つぼみ

「おばあさまが元気で良かったですね紗希乃お姉さま!」
「うん、よかった」


この前彼女に言った事はどうやら覚えていないらしい。ナースセンターの中の椅子に座って向かい合う伊代ちゃんはとてもはしゃいでいた。わたしに会えたのが嬉しいみたい。お姉さまって呼ぶの、もうおしまいって言ったんだけどなあ。


「伊代ちゃん、吉川さんのお孫さんと仲良しなのねえ」

お菓子あげるよ、と次々に看護師さんたちがお菓子を持ってくる。伊代ちゃんが嬉しそうに受け取っているから、ああ、いつものことなのか、と納得した。

「紗希乃お姉さまとは幼等部の頃からのお友達なんです!学校で伊代といつも遊んでくれたし、高校は別の所がイイって言ったら松陽においでって言ってくれたんです!」

幼等部の頃から、年上の学年の人たちをお姉さまと言って慕うのが前の学校の習わしだった。もちろん、わたしもそれに従っていたけれど、松陽高校は普通の公立校だからお嬢様学校の習わしなんて関係ないのだ。わたしも、入学当初はお姉さまと呼びそうになったものだけど生憎仲の良い先輩には出会えなかったから何だかんだと学校に馴染めている。慣れってこわいなあ。


「それに、小さい頃は家を行き来して遊んでいたんですよ。紗希乃お姉さまが初等部を卒業されてからはめっきり無くなりましたけど…」
「えっ、それわたしのせいみたいだけど違うよね」
「えっ?」
「えっ?」
「お姉さまが『お家にはもうお邪魔しない』っておっしゃったじゃないですか!」
「だって来ちゃダメって言われたから」
「だれに?!」
「賢二くん」
「ええっ?!」


何でお兄ちゃんがー?!と憤慨している伊代ちゃんをよそにわたしはお菓子の包みをはがす。これ、なかなか剥がれないなあ。おいしそうなチョコレート。はやく食べたいなあ。チョコの包みを開けながら、さっき口にした言葉を頭の中で繰り返した。『賢二くん』。久しぶりに口に出したなあ。伊代ちゃんのお兄ちゃんで、わたしと同い年。一応彼とも幼等部の頃からの仲だけど、彼女ほど仲良しではない。わたしの父と二人のお父さんが友人、かつ製薬や医療器具の取引相手なためちょくちょく会う。幼いころはそれに付いて行って子供だけで遊んでいたりしていた。それから山口家にときどき行くようになったのだけど、賢二くんとはそんなに遊んだ記憶もないし名前と顔をおぼろげに覚えているだけだった。


「なつかしいなあ。全然会って無いや」
「お姉さま遊びに来てくれないんですもの」
「だって、不機嫌そうに『もう来るな』って言われたらイヤにもなるわ」
「もうお兄ちゃんったら!!」
「オレが何だって?」
「……」
「……」
「なんで黙んだよ」
「ゴメンナサイ」


声がする方を向くと、海明の制服を着た男の子が立っていた。彼の後ろでは看護師さんたちがきゃーきゃー騒いでいる。不機嫌そうな男の子を見た伊代ちゃんはぷるぷると震えていた。


「賢二、くん?」
「あ?」


海明の制服を着ているからもしかして、と思い名前を呼ぶと綺麗な顔立ちからは似つかない声が聞こえてきた。あー、そっかそっか。


「ヤマケンくんって賢二くんのことだったのね」
「何でオレのこと知ってんの?」
「友達がどう頑張っても靡いてくれない合コンキラーがいるって言ってたから」
「…」

音女の友達がずっと電話でヤマケンヤマケン言ってたのは賢二くんだったのか。たしかにかっこいい。最後にあったのはいつだったっけ、初等部の頃かもしれない。それでも、何となく面影はそのままな気がした。


「で、あんた誰?なんでここいんの」
「ひどいお兄ちゃん、紗希乃お姉さまのこと忘れるだなんて!」

さっきまでぷるぷる震えて兄にびびっていた伊代ちゃんが今度はぷりぷり怒っている。忙しない子だなあ。そう思いながら賢二くんの方を見ると、ピシリ、とまるで効果音がついているかのように固まっていた。

「……吉川の?」
「紗希乃ですけど……」

信じられないというような顔でじろじろ見てくる賢二くんに、未だぷりぷり怒る伊代ちゃん。この兄妹は感情がものすごく表に出るタイプだよね。


「昔はでかかっただろ…!」
「え?馬鹿にしてる?」

女の子にでかい、とかなんなんだこいつ。確かに小さい頃は背は高い方だったけど、いつのまにやら追い抜かされ少しこじんまりとした身長になってしまった。そんなことを言うなら君だって昔はあんなに小さかったのに今じゃあこんなに大きいなんてね。ちゃんと言い返してやろうと思ったけど、遮るようにスマホが揺れた。通知を見ると、お兄ちゃんからの連絡だった。

「…伊代ちゃん、お迎え来たから帰るね」
「えっ?!一緒に帰ろうと思っていたのに!」
「ごめんね、しばらく歩きじゃ帰れないからさ」
「あ…今お家大変ですものね……」
「もう少ししたら落ち着くよ。そうしたらお茶でもしに行きましょう?」
「はい!お姉さま!」


看護師さんたちにお邪魔しました、と告げて、伊代ちゃんと賢二くんに手を振った。賢二くんはまだショックを受けたような顔をしていて、そんなにわたし変わったかなあ、とすこし心配になった。何も昔とは変わった気はしないんだけど。







2014/01/28


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