ごくげつ

あれから、適当にタクシーを拾って家に帰った。ママもパパも出かけていて、ひとりになれたのがとても気楽だった。部屋のベッドに横になる。そういえば携帯を全然見ていなかったっけ。新着メールは数件。そのなかで一通、夏目さんからのメールでなぜか安否確認をされていた。まるで賢二くんが誘拐犯のような物言いで、さっきまで嗚咽しかこぼれてこなかったのに、ちょっとだけ口角があがった。はは、夏目さんらしいや。大丈夫、行けなくてごめん。と返事をして目を瞑った。頭の中でいろんなことがぐるぐると駆け巡る。あーあ。悔しいなあ。もっとちゃんと言いたかったはずなのに。だけど、勇気がでなくてだらだら引き伸ばしてた自分が悪いんだ。そうだそうだ。そうなんだ。そう……。

「ううっ、ぐすっ、」

どうせなら、もっとはっきり言ってほしかったよ。お前なんて、そういう風に見たことないとか。何とかあったでしょ、賢二くん。それでもきっとそう言ってはくれないんだよね。だって、なんだかんだ言って賢二くんはいつだって優しいんだもの。次々あふれる涙が枕に染み込んでいく。きたない。

ピンポーン…

うるさい。今は泣いてるんだからそっとしておいてよお客さん。

ピンポーン…ピンポーン…

等間隔で鳴らされるインターフォンを知らんぷり。しつこいよ。なんなの、何かの勧誘?いらないってば。

ピンポンピンポンピンポン

「連打、するなあっ!」

こうなったらやけくそだ。ひっどい顔で勧誘なんか追っ払ってやるんだから!ぐちゃぐちゃの顔のままダッシュで玄関まで走る。途中でスリッパが脱げて、階段を一段踏み外しした。いたい。さっきまでヒール履いてたから足が疲れてる。もうヒールなんて履いてやるもんか。勢いよく、玄関のドアを開いた。

「お姉さま!」
「吉川さーん!無事ですか奴に何かされていませんかウワアア泣いてる?!」
「うお、吉川さんぐっちゃぐちゃ〜」
「ほれみろ連打したら出て来たぞ」
「ハル、近所迷惑というものを考えられないの」
「な、んでいるの…?」

だって、みんな、バッティングセンターでクリスマスパーティーやってたのに。なんでなんで…

「せっかく伊代たちがお姉さまのお別れパーティーもしようと思ったのに主役がいないなんて!だから、あさ子先輩が紗希乃お姉さまのお家に行きましょって言ったので来ちゃいました。」
「だって誘拐されたままだなんて許せないです!先約はわたしたちなのに!」
「美味しそうなお菓子を持ってきてくれる予定だったと聞いたので」
「っ…、みんなぁぁ〜!」

手前にいた伊代ちゃんと夏目さんと水谷さんにまとめて抱き着いた。それでもわたしの腕が短くて抱え込めない。ただ、通せんぼしてるみたいな形になってる。

「ふおお、吉川さんがいつもより素直…!」
「お姉さまが泣いてるの何年ぶりでしょうね。泣かないでお姉さま〜」
「え、えっと、わたしは何をすれば…!」

夏目さんにぎゅうっと抱きつかれ、伊代ちゃんには頭を撫でられる。そのとなりで水谷さんがおろおろしてる。吉田くんは「オレもガッとやればいいのかガッと!」とか言ってるけど、ササヤンくんがなだめてくれてるみたい。情けない恰好で、ぐすぐす泣き続けるわたしをみんなは落ち着くまでずっと待ってくれた。

「もう、お姉さまを泣かすなんて一体誰の仕業ですか!泣いてるお姉さまも可愛いですけど、いつものお姉さまの方が伊代は好きです。」
「それはあなたのお兄、ぐはあっ!吉川さん!頭突きしないで!」
「オニー?何かのキャラクターですか?」
「なんだ吉川は言ってねーのか?」
「ハル、わたしに聞かないで」
「落ち着いたら言うでしょ、二人は仲良しなんだしさ〜」
「伊代はいつまでも待ってますからね!」
「ありがとう、伊代ちゃん…そしてできれば、」
「はい?」

顔を近づけないでいただきたい。今は、精神的にその顔よくない。なんでこうもそっくちなのあなたたち!伊代ちゃんの顔を見たら、またポロリと涙がでてきた。

「お姉さまー!?伊代が伊代が何かしました?!ねえお姉さま!」
「とりあえず離れるのが一番だと思う」
「そうやってシズク先輩は心配しなさすぎですっ」
「いや、コイツはわりとテンパってるぞ」
「ハル!」

とりあえず、中にはいろう。まだ、すこし涙はでるけれど、さっきまでのようには流れてこない。枯れるほどは流れていないんだけど。先にリビングの方へ伊代ちゃんが吉田くんと水谷さんを連れていく。その後ろをのろのろと歩いていると、ちょっとだけあったかい手が右手を包んだ。

「ダイジョーブですよっ、この夏目あさ子たちがいます!」
「っ……」

涙腺がゆるゆるだ。いつもの調子の夏目さんなのに。それなのに、なんだかとっても頼りになる気がして心強かった。また泣きそうになっていると、「今日の吉川さんは泣くのが仕事だねえ」とササヤンくんが笑いながらそう言った。


「ありがとう。確かに、ものすごく悲しいけど、全部が悪い結果ではなかったよ」


この先は良くも悪くも自分次第だ。

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