕元にスマホを投げると、また再び振動した。

「……は?」

『あなたは紗希乃のボーイフレンドですか?』最初は読み間違えたかと思ったが、確かにその文が英語で続けて送られてきた。なに。つーか、誰だお前。何て返事をしたらいいかと考えてたらこっちの返事をする前に続けて送られてきた言葉にカッと頭に血がのぼる。

「なにが"英語わかりませんよねごめんなさい"だ!」

ふざけんな。上手いわけじゃないが普通に話せるし読み書きできるっつの。わかるけど、あんた誰?と英語で打つと事を小馬鹿にしたような絵文字が返ってきた。なんなんだこいつオレを煽りたいだけか?つーか、なんで知らないやつから連絡くるんだよ。ベッドから出て部屋の暖房を入れる。もう寝てる気分じゃない。椅子に座って返事が来るのをひたすら待つ。はやく返せよ、なんて思った矢先に送られてきたメッセージで何となく事情は読めた。紗希乃の留学してる学校のクラスメイトが勝手にあいつのスマホでもいじって一番上にあるメッセージの相手に送ってきたんだろどうせ。何を油断してんだあいつ。そのクラスメイトへお前なんかどうでもいいんだよ、と打ってやろうと思ってふと、指をとめた。いや、こいつに返信するより……



*

なんだか次の授業に行く気になれない。さっそくサボりか…何しに来てるの自分。と頑張って奮い立たせようとする。そんなとき事務室のおばさんがズンズンとわたしを通り越して歩いて行った。あれ、あの人入って行った教室ってわたしの次の授業じゃないかな。追いかけていくと、さっき教室に入ったばかりなのにもう出てきた。目の前に急にずいっと現れたから驚いて少し後ずさった。ふくよかな事務員さんは特に笑顔でも蔑むような目でもなく、真顔でわたしを避けて戻って行った。教室を覗いてみると黒板に張り紙がしてあった。

「休講…?!」

高校でそんなことあるの?と張り紙の前で驚く。後からやってきたクラスメイトたちは口笛を吹いて喜んでいる。常にあるわけではないみたいで、みんな早々に帰る準備をしようと自分のクラスに帰りはじめた。これならずっとカフェテリアにいた方が楽だったのにな。仕方ない、どっか別なとこに行こう。……これから大学の方に行ってみようかな。おばあちゃんの会社の研究員の中には日本人もいるし、あそこならゆったり勉強させてもらえるし。そう思ったらすぐ実行だ。大学の方へつながる渡り廊下の方へ向かった。すこし駆け足になるのは、ちょっぴり寂しいからなのかもしれない。誰かわたしをちゃんと知ってる人に会いたい。ほんのちょっとでいいからお話したい。まだひと月も経ってないのにこんなんじゃ先が思いやられる。走っていたから気付かなかったけど、さっきから携帯が鳴ってるみたいだった。け、賢二くん…?!思いもよらない相手からの電話で、まじまじとスマホの画面を眺めてしまった。あれ、いま日本って何時だろう。

「もっ、もしもしっ」
『紗希乃』
「うん、そうだよっ」
『なんか息きれてねーか?』
「に、日本語だ〜!」
『……お前大丈夫なの?』
「大丈夫、いま走った後だったから、それで、日本語聞けてうれしくて」
『めちゃくちゃ不安な話し方なんだけど』
「や。いまぐちゃぐちゃしてるだけ。平気」
『平気じゃねーよ』
「賢二くんの声聞けたら平気になった」
『…ウソつけ。平気なふりしてるだけだろ』
「……自己暗示ってね、大切なんだよ」

知ってた?と言うと馬鹿だろ、と呆れたような声が返ってくる。それでも、本気で呆れてるわけじゃないのが伝わってきたのは、その声がどこか安心したように聞こえたから。

『いい加減、空とか景色とか見飽きたんだよ。だから、思ってることさっさと吐けよ。その後に平気だって言うんなら信じてやる』

「そっちって夜中じゃないの」
『クソ野郎のせいで目が覚めた』
「え、わたし?」
『ちげーよ。関係ないともいえないけど』
「わたしに関係あるクソ野郎??」
『その話は後でいい。ちゃんと聞くから』
「寝ちゃわない?」
『寝たら起こせよ』
「どうやって起こすの」
『知らん』
「はは、なにそれー」

息もようやく整ってきて、廊下を渡った先の近くにあるベンチに座った。まだ雪の残るこの地域でも木の上の雪は解け始めてる。


「ねえ賢二くん」
『ああ』
「もうすぐ春になるね」

賢二くんと会えない春なんて去年までは当たり前だったのに。今じゃこんなに寂しいなんて。去年の今頃はこんな風になるなんてこれっぽっちも思ってなかったよ。




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