おみわたり

みんなにまとめて教えてよ。ササヤンくんからの提案でみんなにまとめて留学のことを伝えた。あの日の放課後、無駄に緊張してばっくれようとしていたわたしを、夏目さんを引き連れたササヤンくんがしっかり迎えに来ていた。それも「みんなに話したいことがあるんだってー」とちゃんと前振りをつけて。それがあったおかげか、多少まごついてしまったけれど何とか自分の口から伝えることができた。伝えることができてとてもすっきりしたことと、みんなの動揺が想像以上に大きかったことがとても驚きだった。

「なんで留学なんて行っちゃうんですか海の向こうじゃないですかっ!」
「日本からしてみればどの国も海の向こうでしょう夏目さん」
「そういうことを言ってるんじゃないと思いますよシズク先輩」

昼休み、図書室のとある一角。放課後にもよくみんなで溜まっているそこに、夏目さんと水谷さん、そして伊代ちゃんとわたしの4人で形ばかりの勉強道具を広げて雑談をしていた。ちゃんと勉強をしているのは水谷さんだけで、夏目さんに至ってはスマホしか持ってきていない。わたしたちが形ばかりだとしても勉強している傍らで、これまでに撮った写真のスライドショーを見ながらおいおい泣いていた。まるで故人を偲ぶように泣かれてしまったものだから、寂しいとかそういうことを通り越して面倒くさくなっちゃった。そんな夏目さんを横に単語帳をめくる水谷さんは本当に揺るぎないなあ。

「うう…吉川さん…」
「ねえ、わたし死ぬわけでも一生アメリカいるわけでもないんだけど!」
「一生の思い出になる高校時代を犠牲にしている時点で高校生の吉川さんはいなくなったも同然です!修学旅行に行けないなんて高校生活の最大の思い出がないなんて高校生じゃない!」
「あさ子先輩の高校生の定義が伊代にはわかりませんけど…修学旅行はどちらに行くんでしたっけ、ロス?パリ?」
「うわああんこれだからお金持ちはイヤなんです!ふっつーに関西ですよ鹿せんべい食べてたこ焼き食べてお城をめぐるだけですよ」
「まあ、日本でしたか。海外だったら現地集合とかできるんじゃないかって思ったんですけど」
「海外ってそんな気軽に移動できる気がしないのだけど吉川さんは何度か海外行っているの?」
「祖母の仕事の相手がアメリカにいるから、何度かね。それと中学の時の修学旅行でスペイン行ってきたよ」
「世界遺産のサグラダファミリアを見に行くんですよね」
「そうそう。わたしのクラスは専ら食い気に負けて食べ歩きだったけどね」
「ミッティ…この二人がなぜうちの学校にいるのかやっぱり理解できないです…」
「うん、きっと先生方もそう思ってる気がする」

伊代ちゃんがサグラダファミリアの近くで食べたというお菓子の話を自慢げに語っているのを水谷さんが関心したように眺めている。食べ物の話だと、彼女の本分の勉強さえも忘れられるんだな…そんなことを考えていたら、夏目さんがジト目でじいっと見つめてきた。


「で、言ったんですか?」

ぼそり。二人には聞こえないくらいの小さな声で夏目さんが漏らした。何を、誰に。そんなものはわかりきったこと。この二人に聞こえないように話すのなら尚更ね。

「……まだ」
「はあああ?!何考えてんですか!」
「ちょっと夏目さん、ここ図書室なんだけど」
「どうかなさったんですか二人とも」

声を上げたくなるのもわかる。それでも、伝えるきっかけが思いつかなくて、ずるずると言えないままでいる。こんなことをしていたら出発が目の前に来てしまうんだろうな。

「ちゃんと言うよ」

水谷さんに窘められている夏目さんに、小さくつぶやいた。聞こえたのか聞こえなかったのか、夏目さんは少しだけ眉を下げるだけだった。

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